水族館デート②:待ち続けた歯車の隙間
藤原さんと高橋が予定している水族館デートの前日の昼休憩、俺はいつも通り彼女らと飯を食おうと雄太と弁当を取り出しているとき、彼女らのいつもの痴話喧嘩が聞こえてきたのだが……。
「だ、だから悪かったって言ってんじゃん! そこまで子供みたいに怒らなくてもいいだろ!」
「……ん?」
いつもの痴話喧嘩と思いきや、今日は明らかにいつもの雰囲気と違っていた。なぜなら、藤原さんの声色に明らかに怒気が含まれている。
「だったら、もっと早く言ってくれてもよかったじゃないのよ! なんで、今になってそんなこと言うの!? 普通そういうのは前もって言うべきでしょ!」
「俺だって、沢山悩んでたんだよ! でもしょうがないじゃん! 俺にだって俺の都合があるんだ。真昼にとやかく言われる筋合いはない!!」
「しょうがないって……! なによ、それ!」
「ちょ、まひる、落ち着いて」
その怒気が含まれてる声色は徐々に泣きそうな声色に変わりつつあった。
山口も珍しく、藤原さんを宥めようとしている。
「雄太、何があったかわかるか?」
「いや、さっきまで特に何もなかった。昼休憩に入ってから始まったんだと思う」
あそこまで藤原さんが取り乱すということは、よっぽどの事だろうというのは想像しやすい。ということは、明日予定している水族館デートで何かあったか?
(あいつ、まさか……)
考えられることは一つ。だとしたら、それは藤原さんにとっては許せないはずだ……。
「あんなに言ったのに……。物凄く楽しみにしてたのに、酷いよ……」
「だから、ほんとに悪いって! その代わり今度何か埋め合わせするからさ、分かってくれよ」
「バカ健斗! そうやってまた、嘘ばっかり! どうせ反省なんてしないんでしょ? もう知らないわよ!」
「あ、まひる!」
「真昼! ちょっと待ってくれよ!!」
今までの痴話喧嘩と茶化せる内容とは違い、明らかに今日のそれは喧嘩だった。藤原さんは高橋に怒鳴り口調を吐き、教室を飛び出していった。
(すぐに追いかけるべきだが……、まずは山口と高橋から経緯だけは聞かないとだな)
俺と雄太は山口と高橋のいる席に向かった。
「……何があった」
「まひると高橋君が喧嘩しちゃって、それで……」
「内容は? 山口さん」
「まて、雄太。ここは当事者の高橋から話すべきだ」
そう問いかけるが、高橋は俯いてるだけで答えない。そもそも、お前が原因で藤原さんが教室を出て行ったのに、何で追いかけない。
だが同時に俺の中でこうも思った。
(いつかやらかすと思っていたが、ようやく来たか……)
小説のネタのために幼馴染エピソードを聞いたあの日、俺は確実に高橋が何かをやらかし、藤原さんとの絆という歯車に亀裂を入れると思っていた。
今までアンテナを張り続け、その瞬間が今だとしたら、……そのわずかにできた隙間に俺が割り込めば友人、葉桜真夜から脱却ができるはずだ。
(だからこそ、すぐに行動すべきなんだが……)
俺は藤原さんが明日、どれだけこいつとのデートが楽しみだったのかを知っている。相談も受けた。デートに誘えたと嬉しそうに報告もしていた。それを知ってるが故に彼女の気持ちを考えると……。
俺の今の感情を理解しているのか、山口と雄太は不安そうな表情で俺を見つめている。
「埒が明かないな。時間もない。山口、教えてくれないか」
「う、うん、分かった。その、明日まひると高橋君がデートする約束だったんだけど、高橋君がサッカーのイベントにどうしても出たかいから、明日のは延期にして欲しいって……」
予定のダブルブッキングか……。しかもサッカーのイベントを優先にされるんだ、そりゃ怒るよな。
「高橋、そのイベントは重要なのか?」
「……プロ選手から指導が受けられる交流イベントで、募集で当選した人しか参加できない」
「そう言うってことは、当たったんだね?」
そう雄太が尋ねれば、高橋は黙って頷いた。
「……お前、俺が前に言った優先順位の話、忘れたのか?」
「忘れてない。だからギリギリまでどっちが俺にとって優先なのか決断できなかった……」
2人は会話の意味が分からず困惑している。
「今度、お前らにも話すよ。……いいか、高橋。それは優先順位を決めたとは言わない。決断できず、うじうじ悩んだ結果、結局楽な方に逃げただけだ」
まるで図星を言われたかのごとく、高橋の表情は徐々に暗くなっていく。
全く……。
「とりあえず、事情は分かった。後はこっちで何とかする」
「葉桜が? なんで、それは俺が……」
「今のお前が行っても、火に油を注ぐだけだ。余計に拗れる。だからここは俺が行く。……悪いが、2人ともこいつを監視していてくれ」
「分かった。葉桜君、まひるのことお願いね?」
「真夜。……頑張れよ」
2人は俺が藤原さんの事を好きなの知ってるから、こういう時の話はスムーズに進むな。
「高橋、お前はちゃんと藤原さんへ謝る言葉を2人と一緒に考えておけよ。じゃないと、お前後悔するぞ?」
「……分かった。ごめん、葉桜」
「謝る相手が違う。全く、バカみたいなことで悩むならさっさと相談しろ。友達だろうが。後でコーヒーだ」
俺がそう伝えれば、山口は『あ、じゃあ私はデラックスパフェで!』と言い、雄太は『じゃあ俺は新曲CDにしようかな』と俺よりも高い要求をしていて苦笑した。
「じゃあ、行ってくる」
弁当袋を持った俺はそれだけ伝え、藤原さんが居そうなところを急いで探すことにした。
(屋上、図書室、校舎裏、中庭ベンチ。後は……)
藤原さんが居そうな所を走り回っているが一向に見つからない。あと探していない所はどこだろうと考え、ふと練習試合について話していることを思い出した。
(そういえば、グラウンドの端っこ……)
藤原さんがその時の事を我がごとのように話していたのを思い出し、俺はすぐに下駄箱へ向かい、靴を履き替えグラウンド側に行くことにした。ついでに自販機で紅茶も買っておいた。
「いた」
そこには、体育座りでグラウンドを眺めてる藤原さんの姿があった。
「ようやく、見つけたよ……」
藤原さんに向かって声をかけると、『え?』と呟く。どうしてここに俺がいるのか分からないのだろう、藤原さんは困惑した表情で俺を見つめる。
「え、な、何で、葉桜君がここに……」
「そりゃ、あんな喧嘩を見たんだ。心配になって、探しに来たに決まってるだろ……」
「普通、そこは健斗が──「あいつは来ないよ」」
恐らく『健斗が来るべきじゃないの?』と言おうとしたんだろうけど、悪いが最後まで言わせない。俺はその言葉に重ねるように来ないことを伝えた。
「今のあいつじゃ、余計に拗れるからな。頭を冷やさせるためにも、雄太たちにお願いして見てもらってる」
「そっか……。ごめんね、葉桜君たちに恥ずかしいところ見られちゃった」
こんな顔は見たくなかった。……明らかに、藤原さんの表情は暗く、今にも泣きそうな表情だ。
転校して直ぐの昔の俺なら、この状況を見て『高橋、よくやった』と、内心微笑んでいたと思うけど、彼女らと関わってきた今の俺にはもうそんな風には考えられない。好きだからこそ、彼女の想いを知ってるからこそ、胸が痛くなる。
(こんな状態で隙間に割り込もうなんて、思えるかよ……)
俺の藤原さんに対する優先順位は何も変わらない。彼女の気持ちを最優先にし、俺の都合なんて二の次だ。だから今までの計画を消してでも、ここで俺が取るべき選択は一つだ。
俺は藤原さんの隣に座り、話しかける。
「なぁ藤原さん」
「……なに?」
「何があったか、教えてくれるか?」
「健斗たちから聞いてないの?」
「概要は聞いてる。だけど藤原さんからは何も聞いてない。こういう時、胸の内に抱えてるだけだと辛いだけだからさ、言葉に出して吐き出すのが一番なんだよ」
藤原さんはそれを聞いて、どうするか悩んでるようだ。なので、俺は答えが出るまで待つことにした。……少しして、藤原さんの声が聞こえてきた。
「つまらない話だよ?」
「藤原さんにとっては違うだろ? それに、俺たちは友達だ。言っただろ? 相談に乗るって」
「……ありがとう。じゃあ話、聞いてくれる?」
「よし来た。それじゃ飯を食いながら話そう。実は残り物のおかずを消化しようとしておにぎりを作ったんだけど、思いのほか量があってな。一緒に食べてもらえると助かる」
「ふふふ、何よそれ。でも、ありがとう。そういえば、もうそろそろ休憩が……」
「何、5限目の授業をサボればいいだけさ。たまには優等生も悪い奴にならないとな。あははは」
堂々とサボる宣言した俺に対して、いつもの藤原さんなら怒るとこだろう。だけど、今日は流石にそんな余裕がないのか、『上手く丸め込まれてる気がするわ』と呟くだけで、サボることについて抵抗がなかった。




