素顔と曼殊沙華②:みんなで曼殊沙華を見に行く
「なぁ、真夜……」
「なんだ? 裕也」
「お前、いつまで照れてるつもりだ? 挙動不審すぎて藤原さんもどう声をかけるか悩んでるぞ」
俺たちは現在電車に乗り、飯能に向かってる最中だ。藤原さんと雫は向かい側の座席に座り、何やら楽しく談笑している。雫は誰とでも仲良くなれるけど、その分ぐいぐい来るからな、藤原さんが迷惑に感じなければいいが……。
逆に俺たちは反対側の座席に座っている。
「……そんなに変か?」
「物凄く。なんだよ、純粋かよ」
「純粋だよ。俺だってこうなるなんて思いもしなかったんだ」
だってさ、何も知らない人らが俺の今の顔を見れば、怖い・カッコいい・中二病などと言うだろう。それくらいの自覚はあるつもりだ……。
でもさ……。
──綺麗
あんな事言われたのは初めてなんだよ。そりゃ、どう話せばいいのか分からなくなるさ。結局あの時もなんて返すのがいいのか分からず、『そうか』だぞ?コミュ障かっての!
「まぁまぁ、いつも通りでいいじゃないか。……でもま、綺麗だなんて普通言わないもんな。よかったじゃないか、脈がないと普通言わないぞ?」
「そうだろうか。むしろ一番差し支えない言葉として選んだんじゃ……」
「そう、卑屈になるなよ。全く、これじゃあの時と逆じゃないか。あははは」
まぁ確かにこのまま、変な空気の状態でいつまでもいたら藤原さんに迷惑がかかるもんな。さっきからチラチラと俺の方を見てるようだし、乗り換えるタイミングで話すか……。
あと、普通に笑うお前が腹立たしいから仕返しだな。
「そうだな。それに、お前らに比べたら俺のなんて優しいもんさ。何せ、お互い好きを自覚した途端、急に口数が減ってオロオロし始めてたもんな。さっさと告ればいいものをうだうだと逃げてたもんなぁ。いやぁ大変でしたとも。あははは」
「ばっ! お前それは言わない約束だろ!」
「えー、何々? 私と裕也のイチャイチャっぷりでも褒めてた?」
「電車の中、それも向かい合ってる状態なんだから少し静かにしろ」
ふむ、ちょっとだけいつもの調子に戻った気がする。藤原さんもそんな俺の返しに安堵したのか、笑ってるようだし。
***
「あの、葉桜君、さっきはごめんなさい。何か気に触ったよね……」
「あぁ、いや。藤原さんは気にしなくていいんだ。あれは俺がいけないんだ。その……、綺麗と言われたのは初めてだったから、どう答えるべきか分からなくなってさ」
飯能に着いた俺たちは、そのまま巾着田行きの電車に乗り、さっきとは異なり、親友カップルと俺たちで別々の座席に座ってる。
そこで藤原さんは池袋で言った言葉についてやっぱり気にしてたようだ。だから俺は、その時の気持ちをちゃんと伝えることにした。
「この顔の傷を見た時、だいたいの人は、怖がるからな。だから、その……、藤原さんに綺麗と言われたのは、差し支えない言葉だとしても純粋に嬉しくて……な」
「そっか。……うん、なら、よかったよ。あ、で、でもね? 葉桜君」
「ん?」
「差し支えない言葉じゃないよ。私は今でもその傷を含めて綺麗だと思うから!」
(好きだーーー!)
……はっ!心の中で思いっきり叫んでしまった。声に出てないよな?
うん、藤原さんの顔は何も変わってないから、声には出てないな。
「そ、そうか。うん、それはありがとうだな」
「ふふふ、変な葉桜君だね」
そんな俺たちのやり取りをみてたバカップルはニマニマしてたので、これは復讐だなと心に決めた。
***
それ以降は普段通りの会話をしつつ、俺たちは巾着田に到着した。
「ここから少し歩くんだ」
「葉桜君たちは何度か来てるの?」
「私たちは中学の頃から毎年行ってるよー! 満開時期がその年毎に違うから今年こそはもっと綺麗な景色を見るんだーって話してるの。あとこの時期は屋台とかも出てるんだ!」
「雫は食べるの好きだからね」
「どっちかと言うとそっちが目的じゃないか? と言うかそれでそのスタイルはズルいよな」
「違うもん! 私は食べるのが好きじゃなくて、美味しい物を食べるのが好きなの!」
「同じじゃないか……」
そんなやり取りをしていれば、藤原さんも笑いつつ、『雫ちゃん、電車の中でも食べ物の話してたもんね』と言うもんだから、俺たちは盛大に笑うしかなかった。
***
「わぁぁ、歩いてる途中でも所々咲いてたけど、ここはもっと咲いてるんだね!」
「まだここは入り口程度だけどな。もう少し先に進むと有料エリアがあるんだ。この先はもっと凄いぞ」
「真夜の言う通りだ。ここはまだ入り口に過ぎないから楽しみにした方がいいよ。藤原さん」
「ええ、楽しみにするわ!」
駅から10分ちょっと歩くとそこからは曼珠沙華が川沿いに沿って往々と真っ赤な花が咲いている。今回は中々いい時期に来れたのかもしれない。これを見ると秋が来るんだなと実感するな。
俺たちは曼珠沙華を眺めつつ、たまに写真を撮りながら川沿いを進んで行った。
「────」
「予想通り、目を奪われてるな」
「今年は去年より、綺麗だね! 裕也、早くに一緒に写真撮ろうよぉ」
「はいはい。じゃあ真夜、ここから別行動にしようか。ある程度回ったら出店があるエリアに集合で」
「ああ、そうしようか。イチャイチャし過ぎて、周りの人たちに迷惑かけるなよ」
そう言うと、はいはいとなんとも流してるような口調で答えつつ、2人は先に進んでいった。
さて、藤原さんもそろそろ再起動をかけないとだな。
「藤原さん、綺麗なのは認めるが、そろそろ行かないと……」
「え? あ……、ご、ごめんなさい! あまりにも綺麗で、こんなに当たり一面真っ赤だなんて思いもしなかったわ。あれ? 雫ちゃんたちは?」
そこから気づいていなかったか……。まぁ初めて見たのなら分からなくもないけどな。
「あいつらは先に行ったよ。ここからは別行動だって」
「え、せっかくみんなでいるんだから一緒に行けばいいのに……」
「許してやってくれ。交際してから初めて来たんだ。2人っきりで楽しませたい」
「ふふふ、そういうことね。それなら仕方ないわね」
「安心してくれ、そのかわり俺がきちんとエスコートするから」
「え、あ……、うん。じゃあ、おねがいね葉桜君」
そこで会話を打ち切り、俺たちは一緒に曼珠沙華をみて回ることにした。そういえば、俺はまだ藤原さんの格好について似合ってる以外、何も言ってなかった。俺としたことが何ということだ……。
「そういえば、今更になってすまないが、今日の格好とても似合ってるよ。黒と赤は映えるから、曼珠沙華を意識したのかな」
「ふふふ、ありがと葉桜君! ええそうよ、写真の事も考えたらこれが良いかなって。でも気がついてくれて嬉しいわ、雫ちゃんが葉桜君いつ話すんだろうって怒ってたわよ」
「藤原さんのあの発言がなければ、池袋の時点で言ってたんだけどな……。完全にタイミングを逃してただけさ」
『それはごめんなさいね』と笑いながらいう藤原さんはやはり輝いて見える。今日は快晴でもあり、太陽光に照らされた曼珠沙華もまたいいアクセントになっているな。
「はぁぁ、こっちはもっと凄いのね! たまに白色の彼岸花もあるし、とっても綺麗だわ! ねぇねぇ、あの枯木付近に咲いてる彼岸花なんて、とっても素敵じゃない?」
「そうだな。こういうシチュエーションって尊く感じるよなぁ」
「分かるわ。幻想的と言うか物語に出てきそうな印象よね。あ、ここで写真撮ってもいいかしら」
藤原さんはウキウキで目の前の曼珠沙華を撮っている。その姿がとても可愛らしく、俺はスマホを構え、藤原さんの名前を呼ぶ。
俺の声に振り返る藤原さんのその一瞬を俺はスマホのカメラでカシャリと撮った。
『ちょっと、葉桜君!?』と藤原さんが驚くので、俺は笑いながら謝りつつ、LIMEで今撮った綺麗に曼珠沙華とツーショットになっている写真を送った。
「もう、女の子に対していきなり写真撮るなんてマナー違反なんだからね!」
「ごめんごめん。だっていい感じだったものでさ、つい」
怒り口調ではあるが、さっき送った写真が気にったのか、あまり文句を言えないようである。
(ん? 木と木の間に咲いてるのか……これもいいな。写真でも撮っておこう)
俺がそこにピントを合わせ写真を撮っているとパシャリと俺の近くで聞こえたようが気がするが、まぁいいか。恐らく藤原さんだろう。
そうやって俺たちは写真を撮りつつ、話しながらゆっくりと曼珠沙華を見て回った……。




