屋上とアドバイス②:青年は少女とアドバイスする
高橋と屋上で行った青春の1ページ?を経験した翌日の放課後、俺と藤原さんは以前も利用したファミレスに2人で来ていた。
今日はこの前の日曜日に決めた俺が書いた小説"俺は2度幼馴染に初恋する"の感想会を開くことになっている。もちろん高橋は参加拒否だ。
高橋はギリギリまで粘っていたが、最後は藤原さんの『今日は絶対にダメ!』という強い一言によって撃沈し、部活に向かって行った。
(哀れだったな……)
「さて、こんなに早くに感想会を開くことになるとは思わなかった……。今日は思う存分語ってほしい! こうして読者に直接感想を聞けるのもいい経験になるからほんとにありがたいよ」
「ううん、私の方こそ時間を取らせてごめんなさい。自分で言っておいてなんだけど、こうやって作者さんに自分が読んだ感想を言うのってなんだか恥ずかしいわね……」
「確かに、サイン会とかじゃ話せて数分だし、基本感想ってファンレターやSNSでの呟きくらいしかないから、こうして面と向かってやるのはあんまりないよな」
藤原さんと当たり障りのない会話をしつつ、お互いドリンクバーから飲みたいものを持って来たので、感想会が始まるのであった。
「まずは、率直な感想からね。この前も行ったけど、本当に面白い物語だったわ。本当に高校生かしら?って思うほどだったわ」
「子供の頃から親の惚気話を聞いてきたからな。恋愛経験はないくせにそういった感情面での表現だけ磨かれてきたんだ。恋愛小説は今回が初めてだったから不安だったんだけど、そう言ってくれると自信が出るよ」
(でも高校生疑惑が出るのは心外だし、ちょっとだけからかってみようかな……)
「だが、高校生かと疑われるとは思いもしなかった。もしかして、転生者とか思ってみたり?」
「え、えぇ……、正直思っちゃったわ。流石に小説の読みすぎだと自分でツッコンじゃったわ」
「本当だよ」
「……え、えぇ!?」
そう冗談を言ってみれば、藤原さんは今まで見たことのないくらい物凄く驚いた表情になったので、俺は笑いながら冗談であることを伝えた。
「あははは、噓に決まってるじゃん。そういうのは創作だけの世界だよ。……でも意外だな、藤原さんの事だから冗談だと信じてくれると思ったんだけどな」
「い、いきなり真顔で言うんだもん! それは驚くわよ」
「ごめん、ごめん」
(いやぁ、貴重な表情を見せてもらい、眼福です)
藤原さんは顔を膨らませながら、『そんなこと言うならもう感想言ってあげないんだから!』と言うので、俺は慌てて謝罪をした。
「まぁいいわ。ところで、この間も言ってたけど、ヒロインの弥生ちゃんの心理描写に力を入れてたって言ってたけどどうして? ああいうのって主人公である相馬君の心理描写に力を入れるんじゃない?」
「それはな、相馬の行動に対して感情移入できる要素が弥生に再び惚れてからしかないからだな」
「逆に弥生は相馬に対する確固たる愛情を持ち、大人になることを受け入れているからこそ、相馬へのアプローチにバリエーションが生まれたし、どうすれば自分を見てくれるのかを考えられたからこそ、行動に説明がつき、感情移入が相馬よりし易い。だから俺は弥生に力を入れたんだ」
「言っちゃえば、相馬は子供過ぎるから、いちいち心理描写を入れなくても読み手側で勝手に補完ができるってだけさ」
「身も蓋もない理由で少し悲しくなるわ……。でも、なんとなくわかるかも。私も勝手に相馬君の心理については自己補完してたから」
正確にはあえて読み手に考えさせるために、そういった書き方にしたという理由もある。何も物語は全て書かなくていい……、必要な情報とそれに足る理由さえあれば、藤原さんみたく後は読み手側で勝手に自己補完してくれる。
まぁ子供過ぎる相馬の心理なんて誰もいらないだろうし、だからこそ改めて弥生に惚れる瞬間に説得力が生まれる訳なんだけども。
その後も俺は藤原さんからの感想を聞きながら、良いところや気になった所などをノートにまとめていた。
(今回得た知見を元にフィードバッグしていけばもっといい作品になりそうだな)
***
「うーん、いっぱい話したー」
「ほんと、助かったよ。おかげでよりいい作品にできそうだし、次の作品にも繋がりそうだよ。近々Web小説に投稿でもしようかな」
「その時はちゃんと教えてよね。私絶対に読むわ。」
「もう読んだのにか?」
「一度に読むのと、焦らされながら読むのとでは得られるカタルシスが違うからね」
確かに週刊雑誌とかもそうだけど、一気読みより小出しにされて読む方がドキドキとかワクワク感とかあるよなぁ……。
「確かにそれは言えてるかもな。でも本当に助かった。感想が聞けたのもそうだけど、やっぱり藤原さんと話すのは楽しいよ」
「そう? ふふふ、私も葉桜君と話すのは楽しいわ。健斗とは違って、私の事バカにしないし、一つ一つの言葉をきちんと聞いているって、そう感じる」
「それは高橋がバカなだけだ。子供じゃあるまいし、いつまでもガキ臭いことをしなければいいんだよ。……藤原さんが不憫でならないよ」
そう答えると、藤原さんは『そうね……』と少し悲しそうな表情で答えた。これは言ってはいけないことだと俺は悟り、直ぐに謝罪した。藤原さんは『気にしないで』と言うが、俺が気にする。高橋の言動に思うことはあっても、藤原さんはそれを踏まえても高橋の事が好きなんだから。
(なら、俺がやることは一つ)
「藤原さん、俺にもっと高橋との思い出聞かせてくれないか?」
そう言うと、藤原さんは『え?』とキョトンとした顔で俺を見つめる。
「俺は藤原さんが高橋のことが好きなのを知ってる。ならそれを応援するためにもまずは高橋の事をもっと知らないとダメなんだと思う。だからさ……、俺に教えて欲しい」
俺がそう微笑みながら伝えると、少し悩みつつも、『うん……ありがとう』と答え、そこから小学校時代にあった出来事から色々と話してくれた。
***
ファミレスを出て、俺たちは帰り道を歩いてる時、藤原さんがさっきの事についてお礼を伝えてくれた。
「葉桜君、話聞いてくれてありがとうね」
「これくらいどうってことないさ。感想を聞かせてくれたお礼程度に思ってくれ」
「ふふっ、ほんと葉桜君は優しいよね」
「誰にでも優しくするわけじゃなないけどな。……話は変わるけど、今度のサイン会には高橋を誘うのか?」
そう尋ねてみると、『そうね、誘うつもりよ』と答えたので、俺はそれについてアドバイスを送ることにした。
「なら、サイン会の2日前、明後日の木曜に誘うのがいいな。高橋はよく約束を反故するんだろう? だから有無も言わせないよう少し強めに約束させるんだ。それに2日前での約束なら急な割り込みが来ても先客があるんだから、断るさ」
「あぁでも、これができるのはサイン会みたいな小さな用事についてだけだ。水族館や動物園と言ったメジャーな所でのデートならむしろ早めに約束して、2、3日置きくらいに約束についてチラつかせる方が効果的だぞ」
「へー、葉桜君ってホントそういうアドバイス、上手なんだね。確か親友たちをくっ付けるのに協力したんだっけ?」
「あぁ、あの時は大変だった……。今は違うが、当時はお互い奥手だったから何度も俺がフォローしたよ」
「ふふふ、今の私みたいに?」
「いや? 藤原さんにしかアドバイスしてないから、親友たちに比べた全然」
「……健斗にはアドバイスしないの?」
その言葉に俺はどう返すべきか少し考えた。高橋にアドバイスすれば、きっと上手くいってしまう。それは避けたいけど、藤原さんの気持ちを最優先にすると決めているんだ。
(これは覚悟を決めるしかないか……)
だから俺は嘘偽りなく、真実だけを伝える。
「現状あいつから恋愛相談は受けてないけど、藤原さんが望むなら高橋にもアドバイスするよ」
「ううん。やっぱり大丈夫。なんでもかんでも葉桜君に手伝ってもらうのは間違ってるし、こうして話を聞いてくれるだけで私は嬉しいから。だから健斗を振り向かせるのは私の役目!」
そう力強く宣言する藤原さんを見つつ、なんとか危機的状況だけは脱したようだ。心の中で安心していると、後ろから高橋の声が聞こえてきたので、2人で振り返ると高橋が走ってくるのが見えた。
「はぁはぁ。ようやく止まったか。呼んでるんだから……、きが、ついてくれよ。はぁはぁ」
「すまん、藤原さんと話してたから気づくのが遅れた」
「ほんとよ。どうしてそんなに走ってきたのよ」
「え? そりゃ……、真昼が葉桜に迷惑かけてなかったかずっと心配だったからだよ。いつもみたいにぎゃあぎゃあ騒いでいたら葉桜もかわいそうだしな。あははは」
「それは健斗だけっていつも言ってるでしょう!」
はぁ、また痴話喧嘩が始まったか……。でも、このやり取りを見るのは意外と好きだったりする。
(やっぱりと言うべきか、藤原さんは高橋にだけは色んな顔を見せるんだよな)
俺は藤原さんのコロコロ変わる表情を見るのが好きだ。故に、まだ告白はしないでくれよ?と思いながら、『さっさと帰るぞ』と2人に言い、そのまま3人で一緒に帰るのであった。