ショッピングデート③:デートの帰り道
帰り道、藤原さんは少し元気がない声色でさっきの出来事について再度感謝を述べてくれた。
「あ、あの……、葉桜君、さっきは本当にありがとう。いきなり知らない男に声をかけられて少し怖かったの」
「藤原さんは気にしなくていいさ。さっきもいったけど、あれはナンパされることを考慮していなかった俺の落ち度だ。……それに、咄嗟のことだったとは言え、彼女って言っちゃったことについても誤りたい。藤原さん、ごめんなさい」
「それでもだよ。それに、さっきの葉桜君はほんとカッコよかったわ。まるで小説に出てくる主人公みたいだった。それに、あの時は私を助けるために言ってくれたんでしょ? それなのに私が怒ることは何もないわ」
「それでもだ。藤原さん、高橋のこと好きだろ? なら尚の事、俺は謝らないといけないんだ」
「……ふ、ふぇ!? い、いきなり何言ってるの、葉桜君!?」
「ん? 違うのか?」
「え、あ、ええぇと、その……、う、うん。……健斗のこと、好きだよ?」
顔を赤くしつつ、微笑みながら藤原さんははっきりと高橋のことが好きだと言った。分かっていることとは言え、やはりくるな……。でも、これははっきりさせなくちゃいけないんだ。誰かに好きと伝えられるようになれれば、いつか自分から相手に告白する時が来た時に多少なりとも伝えやすくなれるはずだ。
「ちょっとだけ、いつも通りの藤原さんに戻ったかな。やっぱり藤原さんはそういう顔をしてないとだな」
「……励ましてくれてるの? だとしたらさっきの質問は少し卑怯じゃないかしら?」
(ジト目もまたいいな)
「あははは。でもその方が俺らしさがあっていいだろ? それに……、藤原さんってさ、誰かに高橋が好きだってこと、ぼかして言ったことはあっても、はっきり口に出して言ったことはないんじゃないか?」
「そ、そう言われると、確かに私の家族以外で健斗が好きだとはっきり言ったことなかったかも。……うぅー、恥ずかしい」
恥ずかしがりながら顔をぶんぶん振っている姿も可愛いなと思いながら、俺は改めて自分の計画について考えた。
(俺の目標は藤原さんが恋人を作り、幸せになること)
恋人がゴールという訳ではないが、俺たちは高校生だ。今はそれでいい。そしてその相手は俺でありたいとは思うが、優先順位を間違えてはいけない。藤原さんが今抱いている想いを踏みにじってまで彼氏になろうとは思わない。
藤原さん、もしくは高橋から告白して見事ゴールインしたらしたで、俺は構わない。第一優先は藤原さんの幸せだ。それだけは何が何でも変えてはならない。あくまでも恋人関係になってしまうまでの間に恋愛の幅を広げ、俺を選んでもらえれるように土台を作る。
それが今、俺がやろうとしていることだ。
「いいじゃないか。それだけ一途に思っているなんて、ほんと高橋が羨ましいよ。ちなみにさ、藤原さんは高橋以外で気になる人は今までいなかったのか?」
「え? うーん、中学生まではずっと健斗が傍にいたし、高校生になってもそれは変わらなかったわ……。前も言ったと思うけど、私にとって初めての異性で出来た友達って葉桜君が初めてなのよ」
(ひとまず、彼女の心の中に正規な友人枠として入れているようでよかった)
「そうか、それはちょっと嬉しいな。そういえば、あえて聞かなかったんだけどさ、この際聞いてもいいかな」
「はぁ、……もう健斗が好きって言っちゃったし、いいわよ。何かしら?」
「いつ、高橋のことを好きになったんだ? 以前聞いた幼少の結婚の約束をした時はまだ本格的に好きとは思ってなかったんじゃないのかと思うんだが……」
まずは少しずつ、彼女の高橋に対するエピソードを聞き出す。そうやって徐々に異性の相談相手としての地位に入っていく。
今まで高橋しか身近な異性の存在がいなかったというのなら、俺という異性の相談相手が現れることで、恋愛観に変化が生まれるはずだ。
それだけが現状俺が取れる唯一の手段でもある。
「ず、ずいぶん踏み込んだことを聞いてくるのね。……でも、健斗を好きになった理由かぁ。多分、私が小学校の低学年の時にいじめられてたときかなぁ」
聞くところ、藤原さんは小学校時代から既に可愛い女の子認定されていたようで、当時のスクールカーストのトップの女の子に目を付けられてしまった。そして、物を取られたり、壊されたり、周りから無視されたりといった嫌がらせ行為があったとのことだ。
(子供がやることって無邪気故に、えげつなくて精神にくるのが多いよな……)
「そんな中ね、健斗だけが私の味方であり続けてくれたの。いじめっ子たちから私を守るようにしてくれて、先生も巻き込んでやっつけてくれたんだ。……うん、多分あの時から私は健斗の事が好きになったんだと思う」
当時を思い出し、うっとりしながら話す姿を見て、敵わないなぁと正直思った。そんなエピソードがあるんじゃマジでつけ入る隙なんてないだろって思ってしまう。
だからこそ考えてしまう。今の高橋はその時のカッコいい高橋とは全然違う。今と昔、聞いた話だけだと、昔の方がずっと大人な印象だ。
俺が書いた小説に出てくる男主人公の村田相馬は幼少から甲斐甲斐しく世話をしてくれる幼馴染の月島弥生という存在がいたからこそ、子供っぽい言動が残り、軽口が平然と出るようになったが、藤原さんが高橋に世話を焼くようになったのは中学時代とのことだ。一体アイツの中で何があったんだろうか。
「そうか、そんなカッコいいエピソードがあったんだな。今のアイツからは想像もできないぞ」
「ふふっ、そうね。小学校の時はいっぱいカッコいい話はあるんだけど、中学に入ってから一気にずぼらになってきたんだよね」
「何か、そうなったきっかけでもあるのか?」
「うーん、私も毎日健斗と一緒にいた訳じゃないから、わからないわ。でも私が当時一つ上の先輩に告白されたことがあってね。そこから変わった気がしなくもないわね」
(告白……、ね)
大体の予想はできた。つまりは好きな女の子がその先輩に取られるんじゃないかと思い、自分に関心を惹くためそうなったと。そしてそれが上手く行ったもんだから、今も続けているというところか。
(着眼点はいいかもしれないが、そうじゃないだろ……)
さっさとお前が告白すれば終わる話を、どうしてこう、ややこしくしたのか……。まぁ思春期特有の気恥ずかしさだろうな。だが、そのおかげで自分の恋を諦めずにいられるんだから、俺的には助かってはいるんだけどな。
「藤原さんは可愛いからな。その人を見たことはないが、その先輩が告白したくなるのもよくわかるよ」
「……それって、葉桜君も私に告白したいって言ってるようなものよ?」
そんなことを呟いたら、藤原さんからジト目で手痛い返しを食らってしまった。だからこそ今は本心を隠してこう返すしかない。
「負け戦に挑むほど俺はバカじゃないよ。純粋に藤原さんの友達として言っただけだから、他意はないから安心してほしい」
「そ。ふふっ、でも改めて友達って言ってくれると嬉しいわね。こうやって誰かに健斗との話をするのってあまりなかったから新鮮だわ」
「そう言われると恥ずかしいな。でも、俺でよければいつでもそう言った話を聞くぞ」
「それ、自分の小説のネタにしたいだけじゃないの?」
「あははは、バレたか」
そんな感じで俺たちは帰る前にあったナンパの事なんてすっかり忘れて、他愛ない話をしつつ歩いていると、ふと藤原さんが思い出しかのように俺に聞いてきた。
「そういえば、気になってたんだけど、葉桜君が持ってるその袋って何? 帰る直前まで持ってなかったわよね」
「おっと、ようやく気が付いたか。……はい、これ。今日一緒に色々回ってくれたお礼だよ」
そう言って俺はシロクマのぬいぐるみが入った袋を藤原さんに手渡した。
「え……、え!? これって、最初に行った雑貨屋にあったクマのぬいぐるみじゃない。どうして?」
「言っただろ、今日一日付き合ってもらったお礼だって。あれだけ幸せそうにぬいぐるみを抱いてたんだから、プレゼントしたくなるさ。あ、もう返品は受け付けないからな」
「も、もう……。そんな風に言われたら受け取るしかないじゃない。バカ!」
そう嫌々な感じで言っていたが、それでも嬉しかったようで、ぬいぐるみを抱きしめていた藤原さんの表情は今日一日見てきた中で一番穏やかで、そして可愛らしい笑顔になっていた。
――あぁ、その顔が見れただけで、俺は十分だよ