ショッピングデート②:青年は少女とデートする
「そうそう、葉桜君が書いた小説その日のうちに読んじゃった! 思わず読み直すくらいとてもいい物語だったわ。まぁそのおかげで久しぶりに夜更かししちゃったけどね」
「え、もう読み終わったのか!? と言うか読み直してくれるなんて、ありがとう。作家冥利に尽きるよ。でも、せっかくの休日なんだからゆっくり読んでも良かったんじゃないか?」
本屋から出た後、藤原さんが俺の書いた小説を早速読んでくれたようで、楽しそうに話してくれた。でもまさか渡した当日に読み切ってくれるなんて、本当に作家冥利に尽きる。やっぱり自分の作品をこうして誰かに褒めてもらえるというのはいつだって嬉しい。
「読んでるうちにどんどんのめり込んじゃってね、気がついたら全部読んじゃってたわ。特にヒロインの弥生ちゃんの幼馴染に対する健気な一面が本当によくって──」
「あー、感想はまた今度でも良いかな。今日はノートを持ってきてないから、感想をまとめきれないんだ。でも、そう言ってくれてとても嬉しいよ。俺は相馬より弥生の心理描写に力を入れてたからね」
「分かったわ。なら今度感想会を開きましょ! でもあんな丁寧に表現できるのほんとに凄いと思うよ。……ねぇ、葉桜君ってもしかして既に小説を書いていて投稿とかしてないかな? 私、あの書き方を何処かで読んだことあるのよね……」
流石に今日会えるとは想像してなかったし、そもそももう読み切るとは思わなかったため、準備が何一つ出来ていなかった。
口頭だけで覚えておけるのにも限りがあるし、間違った内容で覚えてしまったら、相手にも悪い。今度の放課後とかにでも感想会を開こう。
(それにしても、何処かで読んだことがある、か……)
現在、俺が書いた作品は全部で3作。1作目はWeb小説として投稿したデビュー作。2作目はそれを書籍化したもの。所謂Web版と書籍版で内容が若干異なるタイプだ。そして3作目は言わずもがな、今回書いた作品。
Web版は現在観覧不可状態だから、恐らく書籍化したものを読んでいたんだろう。そういえば、次巻の発売は11月か……。
「実は3年くらい前にWeb小説で投稿したことがあってな。もしかしたらそれを読んでいたのかもしれないな。あのときはまだ拙い文脈だったから、それ以降は修行していたんだ」
「そっか……、ならその時に読んだのかも。ねぇねぇなんていう作品なの? もしかしたらまだ残ってるかもしれないわ」
「残念ながら今は観覧不可なんだ。因みに作品名については秘密で。でも、もし藤原さんが何の作品だったか思い出したら、1つ俺の秘密を教えて上げるよ」
そう言うと、藤原さんはやる気をみせたようで、絶対思い出すねと笑顔で答えてくれた。まぁその作品が分かった時点で俺の秘密がバレる訳なんだけどな。
(さて、俺の話はこれくらいにしておいて、そろそろ何処に向かうか決めないとだな……)
藤原さんに『何か気になる場所とかある?』と聞いてみると、前々から雑貨屋が気になっているとのことだったので、俺たちは雑貨屋に向かって行った。
「藤原さんは雑貨屋で何か欲しいものとかあったのか?」
「雑貨屋って色々な物を置いてるでしょ? そういうのを見るとなんていうかワクワクしちゃうのよね……。ごめんね、子供っぽいこと言って」
「そんなことないさ。むしろ雑貨屋なんだから、そう思ってくれる人のためにあるんだろうし。それに俺も雑貨屋で物を見るの結構好きなんだよ。たまにそこにしかない掘り出し物があったりするからな。ほら、例えばこの眠たそうな猫が描かれているコップ、見てるこっちが眠くなりそうだ」
俺は2次元にデフォルメされた眠たそうな猫が描かれているコップに指さして、そう言ってみれば藤原さんも『確かにこっちが眠くなりそうだわ』と笑いながら相槌をしてくれた。以前聞いたことなんだが、藤原さん家は動物を飼っていないらしい。
飼わないのかと聞いたら、高橋が猫アレルギーで、犬は過去噛まれた経験からトラウマになっているとの事で、飼うことができないと言っていた。そこまで幼馴染に合わせる必要があるのかと思うが、家族間の付き合いもあるから仕方ないんだろうと納得した。
「葉桜君、見て見て! このクマさんのぬいぐるみ、物凄く可愛いわよ!」
(いや、貴女の方が可愛いです。マジで)
藤原さんがちょっとブサイクな顔をしているシロクマ? のぬいぐるみを抱きかかえながら微笑んでいた。
「そのぬいぐるみ、シロクマか? なんともまぁ愛くるしいブサイクな顔だな」
「もう! そんなことを言っちゃダメよ葉桜君。デザインを考えてくれた人に失礼よ。むしろこのちょっとブサイクなところが可愛いんじゃない」
あぁ、少しだけ高橋と同じやり取りをしているみたいな雰囲気を感じる。……でもこのぬいぐるみ、意外と値段が張るな。これで5000円とか、流石雑貨クオリティといったところだな。そんなことを考えていると藤原さんは抱きかかえたぬいぐるみの顔を指でぷにぷにしつつ、口元が緩んでいた。可愛い。
「お気に召したならプレゼントでもしようか? こうして付き合ってもらってる訳だし、お礼したいんだけど……」
「え? ううん、そこまでしてもらうことはないわ。それに意外と高いから葉桜君に悪いしね」
「そうか? むしろそのクマさんは藤原さんに使って欲しそうな顔をしてるけど。物っていうのは持ち主を選ぶっていうから、相性いいんじゃないか?」
「もう、そんな訳ないでしょ。そんな冗談言ってないで、他にも回りましょ」
揶揄われていると思ったのか、藤原さんは少し顔を膨らませて雑貨屋を抜け出していったので、俺も急いで後を追うことにした。藤原さんは自分と一緒に居ても楽しくないと言っていたが、そんなことはない。俺は今物凄く楽しいと思えているし、何だかんだ藤原さんも楽しそうな顔になっているので、誘ってよかったなと心の底から思えた。
大体3時間ほどだろうか、俺たちは雑貨屋の他に家電店や服屋など色々見て回りつつ、お互いの趣味だったり小説の苦手なジャンルなど話していた。
その中で一番驚いたのが、藤原さんは意外にもアニソンが好きらしく、友人らとカラオケに行く際はよく歌っているとのことだった。なんで好きなのか聞いたところ、やはりというべきか高橋が昔から好きらしく、その影響で自分も好きになったとのことだった。
こういうところでも幼馴染の影響ってあるんだなと感心しつつ、それだけ高橋との間にある絆は強いんだと実感させられた。
「いっぱい見て回ったわね。こうやって誰かとウインドウショッピングすることなんてほとんどなかったけど、思いのほか楽しめたわ。誘ってくれてありがとね、葉桜君」
現在俺たちは、休憩のためにフードコートエリアにいる。藤原さんは炭酸がダメらしくオレンジジュースを飲んでおり、俺はブラックコーヒーを飲んでいる。
いつの世も男は見栄を張りたい生き物だと思っているのか、藤原さんからは『無理しなくても』と言われたが、『元々好きだから大丈夫だ』と答えた。ちなみに高橋は見栄を張って失敗したらしい。
「俺も藤原さんを誘って正解だったよ。物凄く楽しかった」
「ええ、私もこんなに楽しいとは思わなかったわ。今度健斗も誘ってみようかしら」
「あいつの場合、速攻ゲームコーナーに向かいそうだけどな」
「確かに、健斗ならすぐそっちに向かいそうだわ。ふふふ、でも、最初はサイン会の話だけだったのに、こうして貴方と遊ぶことになるなんて思わなかったわ」
「それについては同感だ。そうそう、藤原さんは結局サイン会には行くのか? 俺はその日、埼玉にいる親友たちに会う約束があって残念ながら行けないんだよな」
そう尋ねてみると藤原さんは、『もちろん行くわ!でも、約束を守るなんて偉いわね。健斗なんかほとんど守らないのに』と呆れながら言うので俺は苦笑するしかなかった。
***
休憩も終わり、そろそろ帰ろうかと話になったので、俺はとある行動に移すために手洗いに行ってくることを藤原さんに伝え、最初に行った雑貨屋へバレないように移動し例のクマのぬいぐるみを入手した。
(少しでも藤原さんが喜んでくれたらいいんだが……ん?)
藤原さんがいるところに戻ってみると、何やら大学生らしき男2人組みに藤原さんが絡まれており、ナンパされているとすぐに分かった。
「ねぇねぇ、1人で何してるの? もし1人ならさ、俺たちと少しお茶とかしない?」
「あの、私、人を待っていますので……」
「こんな可愛い娘を1人で待たせる奴なんてほっといてさ、俺たちと遊ぼうぜ!」
「いえ……、あの、本当に結構です」
「そんなこと言わずにさぁ、俺たちがちゃんとエスコートしてあげるから」
「大丈夫だからさ、ほらほら行こうよ」
そう言って、男の1人が藤原さんの腕を強引に掴もうとしたので、俺はすぐにその男の腕を逆に掴み、藤原さんの前に割り込んだ。
「あのさぁ、俺の彼女に何しようとしてんの?」
「は、葉桜君……」
「ごめん、怖い思いさせたな」
「何? 今更彼氏君登場なの? ダメだよね、可愛い彼女を1人にし――いだだだ!」
うるさいので思いっきり腕を握れば、その男は痛みで叫ぶ。色々文句も言いたいが、さっさとここから離れたいので、眼帯を少しだけずらし《《切り傷》》がある目を覗かせ、男たちに威嚇する。
「悪いけど、あんたらに構っている時間がもったいないんだ。さっさと帰るならお店のスタッフに言わないであげるから、消えてくれない?」
「!? な、なんだよお前……」
「な、なぁ、こいつもしかしてそっちの方じゃね? だとしたらヤバくね?」
「は、ははは、いやだなぁ俺たちは少し、親切心で声をかけただけだよ。彼氏がいるなら安心だな。じゃ、じゃあ俺たちはもう帰るから……」
そう言って男どもは逃げるように去っていったので、眼帯を戻しすぐさま藤原さんの方に体を向け、『大丈夫だったか?』と声をかける。
「う、うん……。その、ありがとう」
「いや、俺の方こそごめん。まさかこのご時世にあんなナンパ野郎がいるとは思わなくてさ。怖い思いさせて本当にごめん。さっさと帰ろう」
そう言って、俺たちはすぐにショッピングモールを出るのであった。
――真昼? なんで葉桜と一緒に居るんだ?