ショッピングデート①:青年は休日、少女と遭遇する
日曜日の昼頃、俺は1人で大型ショッピングモールにある本屋に立ち寄っていた。今日は以前から読んでいたラノベ"賢者に育てられた史上最強の弟子は今日ものんびり冒険者ライフを満喫します"という新刊が発売する日であったので、買いに来ていた。
まぁ内容はよくある、自分何かしちゃいましたか系なのだか、頭を空っぽにして読むタイプのラノベなので気にするのはもう辞めている。たまにはこういった箸休め的な本が読みたくなるんだよ。
「さて、目当ての物も買ったし、軽くウインドウショッピングでもしながら、適当にぶらつきますかね……。ん?」
そう思い本屋を出ようとした所で、店内に貼られているポスターが目に入って来た。
(まじか、藤堂恒吉先生のサイン会があるのかよ! あぁでもその日は……)
1番好きな作家の先生でもあるので、是非とも行きたかった! が、残念な事にその日は埼玉にいる親友らと会う約束をしている日でもあったので、俺は落胆する。せめてその翌日だったら良かったのに、ツイてないぜ全く。
(まぁでも、藤原さんにこの事を伝えたら物凄く喜ぶんじゃないかな。彼女も大好きな作家先生だしな)
なので、俺は急いで藤原さんにLIMEで伝えてみることにした。
:今池袋のショッピングモールの中にある本屋にいるんだけどさ、来週の土曜日に藤堂恒吉先生のサイン会があるらしいよ
:え! ほんと!?
:あぁ、なんなら今写真送ろうか?
(即レスって……、ちょうどスマホでも触ってたか?)
:あ、ちょっと待って!
藤原さんからそんな内容が送られて来たので、どうしたんだ? と思っていたら、後ろから聞き慣れた意中の女性の声が聞こえて来た。
「こんにちは、葉桜君! まさか葉桜君もここの本屋に来てたなんてビックリしたわ。……あ、これがさっき言ってたサイン会のポスターなのね!」
その声に振り返った直後、俺の体は金縛りにあったように硬直する。なにせ俺の目の前に突如現れた少女は、紛れもなく……、天使だった。
今だ残暑が残るこの時期、白を基調とした薄手のワンピースに、これまた白色の可愛らしいベレー帽をその艶のある長い黒髪に装備し、小柄にも関わらず存在感をこれでもかと放つ絶世の美少女が俺の前に居たのだ。
(神よ、俺は今日ここで死ぬかもしれない。だが、悔いはない!)
存在しない神に感謝を述べつつ、俺が行動停止していることに不思議がった藤原さんは『どうしたの?』と尋ねてくるので、俺は慌てて思考を取り戻し、何とか体を動かした。
「え? あ、いや、いきなり藤原さんが後ろからやってきたから驚いただけだ。……まさか藤原さんもここに来ていたなんてな」
「ええ、今日は最近読んでるラノベの新作が発売される日だからね。なのでそれを買いに来たのよ」
「うん? もしてかして、"賢者に育てられた史上最強の弟子は今日ものんびり冒険者ライフを満喫します"だったりする?」
「あれ? なんで葉桜君私が買った作品を知ってるの? ……もしかして葉桜君も読んでて、同じ様に買いに来たとか?」
「そうだよ。ああいう頭を空っぽにして読むのも割と好きでね。小説を書いてると考えが固くなってくるからちょうどいい箸休めなんだよ。でもまさか、藤原さんも読んでたなんて、知らなかったな」
「あははは、実は私も頭を空っぽにして本を読みたくなる時があってね。よく勉強の合間とかに息抜きでそういったのも読んでいるのよ」
ほう、藤原さんもその手の内容がイケる口なのか。これはいい情報だ。意外と藤原さんは雑食なのかもしれないな。……にしても休日に、ここでまさか会えるとは思わなかった。
でも、ここにいるってことは恐らく高橋と買い物デートに来たって感じか? この2人の距離感からしたらあり得るな。本当だとしたら凹むが、ここで会えたのも何かの縁だし聞いてみるかなと思い、尋ねた。
「ところで、今日は1人なのか? 物凄くおしゃれしてるから、高橋と一緒に買い物でもしに来た感じかと思っているんだが……。あぁそうそう、ビックリしちゃって言いそびれたけどさ、その私服姿、似合ってるよ。藤原さんにピッタリの服装だな。特にそのベレー帽、物凄く似合ってる」
「あ、ありがとう。な、なんだかそう言ってもらえるの新鮮で、お世辞でも照れちゃうわ。あははは」
(頬を赤らめて照れてる藤原さん可愛すぎだろ。にしてもお世辞か······、普段から高橋からあんまり褒められてないのか?)
「……あ、今日は1人だよ! 健斗は部活でそのまま遊びに行くって言ってたわね。ふふふ、でもおしゃれかどうかは分からないけど、こういった服は好きだからよく着るわ」
「いや、俺はお世辞で言った訳じゃないんだけどな。普通に可愛くて似合ってたから、素直な感想だったんだけど」
「きゃ、きゃわ!? わわわ、私なんてそこまで可愛くないわよ! た、確かによく皆から可愛いとか言われるし、何度か告白されたこともあるけど……、健斗からは子供っぽいって言われるし、……うぅ」
言葉が変になって、なんかあたふたしてるな……。なんだろうこの小動物みたいな生き物は。……愛でたい。
ふとそんな事を考えてしまい、無意識につい左手が藤原さんの頭に乗せようと動いてしまったが、鋼の意識でそれを食い止めた。
(馬鹿なことをして、好感度を下げる訳には……、いかない!)
「うーん、たまに藤原さんって自己否定が入る時があるけどさ、もう少し自分を肯定してもいいと思うぞ。藤原さんは誰から見ても可愛い女の子だ。それは俺が保証する!」
「も、もう! 女の子にいきなりそんな言葉言っちゃダメよ! 心の準備出来てないのに……」
「あははは、それは悪いな。思ったことはなるべく言うように心掛けてるから、諦めてくれ。でもそっか、今日は1人なんだな。因みに藤原さんはこれから何かする予定とかあったりする?」
さり気なく、俺は藤原さんにこのあとの予定を聞いてみた。
「今日はこのまま帰ろうかなって思ってたわ。1人で居ても楽しくないからね」
「そうか。……ならさ、俺と少し遊ばないか? と言ってもこの辺をぶらぶらしながら、ウインドウショッピングみたいな感じになると思うんだけど。せっかくの休日に友達と会えたんだ。どうかな?」
「え、わ、私と? でも……、私と居てもそんなに楽しくないと思うわよ? よく健斗からももっと楽しめよと言われるし……」
「俺はそんなの気にしないけどな。というより普段高橋とは何処に行ったりするんだ?」
「健斗とはよく、ゲーセンに行ったりワウンドワンでボーリングしたりね。やっぱり男の子だとそう言う所が好きらしくて。よく健斗からは運動センスがないと言われるわ」
「はぁ、それ単に高橋が行きたい所だけな感じがするが……、まあいい。ということは藤原さんは高橋とウインドウショッピングとかあまりしなかったって事だな。なら問題ないさ、お互い新鮮な気持ちで回れるって事だしさ」
「そ、そう? な、なら、せっかくだし……、ご一緒させてもらおうかしら?」
「あははは、何で疑問形なんだ? なら行こうか。本屋で物を買ったにも関わらず用もなく、ずっといるのも悪しいさ」
そう言うと、そうねと藤原さんも相槌したので、2人で本屋を出ることにした。
(デート? デートだよな? いや、絶対にデートにしてやる!)
降って湧いたようなチャンスに俺は内心舞い上がりつつ、これからどうするかを思案するのであった。