劉備・関羽・張飛、出揃う。
本物の関羽がそこにはいた。
見た目は瓜二つの偽者とは違う、圧倒的な存在感。
覇気というのかな。青龍偃月刀を振るうその姿はまさに軍神。
「兄者!一人ぶっ殺したぜ!」
雷のように響く大声で、闇夜の森林から、荒々しい男が一人、蛇矛をひっさげて現れた。
「益徳」
関羽が呼ぶのを聞いて、その男が本物の張飛だということがわかった。
ペルソナ『屍のイーレ』で死体を操っていた程遠志の生首をひっさげて、張飛がにやりと笑った。
「黄巾賊の妖術も、張飛様の敵じゃあないぜ!」
ペルソナを妖術と勘違いしているようだ。菅亥(菅井)が恐れ慄く。
「ひぃいいいい!!」
偽関羽である張曼成(成田)が殺されたことで、張曼成の『スペグーロの写し鏡』(見た目を自由に作り変えることができるペルソナ)が解除されたようだ。
むさくるしい黄巾賊の髭面で、菅亥は絶叫する。
「ちょ、張飛ぃ!?」
「ん?テメェ俺を知ってるのか?」
「なんでだ!!!なんで関羽と張飛がいるんだよ!?」
「俺が呼んだんだ」
したり顔で言う俺。
「貴公が?」
関羽が俺をじっと見据えた。横浜の中華街に祀られている関羽よりやっぱ迫力あんなぁ。
なんて俺が考えていると、対峙していた菅亥が深呼吸をした。
「ふぅ~!!!……いやいやいや、よく考えろ俺、うん!そうだ!俺だって武力は黄巾賊の中では上位の80。そして俺には、『拳骨カンケル』があんじゃん!ペルソナァアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
「「!!!?」」
得物を利き手で握っていた関羽と張飛の、もう一方の手が握り拳に変わった。咄嗟のことでどうやら少々戸惑っている。
「また妖術かよ」
「違う違う、それはペルソナ」
思わず訂正した俺に、張飛が、ああ!?と威嚇する。
「へっ!どうだお前ら!そんな重量感満載の武器、片手で扱えるかよ!?」
菅亥の言う通りだ。青龍偃月刀は三国志演義によれば18キロ。片手で軽々と扱える代物じゃない。
ただ。
「よくわかんねえが!オメエ如き、片手で十分だ!!!」
あろうことか張飛が、蛇矛ではなく、握り拳の方で襲いかかった。
「嘘だろ!?」
声をあげて間もなく、菅亥の顔面ド真ん中に、張飛の左拳が炸裂した。
ぶべら!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ゴリラのような太い腕から繰り出されたパンチにより、確実に菅亥の鼻、ならびに顔中の骨が砕け散る。つぶれた虫のようにぴくぴくし、まもなく菅亥はこと切れた。
「すげえぞ兄者!野郎の妖術で拳が開かねえと思ったら、その分、拳骨の威力が増してやがる!見ろ、拳骨一発でこいつ死にやがった!!!!はっはっはっはっはっ!」
「人を殺して喜ぶな馬鹿者めが」
浮かれる張飛とたしなめる関羽。
目の前には、かつて同じ会社に勤務した男たち(転生してるけど)の亡骸が転がっている。
間違いなく死んでいる。
戦いがテーマのゲームを10年作ってきたから、常人と比べれば血には慣れている。過激なムービーシーンもいっぱい作ってきた。
だけど。
本物の死体を見て平気でいられるほど、この世界には染まっていない。
気を抜いたら吐きそうだ。
「貴公なのか」
「え??」
関羽が俺に声をかけた。
「酒場で書き置きを遺していったのは貴公なのだな?」
「書き置き?」
首をかしげる劉備。
関羽が懐から紙を一枚取り出した。俺が店員さんに頼んでいた手紙である。
黄巾賊、桃園に現れる。至急助け求む。周倉
手紙の一文を読み上げ、関羽はため息をついた。
「俺達が来なければどうなさるおつもりだった?」
「……ただ死んでたでしょうね、ははは」
ま、言うて来るとは思っていた。
『疾風のヘルメス』を使い、劉備が連れて行かれてすぐ、涿県じゅうの酒場を回り、昨日関羽と張飛が来たという酒場を発見した俺は、手紙を店員さんに預けていたんだ。
昨夜のすごい髭の長い人と虎髭の大男が来たら渡してくれって。
念のため、すべての酒場に書き置きは遺しておいたし。
「貴方達ほどのまっとうな武人が、黄巾賊を野放しにするわけないと思ってたし、名指しで助けを求める人間を見捨てるような、非情な人間じゃないでしょ?」
「ふん、会ったことのねえのに、よくもまぁペラペラと」
張飛がいけ好かないという様子で野次った。
「結果、助けに来てくれた。関羽さん、噂通りの義の人ですね」
「義理人情の人間は兄者だけじゃねえぞゴラ!」
「ま、あとはうちの玄徳の強運を信じた、ってところかな」
「無視すんなコラ!」
「……玄徳?」
関羽が劉備を見た。
「ああ、申し遅れました。私は劉備。先日まではしがないむしろ売りでしたが、中山靖王・劉勝の末裔として、漢王朝再建の目標を掲げ、今は義勇軍創設のため、有志を集めております」
「んだオメエ!噂のほら吹き劉備か!」
「劉備……では、貴公が馬より速い男?」
「ん?ああ、周倉って言うんだ。よろしく」
「……そうか。貴公らを、一度この目で見てみたいと思っていた」
「私たちをご存じだったのですか?」
「昨日涿県じゅうの話題をさらったお二人のこと、知らぬわけがない。この関雲長。ひとかどの人物かどうかを見極める目はあると自負している。益徳、無礼を詫びろ」
「あ?なんの無礼だ?」
「この方はほら吹きではない。誠に漢王朝の血筋を引き、世を憂う御方だ」
「はぁ?兄者よぉ、なんでわかんだよ?」
「俺の勘だ。だが、少なくとも俺達と同じ目をしていることは確かだ」
確かに。
劉備、関羽、張飛。この三人は、共通して黄巾賊の悪行を憎み、世の平和を願っている、そんなまっすぐな、芯の強い目をしている。
疑いようもなく本物の目だ。ぎょろりとした双眸で、張飛が値踏みするようにじっと劉備を睨みつける。
長い沈黙の末、張飛は呟いた。
「確かに。オメエはまがいモンじゃなさそうだ。きたねえ身なりだが、良い目をしてらぁ。……だがよぉ!」
張飛が俺を指さした。
「こいつの目が、俺達と違うのも、また確かだぜ!!!」
ぎくっ!
俺はトリレガの世界に来て、初めて冷や汗をかいた。
うん。
張飛が正しい。
確かに俺、義兄弟になることだけしか頭になかったわ!脳内不純だらけ!マジでどうしよ!




