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♯ 2

 好きな男の子の事を考えると、つっぱしてしまうのは昔からだ。

 一番古い記憶は幼稚園の頃。まだ、好きって言う気持ちがよくわからなくて、いつもいつもその子を見ると気持ちが落ち着かなくなるのに戸惑って、泣き出してしまった事があった。

 思えば、初恋はそんな風に終わったのかもしれない。

 二番目に古い恋の記憶は小学生のころ。クラスで一番頭のいい子だった。毎日毎日その子の姿が見たくて図書室まで追いかけた。でも、それが行き過ぎてクラスではやし立てられ、その男の子に嫌われてしまった。

 それから怖くなって、中学の時も高校の時も、好きな男の子の事はずっと気になるくせに、告白できないで見ているだけだった。

 桃は後期試験からの解放記念に、と藍と一緒に出かけたカフェでそんな事をぼんやりと考えていた。

 町は今やバレンタイン一色。そこかしこに赤やピンクのハートが飛び交っている。

 どこかそわそわした雰囲気はクリスマスに似ていたが、それよりもなんとはなしに気恥ずかしげなのは、皆このイベントを想う時、同時に好きな一言を思い浮かべるからなのだろう。

「桃ちゃん。バレンタイン、今年はどうするの?」

 そんな自分の気持ちを見透かしたように、藍が声をかけてきた。ルームメイトになってもうすぐ丸2年になる。と、いうことは気が合わないわけじゃないけど、気を許せない関係ももうすぐ丸2年だ。

 桃は曖昧に笑ってから、自分の想い人の事を頭に浮かべた。

 西宮桃は園田青の事が好き。

 実はこのことは青をふくめ、映画部の人間のほとんどが知っている事実で、同時に青にその気がないのも皆が知っている事だった。

 でも、その青が目の前のルームメイトの事が好きで、このルームメイトが好きなのは梅田蒼汰だってことは、あまり、いやほとんどの人間が知らない事実だ。

 その蒼汰は先輩の彼女である中津紅の事が好きだって言うから、事態は全てが一方通行。

 図式にすると


 桃→青→藍→蒼汰→紅先輩⇔神崎川先輩


 って事になる。

 こんなどうしようもないのが、今の自分を含めた恋愛模様だ。

 桃は溜息をつきながら

「去年みたいな事にだけはなりたくないなぁ」

 と苦笑いして見せた。

 去年。夏合宿で青に一度ふられた桃は、それでも頑張ろうと心に決め、バレンタインに挑んだ。でも、あれは

「渡し方がまずかったのよ」

 藍が思い出したのか同じように眉を寄せて苦笑した。

 去年。直接渡す自信がなかった桃は、部室の青のロッカーにチョコレートを忍ばせたのだ。

 でも、受け取ったかどうか反応がない。で、蒼汰に青から何か聞いていないか尋ねると「名前の書いてある奴は全部つき返してたし、書いてないのは『気持ち悪い』って処分しとったで」との事だった。

 つまり、桃が徹夜して手作りしたチョコレートは『気持ち悪い』グループに分類され、捨てられていたって事になる。

「まぁ、去年はライバルが多かったけど、今年はそんな事ないと思うよ。青くんが難しいのは皆知ってるし」

「そうかなぁ」

「そうだよ。芦屋さんは青君を諦めて、今は春日君と付き合ってるって噂だし。今年も頑張ってみようよ」

 で、藍ちゃんも一緒に青くんにあげるつもり? と聞きたいのを桃は飲みこみ、代わりに自分のグラスのストローに口付けた。

 藍が自分を応援してくれているのはわかる。しかも彼女は自分には蒼汰が好きだって言ってる。

 でも、いまいちわからないのだ。

 こちらの気持ちを知っているくせに、たまに青と二人で抜けたりする。それに蒼汰への恋だってうまく行っていない。なぜなら、蒼汰の目には紅先輩しか映っていないから。

 それは自分の恋以上に誰の目にも明らかな事で、それは紅先輩の彼氏の神崎川先輩ですら知っているくらいなのだ。

 恋がうまく行かない藍が、青に気持ちを傾けることがない……なんて保証はどこにもない。

 女友達って、時に頼もしいけど、時にはとってもあてにならない事くらい、桃だって知っていた。

 それに……。

 ふと、窓ガラスに映る自分と藍を見比べる。

 身長が低くまだ中学生に間違われることもある自分と比べ、藍は正統派の美人だ。お化粧だってそんなにしていないのに、彼女が笑うと香り立つような美しさがある。

 きっと、青と並べばお似合いだ。

「ね。今からチョコレートの材料、見に行こうか」

 藍が自分を励ますようにそう言う。そんな友人の優しい言葉も素直にきけない自分に少々嫌悪しながら、桃は頷いた。

「じゃ、藍ちゃんも、蒼汰くんにちゃんとあげる?」

「もらってくれるかな」

「喜んでもらってくれると思うよ。去年だってそうだったじゃん」

「だって、誰のでも喜んでたよ」

 藍は複雑な顔をする。

 桃は誰のでもって事ないよ、といいかけてまた口を噤んだ。

 そうだ。確かに去年。蒼汰は青とは対照的に来るもの拒まずで、大喜びで受け取ってくれた。そして目の前で豪快に、それはそれは美味しそうに食べてもくれたし、ホワイトデーも律儀にお返しをくれた。

 たった一つの包みを除いて。

 桃も藍も見てしまったのだ。

 蒼汰が紅から貰ったチョコレートを大切そうに鞄にしまうのを。それはまだ副部長だった紅先輩が部員の男子全員に配ったものだったが、それでも蒼汰は嬉しそうにそれを緊張の面持ちで受け取っていた。ホワイトデーにどんなお返しをしたのかはしらないが、彼にとって特別なものである事は間違いなかった。

「じゃ、今年は差をつけられるように頑張ろうよ」

 言えるのはこんな言葉しかなくて。それでも、藍はその長く艶やかな髪を揺らして頷くと

「だね。お互い頑張りましょう!」

 とちょっとお茶らけて答えてくれた。

 バレンタインまで、あと2週間だった。

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