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♯ 18

 パーティーが終わったのは、8時過ぎだった。

 始めは穏やかならざる雰囲気だった女子も、思う存分青をいじくる事でストレスの発散は出来た様だし、男子達もそれぞれそれなりのチョコレートを手にできた様で、また来年も開催しようという話になって幕が下りた。

 帰り道、約束通り青の家で鍋を囲もうと並んで歩く4人。

 青の女装の画像を携帯に出しては笑う蒼汰と桃の後ろを、青は不服さ満載の顔で歩いていた。

 藍がその隣を、さすがに気の毒に思いながら一緒に歩く。

「顔、大丈夫? 荒れたりしないかなぁ?」

 なれない化粧をしたのだ、もしかしたら多少あれるかもしれないが、だったら化粧をするその前に心配してほしかった。

 青はそう思いがらもただ肩をすくめた。

 今年も、結局、藍からのチョコレートはどっかで見たような既製品だった。既製品が悪いとは言わないが……。

 大笑いしながら桃と関西弁を炸裂させる蒼汰のその手の包みに目をやる。

 紅先輩から貰ったチョコレート、女子部員から貰った義理チョコ、そして藍の手作りのケーキだ。

 あからさまな差に、溜息も出ない。

 藍はそんな青の視線に気がつくと、苦笑いした。

「あ、私も作ったんだけどね。ケーキ。青くんには叶わなかったなぁ」

 そういう彼女の言葉は、自分への負け惜しみには不思議と聞こえなかった。どちらかと言うと、既製品の……小動物を模した、奇しくも同じものを用意した彼女へと向けられているような気がする。

 励ましたいのか、慰めたいのか、それともこのまま傷ついて欲しいのか、自分にはもうよくわからない。

 とっとと、蒼汰とくっついて欲しい気もするし、諦めてほしい気もする。でも、明確なのは、例えどうなろうとしても、自分は彼女の友達だってことだろう。

「関係ないんじゃないの? 腕とか、味は」

「え?」

 優しい言葉を見つけられない自分に苛立ちながら、青は自分の眼鏡を障る。化粧落としのせいで、肌が少しヒリヒリした。

「気持ちと、相手だと思う」

 藍がじっと自分の横顔を見つめているのがわかった。でも、それを見つめ返したり、笑顔を見せたり、そんな器用な事できない。青は黙って視線を少し落とした。

 藍の唇から笑みが吹き出る。

「ありがとう」

 あぁ、こうやって『良いお友達』になっていくんだろうな。青は半ば自暴自棄になりながら、また、肩をすくめる。

 前を行く二人は疲れないのだろうか?

 桃は聞けば昨日は遅くまでチョコレート作りをしていたという。自分の手の先にぶらさがるバックの中のスミレのチョコを凌いで一番大きな箱。それに彼女の気持ちが入っているはずだ。

「桃ちゃんの気持ちも、受け止めてあげてね」

「あ、うん」

 痛いなぁ。藍からそんな言葉を聞くのは。

 苦笑いを噛みつぶす。

 そんな青に、藍はふと、一つの疑問が浮かんだ。

「そう言えば、青くん。あのケーキは誰あてだったの?」

 女子全員で食べてしまった、あの絶品のケーキを想いだす。見た目も凝っていたが、味はもっと凝ってて、まさにプロ顔負けの代物だった。

「別に」

 青は言葉みじかに答えた。本当に、別に……なのかそうでないのかは藍にも本人にもわからない。

「でも、わざわざ手作りって、意味深じゃない。買えばすむのに」

「俺には作る方が気が楽だったよ。男がこの時期にチョコレート買うのなんて、気まずくてさ」

「?」

 藍は首を傾げる。

 でも、結局、チョコレートケーキを作るのなら、チョコレートは買わないといけないのではないか?

 しかも、あのケーキは色んな種類のチョコレートがふんだんに使われていた。

「でも、じゃ、あのケーキはどうやって?」

 青がふてくされたように、口を噤む。言いたくない。言いにくい。

「家に、あったんだ」

「チョコレートが? たまたま? あんなに大量に?」

「まぁ、たまたまといや、そうなるかな」

 どうも歯切れが悪い。

 藍は首を捻る。青の持つチョコレートが視界に入ったのはその時だった。もしや、と思い息をのみ、嘘でしょ? と自分の考えを否定する。

 いくらなんでも、それはないでしょう。

 だって、それは本当なら、きっとひんしゅくでは済まない。

「まさか、青くん。あのチョコレートケーキの材料って」

「ん?」

「他の女子から貰ったチョコレートじゃ……」

 青の目が瞬いた。まるで急に水鉄砲の水を顔面に浴びたような、そんな顔に「そんなはずないよねぇ」と藍は心の中で胸をなでおろす。

 もし、それが本当なら、本当に青は……。

 青の表情がいつものものに戻った。そして告げたのは

「そうだけど。それが?」

 藍は思わず足を止める。

 言葉が、見つからなかった。

 青は、青は本当に、わからないのだ。

「家にあっても捨てるだけだし、皆で食べた方がいいだろうと思って」

「そう、そうなんだ」

 藍は漸くの事で笑みを作り、再び歩き出す。

 来年はもう、バレンタインパーティーはしない方がよさそうだな。そうおもいながら。

 風が吹く。

 夜空に輝く星が揺れる。

 寒さはまだ厳しく、自分達の身を切りつけようとするけれど。

 振り返った蒼汰が女装画像を青につきつけじゃれつく。

 青は迷惑そうに顔をしかめ、藍と桃が鈴を鳴らすように笑い顔を見合わせる。


 違う方向を向く四人が

 屈託なく一緒に笑っていられて


 無邪気になれるほど子どもではなく

 振り切るほどには大人になれない


 今


 それは


 まるで


 口の中でゆっくり溶ける

 

 甘くほろ苦い


 ……









 結局、この事は蒼汰から女子に漏れ、青は再び女子の顰蹙をかい、また出来上がった学校案内のパンフレットに微妙な笑みの彼の写真が載る事になり、彼にとって生涯バレンタインデーは不可解かつ不愉快なものと定義づけられる事になるが、それは包装紙の様なおまけと言う事で。


=Fin=


最後までお付き合いありがとうございました。

この作品は番外編的なものです。

もし、このお話で青・藍・桃の恋の行方が気になっていただけた方は『タイムカプセル』を、蒼汰・紅・藍の恋の行方が気になっていただけた方は『Apollo』を読んでいただけたら、幸いです。


本当に、ありがとうございました。

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