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♯ 17

「まさか同じやったなんて、ほんまに」

 運命を感じる、と言いかけて蒼汰は相手の視線を感じ口を噤んだ。隣で紅がさっき自分が渡したハムスターのチョコレートを手にとって目を細めている。

 賑やかな喧騒から一歩距離をとったこのテーブルについているのは、蒼汰と紅の二人きりだった。

 部室が一望できるその席は、窓の方にも向いていて、もうすっかり暗くなっている外も伺えた。

 冷え込みが一層厳しくなり、さっき、エアコンの他にも彼女の為に電気ストーブを足元につけたが、それでも彼女が冷えていないか心配だった。

 もし、自分がそれを許される立場なら、喜んで彼女の肩に腕を回したり、少なくともつめたそうな指先を握ったりするのだろうが、残念ながら現実にはすぐ傍にあるのに遠いそれらに溜息をつくしかできない。

 そう、紅はあくまで自分の先輩であり、最も尊敬する人の奥さんになる人なのだ。

「嬉しい偶然ね」

「へ?」

 蝶の羽ばたきの様な小さな声は、もしかしたら自分に聞こえないように発せられたものかも知れなかった。でも、思わず反応してしまい、彼女の方も驚いた顔をこちらに向ける。

 すぐに、眉を寄せた照れ笑いに溶けた。

「蒼次君、元気?」

「あ、あぁ。はい」

 いつもなら軽口がいくつも飛び出す口なのに、どうも彼女の前だとうまく開かなかった。蒼汰はもどかしく感じながら頷くと、やはり自分の手の中にある同じ形のチョコレートに目を移す。

「元気も元気。俺の分のストーブまで陣取って、絶好調ですよ」

「そう」

 安堵のため息とともにつかれた相槌に、こちらの気持ちも少し軽くなった。

 視界に彼女の手が入り、その下の腹が見えた。

 もう、目立ってきてもいいはずのそれは、未だに一緒に映画を撮っていた頃のそれと変わりがない。

 本当に妊娠しているのか? そういう疑問すら浮かぶ。同時に、彼は彼女をちゃんと大切にしているのだろうかという不安もよぎった。

 彼女の夫となる人、神崎川先輩が以前から彼女に暴力をふるっているのは知っている。知っているし、自分は彼女の事がこんなにも好きだ。

 だけど、この手は、冷えた指先に触れることすらできない。

 そう、自分は何にも……。

「ありがとう」

「え?」

 今度はしっかりこちらに向けられた声だった。

 顔を上げると紅が静かな笑みをたたえこちらを見つめている。月の様な、穏やかで控えめで、それでいて暗闇を照らす光の様な、彼女の笑みだ。

「楽しかったわ。ちょっと、園田君には気の毒だったけど」

 苦笑交じりにそう言うものだから、蒼汰もつられて苦笑して、まだ騒いでいる部屋の方に首を巡らせた。

「あぁ。アイツはいいんです。あんなけのイケメンは、いじられキャラなくらいでちょうどええんですよ」

「そうなの?」

「そうそう」

 視線の先の、女子のケータイカメラを一斉に向けられている仏頂面に吹き出す。

 さぞかし不本意だろう。きっと、彼にとって今日は最悪でも忘れられない一日になるはずだ。

 感謝するなら、あ? 恨むなら? 三宮と春日にしてくれよ。

 そう思いながら、蒼汰はすっかり女装させられた青に手を振って見せた。

 三宮の案は、その場を簡単に収めるに最適だった。

 やる事は簡単。

 青の女装だ。

 クイーンなんだから、それなりの恰好をしてもらおう。どんな格好にするかは女子に任せるから好きにしなさい。

 確か、そんな内容だったように思う。

 女子たちはもちろん喜んだ。大いに人の悪い笑みを浮かべて。

 罰ゲームにしてはお手軽だし、被害は青しか被らない。しかも女子たちも結構乗り気だったから、男子代表としてはこの上ない場の収め方だった。

 ただ一人、青、本人を除いては。

 しかも、三宮と戻ってきた青は何故かメイクも軽くしており、その上に口紅やチークを塗る土台はすでにできていたのだそうだ。

 いったい、何してきてんだ? という疑問もあったが、とにかく、女子たちの怒りが収まるならスケープゴートを捧げるくらい、男子には造作もない事だった。

「基本、お人よしですから、奴は」

「そうみたいね」

 紅も口元に手をあててくすくす笑う。

「それにしても、似合ってんなぁ。アイツって何やっても様になるわ」

 思わず口にした時に青と目があって思いっきり反らされた。

 肩までのかつらをかぶせられ、顔は口紅やつけ睫毛、チークも入っているらしい。

 正直、想像していたのよりは美人になった。

「ニューハーフでも立派にやっていけんちゃうか」

 零した言葉が聞こえたのか、再び青がこちらを睨んだ。

 蒼汰は大袈裟に首をすくめ舌を出す。隣で紅が笑ってくれるのが嬉しかった。

来月には彼女は東京に行ってしまう。

 東京に行って、名字が変わり、他の人の奥さんになり、その人の子どもを産む。

 ふと、彼女を振り返った。

 彼女はまだ、青達の方を見て微笑んでいる。

 どうやら、今から青と春日のチークダンスが始まるらしい。

 紅さん。

 心の中で呼んでみる。

 俺、絶対、神崎川先輩を超える作品、こいつらと作りますから。だから……。

 だから。その先がいつもわからなくなる。

 いや、本当はわかってるけど、気がつきたくないだけなのかもしれないが。

言葉はどうしてもこの先には続かない。

 蒼汰は溜息を一つつくと、立ちあがった。

「ちょっと、行ってきますわ。ここは宴会部長がいかんとアカンでしょ」

「そうね」

 もう、振り返らなかった。

 手の中にはお揃いのチョコレート。

 背中には彼女の微笑み。

 今は、これだけで十分。そう思い、蒼汰は喧騒の真っただ中に突っ込んで行ったのだった。



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