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♯ 13

 女子テーブルで三宮への非難の声が色を添える中、男子のテーブルの方では小さな歓声があがっていた。

「お、これなかなかやん」

 蒼汰が差し出した包みを、他の男子が覗きこむ。

 それは直径15センチほどのチョコレートケーキだった。スポンジをそっくりチョコレートでコーティングしてあり、上には薄く削られたチョコレートがまぶされている。それが花のようにも見え、シンプルながらもおいしそうに見えた。

「ちょっと切ってみませんか? 中も見てみましょうよ」

 後輩の一人が提案する。蒼汰は頷くとソっと、ナイフを入れた。

 ど真ん中を真っ二つにして分けて見る。

 思わず男子一同からため息が出た。

 色の違う、たぶん種類の違うチョコレートが何層かになっており、その間にチョコレート生地が挟まれていた。

 かなり、高度なテクニックを要するケーキだ。

「まさか、これまで手づくりちゃうやんな」

 蒼汰は誰に訊くでもなく呟く。しかし、また後輩の一人が「でも、包みには店の名前、ないですよ。たぶん、誰かの手作りかと……」その言葉が終わるか終らないかのうちに女子の方を振り返る。

 と、いうことはあの中にこんなに気合の入ったものを作った女子がいるって事だ。

「誰か、パティシエ修行してるとか聞いた事は……」

 一同首を振る。もちろん、横に。「やんなぁ」と蒼汰は溜息混じりに声を落とした。

 他にもチョコレートケーキはいくつかあった。

 でも、これは群を抜いている。こんなに思いのこもったチョコレート……一体誰が、誰を想って……。

 ふと、背中ばかり見せていた女子の中で一人振り返った。

 目があった。

 蒼汰は瞬きする。その人物は照れ笑いして口パクで「決まった?」と尋ねてきた。首を振るにも曖昧で、蒼汰は冗談まぎれに青の真似をして肩をすくめて見せた。

 彼女も同じように肩をすくめ、再び背を向ける。

 まさか、な。

 蒼汰は再び男子の注目を集めるそのケーキに目を落とした。

 どうやら満場一致でクイーンはこのケーキになりそうだ。

 まさか、な。

 もう一度心の中で呟く。

 まさか、今、目があった彼女なのか? だったら、誰に作ったって言うんだろう。

 そっと肩越しに再びその背中を見た。

 その背中、藍は蒼汰の視線には気がついてはいないようだった。


「青くんのチョコレート、どれかなぁ」

 桃が藍の袖を引く。

 藍は自分より10センチも背の低い桃の、こんな仕草が女の子らしくて可愛いな、と思った。

 さっきから彼女の口からは青の名前しか出てこない。もう、半分は開き直っているのかもしれない、それとも、必死なだけで気持ちを隠すのも忘れてしまっているのだろうか?

 桃の懸命な想いに、後輩達も協力するようにさっきから『キングをどのチョコレートに』というより『どのチョコレートは青のだ』という目になっていた。

 いや、みんなどこかで自分がクイーンに選ばれて、彼の一日恋人になりたいのかな? だとしたら、青君、相変わらず凄い人気だよね。

 藍は桃には申し訳ないが、どこかそんな風に第三者的な視線でそんな彼女たちを見てしまっていた。

 確かに、と考え直す。

 青の人気は入学当初ほどじゃない。皆、彼が意外にそっけなく優しくもない事に気がついたからだ。彼の鉄壁なまでの人みしりは有名だ。それが理由で諦めた子は同じ文学部でも少なくない。

 しかし、部内の後輩達はこの一年で、そういう一見そっけなく冷たい中にも彼なりの優しさや誠実さがあることを知ったはずだ。だから、彼女達に限っては、そういう諦め方はしないようにも思えた。

 スミレは置いておくとして、桃以外にも彼に本命の気持ちを寄せる子はいるのかな?

 チョコレートを睨む彼女たちの顔を見て見る。

 手元には容赦なくより分けられたチョコレート。センスが悪い、小さい、安い、そう言ったものは早々に排除され、今、対象にあがっているチョコレートは残り二つとなっていた。

 名店と言われるおそらくはお取り寄せしたのであろう高価なチョコレートと、チョコレート自体はシンプルなトリュフだが添えられているのが洋楽のCDと一輪の薔薇というものだ。

 皆の青のイメージはこういったものらしい。

 が、正直、藍にはどちらも青のイメージではなかった。

 というより青がチョコレートを用意する姿が想像できなかったのだ。

 彼は、どうでもいい相手には何もしない。冷たいようでそれが彼の誠実さの表れでもあるような気がしていた。だから、いくらどうしてもプレゼントを用意しないといけないとしても、この二つの様に手の込んだ事はしないように思われた。もし、本命の誰か……。

 チラリ、桃を見る。

 もしかして?

 の、為なら一生懸命何かを考えるだろうけど。それにしたって彼女の趣味でないものを用意するとも思えない。

 というか……。

 扉の方を振り返った。

 青には好きな人がいるのだ。きっと、その人以外にはこんな事はしない。

 胸の奥がきゅっと痛んだ。

 彼の好きな人って誰だろう?

 ふと、目があった。

 蒼汰だった。

 鼓動が強く一つ鳴り、体温がじわっと上昇するのを感じた。

 こんな些細な瞬間でさえ、彼への気持ちが膨らんでしまうスイッチが入ってしまう。これは放っておくと危険だ。好きって気持ちが膨らみ、きっと自分でもコントロールできなくなってしまうから。


 目が合った。

 自分達だけたまたま振り返っていた。

 それだけ。

 ただそれだけなのに、涙が出そうになる。


 藍は慌ててそんな自分を誤魔化すようにはにかんだ。気付かれないように、自分の気持ちを悟られてしまわないように、そう注意を払いながら口を動かしてみる。「決まった?」彼は自分の唇を読んだ様で、青の真似をして肩を竦めた。

 だよねぇ。と藍も同じようにすくめて見せる。そして、すぐに背を向けた。

 乱れた鼓動を整える為に一つだけ大きく息をつく。

 びっくりした。

 向こうもこっちを向いていたなんて思ってなかった。

 ん? もしかして私を見ていた? いやいや、それはいくらなんでも自意識過剰でしょ。


 目があった。

 振り返ったタイミングが一緒だった。

 それだけ。

 ただそれだけだけど、やっぱり嬉しかった。


 細い指が、視界に入りこんだのはくすぐったい胸の内を抑える様に、息を一つついた時だった。

 それは今、女子の話題の中心に置かれているチョコレートではなく、一対のハムスターのチョコレートの包みに触れていた。

 透明のプラスチックケースに並んだ一対のハムスターのチョコレート。

「セン、パイ?」

 そのチョコレートを眺めていた細い指の持ち主はぼんやりしていたらしく、藍の言葉にはっとして顔を上げた。

「先輩は、そのチョコレートを選ぶんですか?」

 慎重に言葉を選んでいるつもり。

 慎重に声色を調整しているつもり。

 でも、彼女への敵意に近い嫉妬心と、彼女を疎む汚い気持ちは鋭さをもって口を衝いて出てしまった。

 紅はその気配に気がついたのか否か、その表情には困惑の色すら浮かべず微笑むと、小さく頷く。

「そうね。これにしようかしら」

 ハムスターを手に乗せるように手に取る。

 それはさっき、子どもっぽ過ぎるとはねられたものだ。確かに、そうだ。愛らしいチョコレート、それは青は選びそうにもない。でも、同時に紅の趣味でもないような気がした。

 こんな愛嬌のあるものを選ぶのは……。

 さっき目があった人を思い浮かべる。

 重苦しい感覚が胸の真ん中に沈んだ。

 いとおしむようにそのチョコレートを眺める彼女が嫌だった。そのチョコレートの向こうに、その送り主を見ているのを、知っているから。

 藍は唇を軽く一度だけ噛むと、焼けつきそうな気持ちを押し殺すように声にした。

「私も、そのチョコレートにします」

 女子達の声があがり拍手が聞こえた。

 どうやらキングが決定したようだった。


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