♯ 11
ちらり、窓ガラスに映る自分の影を見る。
自分だって知っている。自分の醜さを。奴の美しさを。
スミレを知れば知るほど、彼女の事が好きになるが、同時に自分なんか……という気持ち、そしてやっぱり彼女には自分より奴が、という考えが色濃くなってくる。
どうして、アイツが。
顔がいいだけじゃないか。
人の気持ちを分からない。
無表情で、無口。たまに口を開けば嫌味っぽい。
何をするにも涼しい顔をして人並み以上の成果を残し、努力の欠片も見せない。
まるで、血の通っていないアンドロイド、冷酷人間のようだ。
他にも嫌う理由ならいくらでも挙げられる自信はあった。
春日は手の中の包みを握りしめる。
誰でもない、スミレを想って買ったものだ。
こういうイベントでもないとチョコレートを渡せなかった。勇気がなかった自信がなかった。
イベントに乗じないと、いくら本気で相手が好きでも行動に出られない。
そんな自分の様な人間がいることをあの冷酷人間はきっと想像も出来ないだろう。
けれど……そう、ここでけれど、が来てしまう。
春日はあの、世界一嫌いな冷酷人間園田青の顔を、忌々しい思いで脳裏に浮かべた。
奴のことなんか、これっぽちも認めたく何かなかった。認めるつもりなんかなかった。けど、けど、やっぱり最後の最後はあの冷酷人間に白旗を上げている情けない自分の存在が否定できなかった。
実際、最後に笑う奴は、ああいった顔のいい奴だって、春日はこれまで何度も思い知らされて来ていたからだ。
以前好きだった、桃先輩だってそうだ。
まだアイツの事が好きなようだ。
どうせ、女子はイケメンがいいんだろ?
嘲り笑ってやるたくなる反面、その笑いはそのまま反射して自分を突き刺すようで、虚しい。
「春日、後はお前だけやで」
部長の声がした。
春日は顔を上げた。
冷酷人間を目で探すと、奴は今まさに自分の包みを置く所だった。
真っ黒な包装紙に赤いリボン。冷酷人間はやる事がキザったらしい。
春日は返事をすると、机に向って歩き出した。
観察する。
どうやら、部長も奴もこのイベントの本当の目的を知らないらしい。
キングとクイーンは今日一日恋人になって、今日のイベントの最後、チークダンスを踊り、皆の前でキスをするという、そういう目的を。
三宮教授が考えたせいで、少々古臭い趣向ではあったが、一周回って自分達には少し新鮮で、刺激的に見えた。
でも、と思う。
青に笑顔を振りまくスミレをまた思いだす。
もし、スミレとアイツが選ばれたら。
もし、彼女と奴が一日でも恋人になってしまったら。
スミレの気持ちはそれでも、このぶ男の傍にいてくれるだろうか。
わからない。彼女が軽薄ではないと今では信じているけど、人の気持ちは分からないのが常だ。
せっかく手に入れた、自分の幸せ。それを、人の気持ちを軽々しくしか扱えないアイツに渡してたまるか。
「春日!?」
「あ、はい」
春日は顔を上げると、自分の包みを置いた。
それを確認し、皆、廊下に目を向ける。
「じゃ、女子呼ぶで~」
皆が自分に背を向けていた。
誰も見ていない。
絶対、絶対、奴にだけは彼女を渡したくない。どんな僅かな可能性でもそんな可能性、残したくない!
そうだ。奴がキングに選ばれなければいいんだ。
光が射すようにその言葉が頭に浮かんだ。次の瞬間、春日の手は机の上に伸びていた。
そう。机の上。あの、黒い包装紙に赤いリボンの包みにむかって。