♯ 1
2月のイベントと言えば、節分。
なんて答えるのは、恋人のいない寂しい奴だ。昔、そんな事を高校のツレが言っていた事を思い出し、梅田蒼汰は園田青の方をちらりと見た。
掃除が行き届いた、エアコンのある青の部屋。炬燵しか暖房器具がなく、4日前に使ったカップが転がる自分の部屋からしたら、天国の様な場所に、今、蒼汰は青と机を挟んで向かい合って座っていた。
目の前の青は涼しい顔で、黙々と過去問を解いている。黙りこんでかれこれ1時間はなるのではないだろうか。
ここは彼の家で、今、まさに旬真っ盛りの大学の定期後期試験の勉強の為に集まったのだから、当然と言えば当然なのだが。蒼汰にはこんな沈黙耐えられない。
「なぁ、青」
「何だよ。コーヒーなら自分で淹れろ」
そっけない返事は、こちらに目もくれない。
蒼汰は小さく口を尖らせると、指の間で器用にシャーペンを回しながら青のその眼鏡の奥の目をじっと見つめた。
「なぁ、2月のイベントって言ったら、何やと思う?」
まさか、節分、なんて答えへんやろな。
半ば期待しながら、目の前の無口で無愛想それでいて、同性でも白旗を上げたくなるような綺麗な顔を観察する。
青の眉が一瞬跳ねあがった。
お? なんや、思う所ありか?
蒼汰は思わず身を少し乗り出した。
同じ映画部で同じ学年で、同じ学部。
入学してから、蒼汰は彼とほぼ行動を共にしている。なので、自然に彼の周囲の女性関係には詳しくなるのだが、このイケメン眼鏡男子は、こっちがツッコミ疲れるほど恋愛には不器用だった。
本人は明言しないが、たぶん彼は同じサークルにいる同学年の御影藍の事が好きだ。でも、その藍のルームメイトの西宮桃が青の事を想っていて、藍がその桃を応援している形になってしまっている。
そこら辺が少々ややこしいな、と思っていた矢先、青は後輩の芦屋スミレと急接近した。でも、それもどこか中途半端で、結局、年明けにはその芦屋は春日という他の男とくっついてしまった。
なんともまぁ、何をとっても恋愛においては中途半端なやつなのだ。とはいえ、自然にしていても周囲の女子が放っておけないほどのイケメンだ。この時期になると、嫌でも彼の周りには甘い香りが漂い始める。そう、あの、茶色く甘いお菓子の匂いが。
「なぁ。何やと思う?」
もう一言ごり押ししてみた。
「イベントって。決まってるだろ」
「そうそう」
蒼汰は頷く。アレしかないやろ?そうそう、アレやアレ。
気のない人からのプレゼントは置いておいても、藍や桃からのプレゼントがあるかどうかくらいは気になるだろう。
青が顔をあげ、にっこり微笑んだ。
なんや? 今年は勝算でもあるのか? と、蒼汰もつられて微笑みかけた時だった。
青の顔からすっと笑みが消え、その手の中のシャーペンが蒼汰の鼻先に突きつけられた。
「こ・う・き・し・け・ん・だ!」
「へ?」
「勉強する気ないなら、帰れ! 俺は忙しい。部長が追試くらったら部員に迷惑かけるからって、そっちから泣きついてきたくせに。くだらない話をする暇があるなら、一問でも多く問題を解け! わかったか」
そのままシャーペンのさきで蒼汰の鼻の頭を小突くと、青は溜息を吐き捨て再びノートに目を落とした。
こうきしけん。
後期試験。
確かに2月の頭まであるけれど。
そんな答え、節分より切ないやん~。
と、蒼汰は口に出しかけたが、そんな事を行った日には極寒の自分の部屋に追い返されるのが目に見えていたので、飲みこんだ。
そしてそのかわり、鬼より鬼気迫る怒気を放つ青に唇をさらに突き出すと
「すんません。後生ですから、この温かで綺麗な部屋に置いてください」
と、しぶしぶ頭を下げたのだった。
バレンタインまで、あと3週間の事だった。