表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

06.君について

 ――2週間後。GW明けの最初の土曜日。僕はお馴染みの紺と白のジャージ姿で競技場に立っていた。前回と同じ、幾何学的な屋根を持つオシャレな会場だ。


 今いるのは客席。黄色い座席が階段状にずらりと並んでいる。聞いた話では3,500席近くあるらしい。


「よ・こ・か・わ! よ・こ・か・わ! 一中ッ! ファイオーッ!!!」


「ねえ、じゃがりんこいる?」


「いるいるー♪」


 会場内は熱気と笑顔で溢れていた。一方で僕は変わらず独りだ。視線は感じるけど声を掛けてくる人はいない。まぁ、陰口は聞こえてくるけど。


 二本のじゃがりんこが女子の手に渡る。そんな光景をぼんやりと眺めていると、水着姿の選手達が入場してきた。


 先頭から数えて6番目には永良(ながら)の姿があった。表情も動きも硬い。かなり緊張しているみたいだ。


 今日行われているのは東京都主催の『春の中学生大会』だ。二か月後に行われる『インターハイ出場決定戦』を見据えると外せない大会ではあるけれど、それほど重く捉える必要はない。


 あがり症なのかな? もしかして僕との約束のせい?


 片側の口角が上がった。浮かれてるな。本当に。


『男子平泳ぎ200m予選第2組の試合を開始します』


 会場中にアナウンスが響き渡った。永良の泳ぎを()で観るのはこれが初めてだ。膝のあたりにある手すりを掴んで、少しだけ身を乗り出す。


 あの後、僕なりに彼のことを調べてみた。けど、成果はいまいちだった。


 分かったことと言えば、習い始めが僕と同じ7歳であることぐらい。接点らしい接点を見つけることは出来なかった。


『Take your marks』


 選手達が一斉に飛び込んだ。各々すーっと伸びて、10メートルを境に上体が上がり、下がっていく。


「……………」


 永良は第6コースだ。僕は目で彼を追いつつその泳ぎを観察する。


 彼は文字通り無名だった。けど、特筆すべき点が一つだけある。ずばり脚力だ。


 スタートとターンの伸びには光るものがある。『反り腰』――腰が沈んでしまう状態さえ改善出来れば推進力もぐんっとUP。自ずとタイムも改善されていくだろう。


「ユキちゃん惜しかったね~」


「あぁ! もうちょっとだったんだけどなぁ~……」


 試合終了から10分後。永良は客席に戻って来た。男の人と談笑している。


 黒い短パンに白いTシャツ。永良とほぼ同じ格好だ。言わずもがな同じスクールの人なんだろう。


 僕は足音を抑えて永良の背後に近付く。


「やっぱ後半だよな~。もっと体力つけねーと」


「っ! そっ、そうね~」


「コーチに相談してみっかな」


 触れられるほど近付いても永良は気付かなかった。ただ、お友達には気付かれたみたいだ。


 鼻と口に指を押し当てて黙ってもらうようお願いをする。彼は苦笑いだ。どうやら止める気はないらしい。


「ん? どうしたんだよ、リズ――ぎゃっ!?」


 僕は永良のお腹に触れた。円を描くように。感触を確かめるように。


「……何これ」


 ふにゃふにゃだ。これじゃあんな泳ぎになるのも無理はない。


「っ!? てっ、てめ!? 厳巳(いずみ)!!??」


「ここもっと鍛えなよ。せめてこのぐらい」


 僕は永良の手を掴んで、自分のお腹に押し当てた。ジャージ越しだけど感触は伝わっているはずだ。


 自分で言うのも難だけどバッギバギ。胸筋ほどじゃないけどそこそこ隆起しているのが分かるだろう。


「折角いい脚してるのに勿体ないよ。脚に負けないぐらい鍛えれば反り腰だって――」


「なっ!? ななっ!?」


 永良の顔が赤くなり出した。何? 照れてるの? 悪戯心が(くすぐ)られた。そんな自分に呆れつつも首を左に傾けてみる。


「見なきゃ分かんない?」


「っ!!?」


 永良は大きく目を見開くと、勢いよく僕のお腹から手を離した。


「ばっ、バババババババババカッ!!! こちとらテメエの上裸なんて見飽きてんだよ!!!」


「へぇ~?」


 ようは腐るほど僕の試合を観てくれているってことなんだろう。頬が緩む。どうしよう。ちょっと嬉しい。


「あのさ、そろそろツッコんでもいい? いいよね???」


 お友達だ。ニヤニヤしてる。ほんの少しだけど背筋がぞわりとした。たぶんこの人は僕が苦手なタイプの人間だ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ