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04.主人公?

「嘘……」


 その人はメダルをキャッチした。パシッと子気味のいい音を立てて。


 バスケット選手か何かか? 上下黒のジャージ姿のその人は、大きな音を立てて着地した。少しばかり咳込んでから丸めていた背中を伸ばす。


 小さい。160センチあるのかな。あの背で2メートル以上、3メートル近くジャンプしたっていうの?


 背中には『MURAYAMA Swimming School』とあった。申し訳ないけど知らない。ノーマークのスクールだ。


 困惑している間にその人は振り返った。男の子だった。パッチリとした大きな目、小鼻、下唇だけがふっくらと膨らんだ可愛らしい顔立ちをしている。


 いくつなんだろう? なんて漠然と思っていると。


「バカ野郎!! 何してんだよ!!!」


 怒られた。あれよあれよという間に距離を詰められて胸にメダルを押し付けられる。


「このメダルはただのメダルじゃねえ! みんなの汗と涙が詰まってんだぞ! それをよりにもよって捨てるたぁ何事だッ!!!」


 暑苦しい人だ。面倒くさい。さっさと切り上げて帰ろう。


「……すみませんでした」


「思ってねえだろ?」


「とても反省しています」


「てめぇ……っ」


 逆効果だった。鎮めるどころかどんどんヒートアップしていく。


「おいっ! 厳巳(いずみ)!! 聞いてんのか!?」


 何? 知り合い? 何だか妙に馴れ馴れしいような気がする。改めてその人の顔を見てみる。ダメだ。心当たりがない。というか首が疲れる。目を合わせるのも一苦労だ。


「お前さ、本当に何のために泳いでるんだよ。()()()()ツマンナそーな顔してさ」


 ……………………いつも?


 いつも見てくれているの? 気にかけてくれているの? だから、こうして止めてくれたの?


「なぁ……何でだよ」


 じっと見つめてくる。下瞼は歪み、眉間には皺が寄ってる。苦しそう。悔しそう。何でそんな顔をするの? 浮かんだ一つ一つの疑問が期待に変わっていく。


 思えばあの跳躍力も凄まじかった。並大抵じゃない。『チート持ち』と言っても過言ではないだろう。


 もしかしてこの人が?


 この人が僕の……?


 掠れかけていた夢が明瞭なものになっていく。


 バカだな。


 懲りないな。本当に。


「……『ざまあ』されるためだよ」


 打ち明けた。打ち明けてしまった。後悔しかけたけど、ぐっと堪える。


「は? 何だよそれ?」


「言葉のまんまだよ」


「負かされるために泳いでるってことか?」


「そう」


「何だよそれ……っ、お前に何の得があるんだよ?」


「ギラギラ出来ると思うんだ」


「ギラ……ギラ……?」


「そう。昔みたいに」


 その人は息を呑んだ。唇が跳ねては引き結ばれて。例えるならそうプレゼントを前にした小さな子供のように。


「僕だって昔からこうなわけじゃないんだ。うんと小さな頃は君達みたいに――」


「知ってる」


「えっ……?」


「知ってるよ」


 その人は目を伏せた。狭い肩が小刻みに震え出す。


「7つとか、8つの頃の話だよ?」


「……ああ」


 そんな昔から僕のことを気にかけてくれてたの? こんなふうに怒ってくれてたの?


「……っ」


 心臓が煩い。うっとおしい。でも、物凄く嬉しくもあって。


 やっぱりこの人なのかな? いや――この人がいい。


「なっ!? 何だよっ」


 僕はその人の頬を包んで、無理矢理に顔を上げさせた。




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