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03.コンテニュー?

コーチが凄まじい剣幕で睨みつけてきた。

そのあまりの迫力に、僕は思わず息を呑む。


「気取ってねえで、もっと貪欲になれ。そうすればお前はもう一段上に行ける。2分4秒、いや3秒だって夢じゃねえ」


平泳ぎ200メートルの世界記録は2分5秒()()

僕の自己ベストは2分5秒()()だ。


もう一段上がればテッペン。

でもそこから先は、前人未踏の『誰もいない世界』で。


「そんなところ、行きたくない」

「スターなんて柄じゃねえってか? はっ、テメエは傲慢なんだか卑屈なんだか……」

「……どっちでもないと思いますけど」

「ゴチャゴチャ言ってねえで、テメエは黙ってテッペン取れ。そうすれば一生安泰。競泳でメシも食っていける」

「余計なお世話です」

「突っ張るのも結構だがな、ヤルだけ無駄だぞ。お前には競泳しかねえ。この世界でしか生きていけねえんだからな」


見当違いも甚だしい。

僕の目的は『特別な誰か』を得ることだ。

別のところに移ることで、その目的が叶うのなら喜んで競泳を捨てる。

僕にとって競泳は、その程度のものなんだ。


「平行線だな。明日のオフでしっかり頭冷やしてこい。いいな」

「……おつかれさまでした」


僕は挨拶だけしてリュックを手に取った。

早く出よう。とりあえずここから。

コーチの溜息と、いくつかの陰口を背に会場を後にした。

足早に。逃げるようにして。




施設の外には公園が広がっている。

至るところで、満開の桜や野花が咲き誇っていた。

周囲の人達が口々に春の訪れを喜んでいる。


どうしよう。

物凄く居心地が悪い。それに胸もムカムカして。


「……っ」


僕は逃げるようにして脇道に入った。

そうしてそのまま奥に向かう。

華やかさの薄い方へと。


「……へえ、こんなところあったんだ」


低木がコの字型に植わっている。

概ね3メートルぐらいか。


金木犀(きんもくせい)


薄汚れた白いネームプレートを一撫でして、手近な木を見上げる。


黄緑色の葉っぱの中に、赤茶色の葉っぱが混じってる。

枯葉にしては瑞々しいような気がした。

案外これが新芽だったりするのかな。


金木犀って、結構香ったよね。

トイレの芳香剤とかにも使われてた気がする。


……なんてことを、ぼんやりと考えながら更に奥に目を向けるとベンチがあった。

大分古びた感じだ。

塗装はすっかり剥がれて、白っぽくなってる。


そんなベンチの手前にはゴミ箱があった。

錆びた丸形のゴミ箱だ。

中にはペットボトルやら、丸く膨らんだビニール袋やらが入っている。


「あ……」


ひらめいてしまった。

凄く悪いひらめきだ。

我ながら最低だと思う。

でも、実行せずにはいられなくて。


「……よし」


僕は黒いリュックをおろして、中から小箱を取り出した。

中に入っているのは金色のメダル。優勝の証だ。


「一発で入ったら引退だ」


紅白のリボンをグルグル巻きにして、内側にそっと通した。

コンパクトになったメダルを両手で包んで、ゴミ箱に狙いを定める。

目算で7~8メートルってところか。


「よっと」


左脚を持ち上げて大きく振りかぶる。

投げた。メダルがくるくると回転しながら飛んでいく。


そんなメダルを目で追う内に、後悔が募り始める。

いや、自己嫌悪か。

日に日に嫌な奴になっていく。もう嫌だ。


「……辞めよう」

「うおおぉぉおおぉおお!!!」


直後、雄叫びと共に忙しない足音が聞こえてきた。

振り向くと誰かがいた。

その人は全速力で僕の横を走り抜けて――勢いよく跳ね上がる。


高く、それはもう高く。

無駄に背の高い僕の顎が、限界まで上向くほどに。




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