第八話 ヒエラルキー
玄奘が通路の端に避ける。警戒はさほどしていない。敵ではないのかと思い、馬場も玄奘に従った。相手は紋付の黒い羽織を羽織った五人組だった。五人組は馬場たちに気が付いていたようだが、足を止めはしない。強さははっきりしないが、格上に思えた。
通路は充分に広いので端に寄らなくても、すれ違える。だが玄奘は避けた。格上とは無用なトラブルを避けるために、格下が避けて道を譲るのが礼儀なのだろうか?
隊列は前衛が三人で、後衛が二人。武器を持っている者は三人だが、皆武器を抜いていない。向こうもこちらを警戒している素振りはあったが、襲ってくる気配ない。
玄奘が教えてくれた。
「黒い羽織はメジャー・クランの大黒商会の印じゃ。後衛にいる二刀を帯刀しているのが、大黒商会の主、大黒屋左衛門じゃよ」
大黒屋の主の強さはわからない。袴に羽織の中年男性なので、時代劇の武士のように見える。一見、だらりとした立ち姿で隙だらけ。ただ、体の中を一本の芯が通っている。
足取りはしっかりとしており、ダンジョンの中でも街の通路のように歩く。側から見ると強いとは思えない。むしろ、他の四人のほうができそうに見えた。
五人が馬場たちの横を通った時に、大黒屋が足を止めて馬場を見る。敵意はないが、心の内はわからない。
「見かけない顔だな。新しく島に来たのか?」
馬場は大黒屋と目を合わせて答える。
「最近、島に来ました。虚無皇に拾ってもらった、馬場真之介です」
大黒屋は気軽な感じで尋ねたてきた。
「仏さんは達者でやっているか?」
「物を知らない新参者に教えてください。仏さんを達者じゃない状態にする方法ってあるんですかね?」
大黒屋はふっと笑って、歩き出す。
「馬鹿なことを聞いちまったな。忘れてくれ」
大黒商会の一団は、馬場たちの前を通り過ぎていった。大黒屋の背中を見追って気付いた。ダンジョンの空気が変わっていた。魔物の気配がまるでしない。付近の魔物は大黒商会を避けていた。
大黒商会の実力はわからない。だが、馬場たちを襲ったダンジョンの魔物は大黒商会が近づくだけで逃げ出していた。力の差を感じた。
大黒商会がいなくなり、再び魔物を探すが、遭えそうになかった。大黒商会に怯えて逃げてしまった、と薄々感付いた。今日はもう遭えないかも、と諦めた。されど地形を覚える意味で歩く。会話もしないと不自然なので、玄奘に話し掛けた。
「玄奘さんはなぜ迷宮島にきたんですか? 富? 名声? それとも力?」
「年寄りの話なんで面白くないが、教えて進ぜよう。拙僧にはなんとして倒さねばならない敵がおった。鬼人悪羅童子じゃ。師の仇である悪羅童子を倒すためには、手段は選んでおれん」
力を求めて修行しにきた。確かにここで強くなれれば、地上では敵なしだ。
「悪羅童子を倒すために強くなるためにダンジョンにきたと?」
淡々と玄奘は語る。顔には苦しみも安堵もない。遠い昔の話だと言わんばかりだった。
「いや、悪羅童子はもういない。『はい、どーん』と根津さんがグーで殴ったら一撃で死んだ」
生涯の宿敵が冗談のような一撃で即死。悪羅童子は強かったのだろうが、根津の敵ではなかった。根津のデタラメな強さを見ればわかる。
「悪羅童子の最期を見てどう思いました。倒せて安堵しました? それとも、仇を簡単に殺されて無念でした?」
「どちらでもないのう。悪羅童子を倒された瞬間を見た時、『人って内側から爆発する時に本当に、ひでぶ、とか叫ぶのだな』と思った」
異常な決着で正常な感想が出なかったのか、そういうこともあるのかもしれない。
「拙僧は知らなんだが、悪羅童子には隠された能力があった。悪羅童子は三つの心臓を持っておった。奴は三回倒さねば死なん」
二回蘇っても変わらない気がする。蘇るたびに強くなったとしても、根津が相手では焼け石に水だろう。
「一撃で即死したわけではなかったんですか? 変身して強くなった?」
「いや、悪羅童子は一撃だけ喰らっただけじゃ。悪羅童子は死んで即時に復活したが、また内部から爆発。復活と爆死を三度繰り返した。攻撃を吸収して倍にして返す奴の能力が、災いしたんじゃな」
状況が見えてきた。根津の一撃を受けた悪羅童子の体内で、根津の破壊エネルギーが倍になる。だが体が耐え切れずに爆発。再生した体に余剰エネルギーが流れ込むが、まだ吸収しきれずに、爆発。同じ原理でさらに一回爆発した。
根津の一撃が体内で倍化した結果、悪羅童子を三回殺してもまだ余るほどの力が発生した。こうなってくると、根津の強さの異常さが際立つ。
「根津さんの本気の一撃って、どれくらいの威力があるんでしょうね」
「百年に一度の剣豪と呼ばれる武芸の達人がおった。その達人をして天才と呼んだ人物が、先の大黒屋さんじゃ。その大黒屋さんが化物と評価したのが根津さん。で、根津さんが神と呼んだの仏さんじゃな」
迷宮島のヒエラルキーっておかしくないか? 玄奘の誇張かもしれないが、本当なら力のインフレもいいところだ。このパターンで行くと、どこかに仏さんより上がまだいるのかもしれない。先は長いが、楽しめそうだとしておこう。まずは剣豪クラスを目指すか。
通路の先から誰かが歩いてくる。距離がまだだいぶ離れていたが、遠くからでもわかった。ふらふらとした足取りで歩いて来る。恰好は迷彩服にヘルメットと兵士の恰好をしていた。ただ武器として銃をもっておらず、ゆらゆらと揺れる青白いランタンを持っている。
死者が放つ独特の冷たさはない。一見すると、大怪我をしてここまでどうにか歩いてきた探索者のようにも見える。ただ、ランタンがどうにも怪しい。
玄奘が指示する。
「厄介なのが出たのう。落ち首拾いじゃ。全速で入口まで撤退じゃ。魂壁拡散・浄水の帳」
玄奘が霊能力を発動させた。通路がキラキラと光る。敵を近づけさせない結界術の一種だ。並の存在なら光る通路に足を踏み込めば、思うように動けない。
さながら水の中にいるかの如く、移動と行動が制限される。普通ならこれで逃げ切れる。相手が普通ならば、だが……。馬場は背を向けて入口まで走った。
すぐに、玄奘が馬場を追い越した。玄奘は歳に似合わず足が速い。全力で走る馬場を追い越して、どんどん前に進んで行く。玄奘は馬場を気遣っていない。余裕がない現れだ。それに玄奘は振り返らない。追いつかれたら危険な存在だと確信した。
馬場も必死で走った。落ち首拾いは走って追いかけてはきていない。だが、背後からしっかりと追ってくる気配がする。玄奘の霊能力はほとんど効果を上げていない。これはまずい。
小さくなっていく玄奘の姿の先に光が見えた。出口に飛び込む。昼の陽が眩しかった。玄奘に追いついてところで振り返ると、落ち首拾いは見えなかった。
玄奘が安堵する。
「なんとか逃げられたのう。今は何日の何時じゃ?」
時計を確認すると時刻は十三時なのだが、時計の日付が昨日になっていた。時計が狂ったのだろうか、と馬場が答えないでいると、玄奘が教えてくれた。
「落ち首拾いに遭遇すると未来に飛ばされる。たまに、過去に飛ばされる事態もある。今回はどっちに飛んだ?」
「過去です。昨日に移動しました」
ダンジョンの入口を玄奘は苦々しく見つめる。
「面倒な方に移動したか。なら、戻るしかないのう。ダンジョンの外で昨日の自分に遭うと非業の死が有り得るからのう。どれ、もう一度中に入るぞい」
昨日の自分に会えるなら会ってみたいが、非業の死は願い下げだ。まだ落ち首拾いがいると困るのだが、戻るしかなかった。




