第六話 モンスター奴隷先輩
危機は去ったがなんか納得できない。ランプの魔神から感じた恐怖は、錯覚だったのだろうか?
馬場の疑問をよそに根津が提案する。
「今日は帰ろうか? 新人なら戦闘一回くらいが限界だし」
大鬼なら勝てるが、ランプの魔神には勝てない。現実を知ったので、黙って従った。機嫌よく歩く根津に馬場は尋ねた。
「根津さんって仏さんの奴隷って本当ですか?」
「YES」と根津は威勢よく答えた。
「どうして奴隷をやっているんですか? 誰かに売られたりしたためですか?」
「仏さんに売り込んだのは私自身よ。前の御主人が死んで、フリーになったから頼み込んで奴隷にしてもらったのよ」
奴隷志願? この強さなのに?
「奴隷になった理由を聞いてもいいですか? 教えられないなら無理には聞きません」
根津はニコニコしながら教えてくれた。
「生きていく上で、私がもっとも苦痛に感じることは決断なのよ。奴隷だったら、決断しなければいけない問題は一つだけ。御主人を裏切るかどうかだけを、決断すればいいでしょ」
「裏切るんですか?」
「何、当り前の質問をするの? この世に絶対の信頼なんてないのよ。親子と言えどもね」
指摘は当たっている。だがこうも「裏切る」と明言する奴隷がいるのだろうか? 奴隷に知り合いはいないから知りようもないが馬場の想像する奴隷とは違う。
根津はあっけらかんと告白した。
「前の御主人は私が殺したようなものね。裏切ったら死んじゃった、てへ」
獲ってきた虫でも死んだ、というような軽い口調だった。後悔も反省もない。
仏さんは、根津を手元に置く決断に迷いはなかったのだろうか? 根津を信用して命を預けたら、危険な気がする。俺ならしない。
「捨てられるとか、考えたことはありますか?」
「ないわよ。私ほど使える奴隷はいないもの。馬場くんだって、大事な財産を捨てたりしないでしょう?」
根津の強さは別次元。確かにこんな人材を手放す人はいない。もっとも、根津を所有する判断が、根津の前の御主人の死を招いたともいえる。根津は呪われた最強装備に見えた。
捨てたくても捨てられない。また、主導権を常に所有者が持っているわけでもない。
根津は気分が良いのかペラペラとしゃべる。
「一つ謎々を出すわ。正解したらカツ丼を御馳走するわ。虚無皇の他の団員が追放されたのに、御主人が私を手元においたのはなぜでしょう?」
「強いから、ですか?」
「当たりよ。御主人が手元に置いたのは私と副団長だけ。他のメンバーはレジェンズとか呼ばれているけど、はっきり言えば使えない奴と御主人に判断されて捨てられたのよ。これは他の人に教えてはダメよ。御主人が困るからね」
ダンジョンでは強い人間しか生き残れない。弱者は切り捨てられて当然なのだろうか? 思い上がった思想だが、根津には考えを押し通すだけの実力が備わっている。
今の馬場には根津を否定するだけの力はない。他のレジェンズが弱いとは思えない。根津だけが別格、だったらいいなと思う。
「俺はここで生きていけると思いますか?」
正直な感想だった。
「私と一緒なら大丈夫よ。馬場くんを守るのが仕事だから。失敗したらその時はその時ね」
根津は馬場が死んだら『御免なさい』で済ませそうな気がした。ダンジョンで死ぬのは自己責任だが、馬場が死んだ時に根津にペナルティーがあるのか気になった。
「俺が死んだら責任を取らされたりしますか?」
根津は馬場の言葉にきょとんとする。
「へぇ? なんで、そんなおかしなこと言うの? 私は奴隷よ。奴隷には決断がない。つまり、奴隷には責任がないのよ。もし馬場くんが死んだら、私にできない仕事を命じた御主人のミスでしょ。そうじゃないとつり合いが取れないわ」
責任の完全放棄と依存的服従。根津は奴隷と自称している。だが、実体は寄生に近いのではないだろうか? 仏さんから吸い上げる養分がなくなれば、根津は仏さんを見捨て次の御主人の元へ行く。
なんかこれ、俺が思っていた奴隷と違うな。根津は奴隷という名の暴力的無責任者だ。玄奘の『モンスター奴隷』の言葉が頭に浮かんだ。実力も思想もモンスター級。付き合い方を間違えればダンジョンでは死ぬ類の隣人だ。
「もう一つ質問させてください。カツ丼を奢るって約束していましたよね。奴隷って給与が出るんですか?」
根津がびっくりする。
「出るわけないでしょう。奴隷なんだから無給よ」
当然と言えば当然の答えだが、不思議だった。
「どうやってカツ丼を奢るつもりだったんですか? 万引きですか? 食い逃げですか?」
「無給だけど無収入ではないのよ。虚無皇の物をこっそり売ったり、情報を流したりして稼いでいるわ。奴隷の役得ってやつよ」
性質が悪い。見方によっては泥棒とスパイを同時に家に入れているようなものだ。さっき、暴力的無責任者と評価したのは間違いだ。属性にプラス反社を追加したい。
仏さんはよほどの聖人か狂人に思えてきた。俺なら絶対に仲間にしないな。馬場は根津に好感が持てなかった。だが、喧嘩はできない。根津は色々な意味で怖い先輩だ。
根津が言い繕う。
「嫌よ、誤解しないでね。きちんと売っていいものしか売らないし、流していい情報しか流さないから。そこは奴隷の作法に乗っ取ってやっているわ」
奴隷の友だちはいないから、作法や流儀が存在するかわからない。もし奴隷百人に聞きました、とかのアンケートの集計結果があったとするなら、根津と同じ考え方をする奴隷はいないだろう。
「根津さんは、どんな戦闘スタイルなんですか? 格闘タイプですか?」
根津には豹変が有り得る。襲われたら勝てないが、生き残る確率を少しでも上げるために質問した。答えてくれないかもしれないが、興味はある。
「私は超能力タイプよ。格闘戦や武器戦闘は苦手ね。どのみち奴隷なんて荷物持ちができればいいから関係ないわ。御主人と一緒の時は御主人のみに戦ってもらうし」
お笑い芸人の突っ込みのような一撃で、ランプの魔神は即死した。本職の超能力を使った攻撃ならどれほどの威力があるのか恐ろしくもある。
長命寺源氏蛍の第二段階解放が決まって、死ななかった敵はいない。だが仮に根津に攻撃を当てられたとしても、殺せるイメージが湧かなかった。
通路を歩いていると、入口が見えてきた。地下一階で修業をしなければならないが、敵があまりにもいないのは考えものだ。早く強くならなければ、先に寿命がくる。
「地下一階で敵が多く出てくる場所を教えてください。どうやら早急に強くなる必要がありそうなので」
「御主人に報告を兼ねて方針を聞いておくわ。魔物が必要なら湧かせるから」
「湧かせる」の意味がわなからなかった。根津が馬場のために説明してくれた。
「地下一階と地下二階の魔物は一部を除いて、自分より強い探索者の前には現れないのよ。探索者が大怪我でもしていたら別だけどね。地下一階と二階は歩行者天国みたいものよ」
魔物の気持ちになればわかる。弱い魔物にすれば根津は歩く災害。向かっていてっも勝ち目はない。とりあえず、地下二階を一人で魔物に遭わずに歩けるようになるまでが目標だな。