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第四話 明日に向けて

 どこからかお経が聞こえてくる。ひょっとして死んだのか、と思う。体が痛かった。痛いのだから死んではいない、と思い直す。目を開けると、日焼けした壁紙が目に入った。ぼんやりと視線を泳がせる。今いるのは寝室だった。体はパジャマに着替えさせられていた。


 色々と思い出す。戦いは完敗とすら呼べない酷いものだった。退屈はしないなと思った。本土で死んだように生きるよりはいい。だがそれよりも、今は空腹が気になる。ベッドサイドには小さな机があり、メモが乗っていた。


『ここが馬場くんの当面の住処です。部屋にあるものは好きに使ってください。リビングのテーブルの上に、当座の生活資金が入った財布を置きます。金は生きていれば、後日清算します。では夕方には迎えにいきます。玄奘より』


 部屋に衣装ボックスが二つあり、下着と服が入っている。部屋を区切るアコーディオン・カーテンを開けた向こうがリビングだった。


 パソコン、電子レンジ、ガスコンロがあり食器棚には必要な食器がある。食器は新しい物ではない。誰かが以前に使用していた形跡はあった。洗ってあり、汚くはないので問題ない。無一文にとってはありがたい。財布の中には身分証とクレジットカードと現金が入っていた。


「新人の待遇にしては随分とお優しい対応だ」

 冷凍室からドライ・カレーを出して温める間に、間取りを確認する。風呂とトイレが別の1LDKの造りだった。新築ではないが鉄筋コンクリートなので問題ない。


 窓からは、道路を挟んだ向かいのアパートが見える。窓から見える景色から馬場がいる場所は三階だと知った。ここだけを見れば普通の日本だった。


 食事をして眠ると、呼び鈴を鳴らす音で目を覚ました。窓から夕日が差し込むんでいた。玄関ドアを開けると、小柄な老人が立っていた。髭がなく、頭を剃っている。服装は作務衣と草履なので、どこかの寺の隠居坊主にも見える。


「馬場くんか? 拙僧は玄奘夢幻。虚無皇で雑用をやっとる、君の先輩だ。どれ、飯でも喰いながら明日からの打ち合わせをしようかの」


 玄奘の身長は、馬場より頭一つ分は低い。体も軽そうだった。だが一目見ればわかる。玄奘は強い。


 出掛ける支度を済ませて、玄奘の後ろを従いていく。前を歩く玄奘は、足腰がしっかりしていた。不意に「今ここで殴りかかったら倒せるだろうか」と考える。


 玄奘が振り返らずに答える。

「攻撃は止めて。拙僧はこれでも血の気の多いほうだから、殴られっぱなしでは終われん。ここで始めると、どちらか死ぬことになりかねん。そんな不祥事を起こしたら仏さんに怒られる」


 玄奘はこちらの殺気を読んだ。勇魂武器を出して背後から居合切りを放っても、初太刀はかわされる。玄奘を倒したいなら殺す気でやらないとダメだ。心の内を隠して質問する。


「玄奘さんはクランでどれくらいの実力者ですか?」

「馬場くんがきてくれたから、下から二番目かな。仕事は雑用全般。追廻しってところかの」


 玄奘をして雑用なのか。虚無皇にはどれくらい強い人がいるのだろう? 


 玄奘が歩きながら飄々と語る。

「今の虚無皇帝で強いのは三人。団長の仏さん。副団長の詩人さん。あとは根津さん。団員クラスは今いない。雑用はワシと馬場くんだけ。前はもっといたが団の解体騒動があって大勢が出て行った」


「随分と小さくなったんですね? 最強から最弱に転落ですか?」

「それはちと違う。虚無皇は人数が減ったが、戦力的に現在でも島では最強じゃ。戦力が百億から九十億になったようなもの。十億も減ったともいえるが、一割くらいしか減ってないともいえる」


 トップ三人があまりに強いので問題ない、との考えだ。仏さんとはそれほどまでに強いのだろうか? あまりにも過大に評価し過ぎているのではないのか?


 玄奘は軽い口調で語る。

「大鬼を人が見たら、強そうだと思うじゃろう。だが、地震や津波と遭遇しても強いとは言わない。瞬時に大鬼以上の被害が出るのにのう」


 玄奘は仏さんがあまりにも強いので、凡人には強さが理解できないと教えているのだろうか? 馬鹿らしい。確かに今は敵わないのは認める。だが、あくまでも『今は』の話だ。


「団長は津波のようなものですか?」

「違う。あれは月じゃ。身近に見えて、恐ろしくもない。だが、破壊不可能どころか手も届かん。されどもし地球と接触したら、この世は終わる」


 こちらをからかっている。団長の強さを誇張しつつ、しっかり働けと叱咤しているに違いない。

「いくらなんでも、持ち上げ過ぎでしょう。そこまでは強くない。もしそこまで強いなら、人ではない」


「以前に虚無皇に頭の良い奴がおってな。団長を倒すにはどれくらいのエネルギーがあれば良いか計算したそうじゃ。結果、おおよそ不可能となったそうだ。いずれはわかる。この世にはどうにもならないことがある」


 ここまで人に心酔する心情もどうかと思う。仏さんといえど人間。同じ人間が倒せないはずはない。もっとも、仏さんの強さが測れていない事実は認める。


 蕎麦屋が見えてきた。中に入ると、こじんまりとした個人経営の蕎麦屋だった。三十人も入れば満員だ。客は馬場たちを含めて十人しかいないので楽に座れた。お客は武器を携帯せず、強者の佇まいもない一般人だった。この島では探索者もいるが、一般人も多いと見える。


 玄奘が注文を済まして、説明する。

「まず待遇についてじゃ。ウチは籍があるだけで、少ないが給与は出る。迷宮で手に入れた品は個人の物。ただし、仏さんが指定した品は強制の買上げがある。命令は拒否してもいいが、あまり続くと退団になる。脱退に関してペナルティーはない」


 仏さんと会ったが感触として管理魔ではない。不必要な干渉はしてこないとみていい。組織としては緩い縛りなので、待遇の問題はない。そもそもここには金を求めてきたわけではない。


「契約書にサインが必要なら言ってください。問題ありません」

「では、次に二つ質問する。面接試験はそれだけ。まず、一つ目。何が目的で迷宮島に来なすった。正直に言えば、ここに来る人間はアホウと死にたがりしかおらん」


「自分より強い奴がいると聞いてやってきました。確かにいました。現状では勝てません。ですが、強くなっていずれ仏さんを倒して島を出て行きます」


 偽らざる目標だった。超えられるかわからないが、本土で燻るよりはずっとよい。目の前で団長を倒すと宣言しても、玄奘は顔色を変えない。「無理」とも「やめろ」とも言わない。


「では、二つ目の質問。どんな仕事からしたい。正直に話してくれ」

「敵と戦いたい。ダンジョンの魔物とはいかほどなのか知りたい」


「仏さんの予想した通りの答えよのう。朝八時に団員の根津さんが迎えに行くから、待っていてくれ」


 仕事は雑用と聞いていた。武器の手入れや掃除、買い出しから始めると予想していたが、やりたい仕事をやらせてくれるとは良いクランだ。


「根津さんってどんな人ですか?」

 玄奘の顔がなぜか曇った。

「実力は副団長の詩人さんに次ぐ実力者。女性で面倒見はいい。仏さんの奴隷じゃ」


 迷宮島は日本国の領海にある。日本に奴隷制度はない。この島では憲法も法律も及ばず女性を奴隷として所有できるのだろうか? 新参者かつ初日なので口を慎むが、気分が悪い。


 悪感情が伝わったのか、玄奘が忠告する。

「馬場くんの想像は確実に裏切られる。根津さんは仏さんも持てあましておる。奴隷は奴隷でも、モンスター奴隷じゃよ」


「奴隷は比喩的な表現ですか? なら、パワハラをする先輩兼社畜といったところですか?」


 だとすれば、意味合いが変わってくる。玄奘は首を横に振った。

「あそこまで行くと、ある種の奴隷の完成形とでもいえる。百聞は一見に如かずじゃ。一緒に仕事をすればすぐにわかる。仏さんが持てあます理由もな」


 玄奘は根津についてそれ以上は語らなかった。あとは島の日常生活に必要な事柄を教えてくれるが、明日に会う先輩の性格が気になってしかたなかった。

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