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第三十四話 始まり(下)

 馬場は作業を続ける内に時間を忘れた。気が付けば十五時を回っていた。渇きも空腹も感じない。休憩になったので、トイレを借りる。


 庭に戻ると、老人と大黒屋が話をしていた。大黒屋と目が合ったので馬場から挨拶をして用件を伝える。大黒屋は気分が乗らない顔で命令する。


「仏さんの頼みなら聞こう。靴を脱いで道場に上がれ」


 老人の教えはなんだったのかと思うが、別に問題ない。時間を潰すにはちょうど良かった。馬場が靴の泥を落とそうとすると、老人が止める。


「必要はない。馬場くんの修行は今、終わるとこじゃ」


「始まる」の間違いではないかと奇妙に思うと、老人が手を振り上げた。馬場は老人の手中に長身の刀を感じた。刀は見えないが、たしかに刀がある。老人は見えないはずの刀を振り下ろす。


 馬場は刀を避けた。老人の見えない刀が馬場の横を通り過ぎた。刀の軌跡が光となって目に焼き付いた。横を見れば、二つに斬られた木の葉が一枚舞っていた。


 老人の刀は有形物ではない。勇魂武器の類でもない。でも、斬られたこの葉の存在が刀の存在を示していた。もし、避けずに斬られていたら死んでいた。


 ニヤッと老人が笑う。

「それが神の目じゃ。開眼したばかりで、視力は弱い。じゃが鍛えればいずれよく見えるじゃろう」


 馬場は理解した。二段階解放時には目が死神の目になる。だが、死神の目は長命寺源氏蛍の力を借りている。


 いわば、長命寺源氏蛍の借り物の視点。馬場も死神の目を持ち、同じく世界を見てこそ勇魂武器と一体となり力を使いこなせる。


 馬場が理解した時に老人が笑う。

「庭の手入れを手伝ってくれた礼じゃよ」


 何が起きたのか大黒屋には理解できていた。

「俺の手間が省けたか。仏さんには修得の報告をしておく」


 大黒屋と老人は屋敷に入っていた。馬場はたった一度だけ死にかけただけで修業をおえられて安堵した。


 老人が屋敷の中に去っていくので、大黒屋に尋ねる。

「あの御仁はどなたですか? さぞや名のある剣士でしょう」


 大黒屋は老人の背中を見ながらしみじみと語る。


「生涯無敗と呼ばれた剣豪がいる。俺の師だ。俺はある時に生涯無敗の秘訣を尋ねた。秘訣はないと答えられたよ。勝てない相手に戦いを挑まなかった結果だそうだ」


 敗北が死と同義なら理解できる。強い相手と戦うのはいいが、勝てない相手とは戦いわない。立派な生存戦略だ。


 大黒屋の話は続いた。

「師に勝てない相手がいるとは俺は理解できなかった。それで、仏さんの名を教えられ、挑み負けた。勝負の結果が師に伝わると俺は破門になった」


 さっきの老人は大黒屋の師匠と違うのか? 馬場が疑問に思うと、大黒屋もまた屋敷に向かう。去り際に大黒屋は教えてくれた。


「昔の師は今では、気の良い爺さんで、人生の先輩だ。時折、俺の家に遊びにくる」


 二人の関係はわかった。大黒屋の師匠なら教え方も上手くて同然だ。馬場は人がいなくなった庭で一人、深々と頭を下げた。


 翌日、家に根津が来た。根津はニコニコとしていた。根津は馬場を褒めた。


「おめでとう。馬場くんは今日から虚無皇の準団員です。努力を続ければ、団員、副団長と出世する日がくるかもしれないですね」


 根津が準団員証を渡してくれた。準団員証は弁護士バッジくらいの小さなものだった。材質は不明だが、白色で彼岸花の絵が描かれていた。根津はバッジを襟もとに付けてくれた。


 感慨はわかない。まだ先は長い。下手をすればここから団員昇格までどれほど時間を要するのかわからない。挑戦は一生ものの努力がいるかもしれない。だが、止めるつもりはない。


「ありがとうございます。これからも精進します」


 形式的に礼を述べた。根津は黙って微笑んでいた。何を言うわけでもない。帰るわけでもない。沈黙の間が気持ち悪かったので質問する。


「まだ、なにか?」

「お礼は」と根津が口にする。礼ならさっき言った。聞こえなかったとも思えない。馬場が困っていると、根津が催促する。


「私へのお礼ですよ。昇進したんでしょう。お世話になった私に感謝の気持ちを形で表してくれても罰は当たりませんよ」


 暗にたかられている。これは今後、節目には贈り物をせよ、との意味でもある。奴隷は基本的に無給。なので、周りから副収入を積極的に取りにくると見えた。


 メリットが何もないのなら拒否してもいい。根津とは喧嘩すると不利益を被るが、上手くやれば利益となる。根津もそれをわかっているからの要求でもある。根津はやり手の奴隷なのだ。


 いくら渡せばいいのかわからないが、手ぶらで帰してはまずい。馬場は仕方なしと思い財布を取り出した。財布からカード類を抜いて財布ごと渡した。


「気が利かずに申し訳ないです。今は持ち合わせがこれしかないのでこれで我慢してください。次はもっときちんとした形で報います」


 財布にはいくら入っていたか正確な金額は覚えていない。財布は休日に洒落た革細工屋で見つけた良品なので満足してもらえると予想した。


 購入金額にして馬場の生活費の一ヵ月分したので、安物ではない。


 財布を受け取った根津は中身を確認しない。ただ、財布に使ってある革から価値を一目で見抜いた。ホクホク顔で根津は財布を納めてくれた。


「良い心がけです。こういう素直な人が準団員だと私も嬉しいですね。馬場くんは今日から四日間の休暇が出ました。遅いお盆休みだと思ってください。五日後に迎えにきます。その時にクラン・ハウスの場所を教えます」


 クラン・ハウスに入れてもらえるのなら仲間として認められたと思っていい。つまり、五日後から本番だ。ここから、色々とハードな生活が始まる。迷宮島での探索者としてスタート地点にやっと立てた。


【了】

©2024 Gin Kanekure

更新を続けてきましたが。人気が出ないのでここで閉じます。今までありがとうございました。

次は恋愛ファンタジーに挑戦します。

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