第三十二話 副団長クラス
イワンが去り、馬場の緊張が解けた。胃がズキズキと痛む。呼吸も苦しい馬場は思わず血を吐いた。勇魂武器をやられたダメージが体に出た。傷は思っていた以上の痛手だった。
玄奘は胸の内ポケットから包み紙を出す。中には黒い丸薬が入っていた。
「これを飲め、仙丹じゃ」
仙丹を飲む。たちどころに胃の苦しさが取れた。呼吸もスーッと楽になる。死にかけから全快に近い。凄い効力だった。きっと高級品だろう。馬場は玄奘に謝った。
「せっかくの機会を活かせず申し訳ありません」
「別によい。収穫はあった。イワンの力がわかったじゃろう。他の探索者の情報は時に値千金じゃ。それにこれからもう一働きじゃ」
「碑文石がもっていかれましたからね。集め直しですか」
顔を顰めた玄奘が手をパタパタと顔の前で振る。
「違うぞい、イワンと西原の後を追うのじゃ。上手く行けば、碑文石を利子を付けて回収できる。回収できずともよい。面白いものが見られる」
玄奘が何を企んでいるかわからない。玄奘がにんまりと微笑んで解説する。
「先ほどからこちらを隠れて見張っている探索者がおった。イワンと西原とは別のな。おそらく、奴らも儂らの碑文石を狙っておった」
現場の近くにはもう一組いたのか。でも、まるで気付かなかった。玄奘は方針を教える。
「隠れていた奴らは、イワンと西原が碑文石を二百二十個も持っている状況を知っておる。うまくすれば、漁夫の利を得られるかもしれん。だから、馬場くんの二段階解放を見せたくなかった。それに仙丹も隠しておきたかった」
イワンの実力を隠れていた探索者に見せる狙いもあったんだろう。もし、襲撃者と西原たちが激しく戦い、残ったほうが弱ったとする。なら、玄奘は残った方を討つつもりだったのか。
飄々としているが、老獪なのかもしれない。だが、疑問もある。
「隠れていた奴らにイワンを倒せるでしょうか?」
「それは知らん。だが、それでも良い。儂が気にしておるのは西原の実力よ。今のうちに馬場くんに西原の力を見せておきたい。少しでも知ってもらいたい。これはいずれ来る決戦の日のためじゃ」
玄奘は目先ではなくもっと先を見ている。来る日がいつで、何をするかわからないが、計画には必要なピースなのだろう。果たして玄奘の抱く構想は誰のためのものか? 馬場には「わからないこと」と「わかることがあった」
わかったこと、虚無皇は一つのクランに見える。だが、各自が隠れた思惑を持って動いている。わからないこと、誰が善人なのかは全くわからない。まして、誰が正しいのかなんてまるでわからない。
えらい場所に来たと苦く思うが、まだ許容範囲だ。タダで強くなれるほど世界は甘くない。
「うかうかしていられない。碑文石を渡した分の回収にいきましょう」
玄奘が隠形の霊能力を使った。馬場の目から見て玄奘の姿は見えるが外部からは感知されない。もっとも、あまりに格上の相手には効果がない。
二人でイワンと西原を追いかけた。足音は消すように歩くこと八分。玄奘がピタリと止まる。玄奘が袖から札を出して呪文を唱えた。
札は一辺が六十cmの鏡になった。鏡がぼんやりと光ると映像が浮かぶ。映像には三人の黒装束の忍者とイワンが写っていた。
大きな部屋で地面にイワンが倒れている。馬場を軽く倒したイワンだが忍者にはあっさり負けていた。三対一での戦いだったと予測できるが、
イワンが傷一つ付けられずに倒されると予想外だった。探索者のイワンをして迷宮島では強い部類ではないと悟った。
鏡の映像が引くと、三人の忍者と対峙する西原が見える。西原の水晶玉が不自然に浮いていた。西原の水晶は武器として使えると知る。
以前に西原はイワンの百倍は強いといってのけた。過去の発言が本当なら、イワンが倒されても問題ない。本番はここからだ。
四人は動かない。玄奘が呪文を唱えると、四人を写す鏡の位置が移動する。忍者は覆面で口元が見えないが、西原の口は動いている。
なにやら会話をしているが、音声がないので馬場にはわからない。
玄奘はじっと西原の口の動きに注目している。玄奘は唇の動きから会話を推測しているが内容は教えてくれなかった。
「動くぞい」と玄奘が注意する。再び写る位置が変わった。引き気味の映像が写る。
三人の忍者が重なって一人になった。忍者が瞬間移動して西原を斬った。忍者は正面から西原を斬る。次に西原の背後に現れ一太刀を入れる。
更に飛び上がり西原の首に一撃を入れる。忍者はすぐに瞬間移動で距離を空けた。
忍者の動きは速いがイワンが対応しきれなかったとは思えない。だとすると、忍者の攻撃にはなにか仕掛けがあるはず。馬場が不審に思うと、西原の体がバラバラになった。
馬場に見えた太刀筋は三つ。だが、斬られた跡から推察すると、九回は西原が斬られていた。忍者の攻撃が速すぎて、馬場の目では追えなかった。
イワンが負けた理由がわかった。忍者の攻撃は速い、ないしは目で追えない。忍者が三人になる。
勝負は決したかに見えた。西原の体に変化が起きた。映像の逆再生のようになり、西原の体が元に戻った。
三人の忍者が同時に口から豪火を噴いた。西原が火達磨になるが、西原は倒れない。火が消えると何事もないかのように立っている。
攻撃を受けた西原は衣服まで戻っているので、再生能力ではない。焼けた衣服が修復されるので幻術系でもない。
「百倍も強いは誇張じゃなかったか。時間を巻き戻せるならかなりの強敵だな」
正直に告白すれば時間を操る相手をどうやって倒していいかわからなかった。玄奘が渋い顔で意見する。
「時間の巻き戻しではないな。記録と再生じゃな。ある状態を記録しておき、発動条件を満たすと記録した状態に戻る」
玄奘の推理でも説明できる。とするなら、術なり異能を破らない限り、西原の守りは崩せない。西原の水晶が強烈に光った。光が消えた時には忍者はいない。
「一瞬で忍者を三人消した? 光の速さで攻撃してくるなら回避しようがない」
鏡を凝視した玄奘は険しい顔のまま否定する。
「西原の攻撃が光なのは正解じゃ。じゃが、浴びれば消えさるほどの強さはない。瞬時に水分を失い干からびはするかもしれん。それなら死体は残るはずじゃ」
忍者は死んでいない。西原の攻撃の初動を読んで回避した。だが、どこに行ったかが馬場にわからなかった。忍者が再び出現した時には八人になっていた。
八人の忍者は三ⅿの距離を空け八方向から西原を囲んでいる。
四方を囲む忍者から鎖が投げられる。西原の体は拘束された。残りの四人の忍者が印を素早く切る。西原の足元が真っ暗になり、西原の体がゆっくりと闇に沈んでいく。
忍者は高度な霊能力も行使できる。かなりの使い手だ。
顎鬚をななでて玄奘が目を細める。
「邪法黄泉送りか、普通ならこれで決まりじゃな。あの邪法は掛かったら最期。逃げられん。じゃが……」と玄奘は言葉を濁した。
さしたる抵抗もなく西原は闇に飲まれた。すると、闇の中から鎖が現れて忍者に伸びた。忍者は飛び退いて躱そうとした。だが、不自然に八人が闇の上に引き寄せれた。
ぱっと光ると、忍者が消えて、闇の上に西原が立っていた。
馬場にも何が起きたかわかった。邪法は跳ね返されて、忍者と西原の位置が逆転した。忍者は今頃、闇の中だ。闇が塞がる。後には勝者の西原が立っている。
イワンを無傷で倒した忍者だが、西原を傷つけることなく散った。
玄奘が腕組みして苦しそうな顔でもらす。
「呪詛返しのカウンターか、厄介じゃな。呪詛返しをするには最低でも相手の二倍の霊力がいる。それに、事前に相手が何の呪詛を使って来るかわからないと対応できん。西原はなぜ黄泉送りを敵が使うとわかったかが謎じゃ」
「西原なら可能ですね。西原にはラプラスと呼ばれる予知能力がある」
玄奘は眉間に皺を寄せる。
「西原が未来を予知できる能力を持っているのは嘘じゃ。そうすると、説明がつかん過去が多い。西原のラプラスと呼ぶ力を儂はハッタリと見ておる」
力を偽り能力の詳細を伏せる。探索者なら理解できる。でもそうすると、西原の能力はなんなのか?
鏡の中の西原がこちらを見た。玄奘がさっと手を出して鏡に触れる。鏡は燃えた護符になった。西原は遠見に気が付いた。だが、誰が見ていたかまではわかっていない。
玄奘が来た道を走り戻る。馬場も現場を離れたほうがよいと判断して玄奘を追った。西原は追跡してこなかった。倒れたイワンを放置できなかったからだ。
イワンは役に立った。西原に追いつかれたら、完全に終わりだ。
忍者は死んだが無駄死にではなかった。馬場たちが逃げるチャンスを与えてくれた。名も知らぬ忍者には感謝しよう。貴重である西原の戦闘場面も目撃できた。
結果として、碑文石の二十個を渡した価値はあったともいえる。西原クラスと事を構えるならばさらなる力が必要だ。
だが、もっと気になるのは西原が戦ってはいけないと評価した根津が敵になる展開だ。
俺には成長の時間が必要だな。仏さん越えを目指すなら、どの道も避けては通れない。どこまでも強くなる。生き残れば問題ないが果たして、どこまで行けるやら。
馬場は自分がいま笑っている気がした。
「生きているって楽しいな」とつい正直な感想が口から出た。




