第三十一話 決闘と陰謀
努力してトランプの兵隊を倒し続けた。運が良いと隊長は二個、碑文石を落とすことがあった。
それでも、魔物を探す時間を勘案すると、一日では二十個だった。慣れればもっと早いかもしれないが、このままでは百二十日はかかる。
帰路に就こうとすると、玄奘が通路の暗闇の奥に目をやる。
「お客さんが来たようじゃな」
馬場が闇に目を向けると、二人分の足音が聞こえてきた。今まで気配と音を消していた相手だが、気付かれたと理解したのか隠すのを止めた。
馬場は刀を納めずに待つ。相手はイワンと西原だった。イワンは馬場と玄奘を確認する。イワンは笑顔で語り掛けてくる。
「ご苦労さんですな。お宅らも揚羽蝶の碑文石集めか?」
「さあな」と馬場ははぐらかした。イワンの笑顔の裏に敵意があった。馬場は戦いの予感がしていた。イワンが悠然と玄奘を見て質問する。
「それで、いま何個持っているんだい?」
イワンは馬場たちの碑文石を奪う気を隠していない。馬場が一歩前に出ようとする。玄奘が軽く右手で馬場の前を塞ぎイワンに言い返す。
「うちらは二十個じゃな。そっちはいくつ集められた?」
イワンが玄奘を見下して、自慢げに答える。
「こっちは二百個だな」
「カカカ」と玄奘が笑いイワンを褒めた。
「お若いの、やりおるのう。たいしたものじゃ」
「ハハハ」とイワンは笑い返す。イワンは口端を歪めて要求した。
「爺さん、あんたが集めた碑文石を買い取ってやろう。ただし。持ち合わせがないからツケになるがな」
「ふざけるな」と怒鳴りたいが黙る。こんな奴らにタダで碑文石をくれてやるなんてもっての他だ。玄奘は馬場の怒りを気にせず話を進める。
「ツケはいかんよ。お互いに明日はどうなる身かわからん。そこで提案じゃ。お互いに持っている碑文石を賭けて勝負せんか。こっちが負けたら碑文石を二十個渡す。そっちが負けたら二百個をくれ。戦いはこっちの剣士とお主の一対一じゃ」
玄奘の提案にイワンが呆れる。
「おいおい、それは都合が良すぎるだろう。そっちが二十個を賭けるならこっちが賭けるのも二十個だ」
玄奘はツンと澄まして馬鹿にしたように煽る。
「嫌ならやめておけ、こっちはどっちでもかまわん」
交渉は玄奘のペースで進んでいる。これは、どうなるんだと馬場は交渉の行方が気になった。ここまで黙っていた西原が冷静な調子で口を開いた。
「賭けに乗りましょう。こちらが負けたら碑文石を二百個渡しましょう。そちらが負けたら二十個を渡すでいいです」
西原の再提案にイワンが異議を唱える。
「西原副長。それはないですよ。甘やかすと図に乗りますよ」
西原の目はベールで見えないが、口と頬は笑っている。
「イワンとそちらの剣士が戦った場合。イワンの勝率は九十五%以上です。オッズで考えてもこちらは充分に有利です。それとも、イワンは私が加勢しないと勝てないですか?」
敵と味方に煽られたイワンは引き返せなくなった。
「やりますよ。勝てばいいんでしょう。勝ちますよ」
玄奘が上手く事を運んだと感心した。西原はイワンより強い。前の話では、イワンの百倍と公言していた。そこまで強くなくても十倍くらいは強いと予想できる。
ならば、二対二の勝負では馬場たちに万が一にも勝ち目はない。戦ってもむざむざ奪われるだけ。圧倒的に不利な条件を玄奘は交渉で勝率五%の勝負にもっていった。
しかも勝てば、碑文石は十倍になる。
イワンとは端から戦う気だったので馬場としては問題ない。玄奘が提案する。
「少し先にいこうかの。ここではイワンの武器では戦いづらかろう」
イワンの武器は身の丈もある大剣。大上段で振り回すと天井ギリギリになる。対して馬場の刀はそこまで刀身が長くない。刀を振る分には問題ない。
フンと鼻を鳴らして、イワンが堂々と宣言する。
「問題ねえよ。それぐらいのハンデはやる」
そそくさと玄奘が決めた。
「よし、ではさっさとやろう。お互いに構えじゃ」
西原と玄奘が距離を空けた。馬場は正眼に構えた。イワンは大剣を抜いたが担いだ姿勢のままだった。明らかに馬場を下に見ている。馬場は気分を害した。
「始め」の合図がかかる。イワンは隙だらけに見えたが、対峙すると言いしれないプレッシャーを感じた。馬場は踏み込めなかった。
イワンが空いている左の掌を上にあげひらひらさせる。さらに小馬鹿にするようにチチチと動物でも呼ぶかのように口を鳴らした。完全な挑発だった。
「灯せ、長命寺源氏蛍」と力の一段階目を解放する。イワンの目が揺らいだ。長命寺源氏蛍の力が及んだ。
「ハツ」とイワンが気合を入れた。イワンの瞳から揺らぎが消えた。イワンは気合の一つで馬場の勇魂武器の効果を打ち消した。イワンは一歩も動かない。馬場は踏み込めない。だが、待っていては勝てない。
馬場は踏み込みイワンの脇を狙う。イワンが動いた。重量武器とは思えないほどの速さが馬場を襲う。予想より速い攻撃だが馬場は対処できた。
さっと躱して右に回り込んで次は脛を狙おうとしたが、馬場は危険を感じた。狙いを変えて飛び退いた。馬場がいた場所に大剣が振り下ろされていた。大剣は床に命中する。石畳が弾け飛ぶ。
空振りしたイワンが大剣を振り上げた時こそチャンスと思った。だが、体が動かなかった。体が危険を察知して踏み込むのを止めていた。正解だった。イワンは最初より速い速度で大剣を振り上げていた。
馬場は不利を悟った。イワンの体格は良い。だが、いくら二mを超える長身でも武器を扱う速度が速すぎる。イワンは武器に重さを感じていない。イワンの大剣は馬場と同じ勇魂武器。
勇魂武器は大きさで威力が決まる訳ではない。だが、石畳を砕くほどの衝撃が刀身に掛かったのに、イワンの勇魂武器は刃こぼれ一つしていない。
そこまで頑強なら馬場の刀に当たれば馬場の刀は砕ける。勇魂武器なので武器の破壊は死であり、敗北である。
イワンからは攻撃してこない。明らかに余裕をかましている。馬場は負けたくないと歯を食いしばった。ゆっくりと、イワンの周りを歩く。
まるで馬場なんて見えないとばかりにイワンは姿勢を変えない。イワンは易々と馬場に背後を取らせた。
馬場は踏み込む。再度、脇を斬りつける。イワンが振り向き大剣を振るう。両者の位置、姿勢、武器の長さから、馬場の攻撃のほうが速く決まるはずだった。だが、現実は違った。イワンの攻撃のほうが速い。馬場は瞬時に飛び退いての回避を試みる。
間に合わない。姿勢が崩れるのも構わず、のけぞるように後退する。それでもイワンの刃が迫る。止むを得ず、刀の峰で受け流そうとした。
激痛が走る。馬場の刀身は折れなかった。だが、力の差がありありと身に染みた。イワンの大剣は力の塊。馬場の武器がまともに受ければ小枝のように折られる。
このままでは勝ち目がない。イワンの勇魂武器の能力はいまだわからず。イワンの着ている甲冑の硬度も不明。馬場に勝機があるとすれば、油断している今だけ。
「使うか、二段階解放」と馬場は思案した。二段間解放の力ならイワンの即死がある。一段階解放が修行で強くなっているなら、二段階も威力が上がっているはず。打ち消されはしまい。
イワンが笑って促す。
「いいぜ、使えよ。まだなんかあるんだろう? 奥の手的なものが。でなければ、勝率が五%もあるとは思えない」
馬場が決意を固めたところで、玄奘が口を挟む。
「それまで、こちらの負けじゃ」
玄奘は碑文石が入った袋を西原にほうり投げる。西原は袋を受け取ると中身を確認する。
「確かに受け取りました。では、行きましょう」
玄奘がタオルを投げ入れての敗北だった。判断に間違いがあるとは言わない。だが、試してみたかった。負けたくもなかった。
西原が歩き出す。西原の判断にイワンが異論があるのは見え見えだった。だが、イワンは西原には逆らわない。
「つまらんな」とイワンが言い捨てるとイワンも歩き出した。




