第三十話 迷宮島の危険
玄奘が連れてきてくれた場所は小奇麗な中華屋だった。玄奘は飲茶セットを馬場に御馳走してくれた。内容は桃饅頭、粽、胡麻団子にお茶が付いたセットだった。味はすっきりとした甘さだった。
茶を飲みながら玄奘は語る。
「仏さんから、方針が示された。虚無皇は不夜城を目指す」
謎の鏡で不夜城の名前は知っているが、他には情報がない。
「どんな場所で、どれくらいの敵がいるんですか」
「地下十五層にあり、強敵がひしめく場所じゃよ。不夜城には女王と呼ばれる存在がおる。儂もそれくらいしか知らん」
地下十五層は未知の領域だった。まず自分の力が通用するとは思えない。荷物持ちとして同行すら無意味だろう。
玄奘が微笑み、教えてくれた。
「別に儂らが乗り込んで不夜城の女王を倒すわけではない。乗り込むのは仏さんと根津さんじゃ。儂らは準備段階として不夜城に乗り込むための鍵の材料を集める」
見習いの仕事ならそんなところだろう。いずれ強くなれば行ける。無理して帰らぬ人になる必要もない。馬場が異を挟まぬと玄奘が話を続ける。
「鍵の材料は揚羽蝶の模様の碑文石じゃ。この特殊な碑文石は地下二層より深いとこで出る。儂らは地下三層ないしは地下四層で集める」
地下三層は特別強い魔物に遭遇しなければ問題ない。地下四層でも連戦を避ければどうにかなるだろう。きついかもしれないが修行にはちょうど良い。
少しばかり玄奘が怖い顔をして警告する。
「問題は他のクランも不夜城への碑文石を集め出したことじゃ。碑文石の奪い合いに発展する。虚無皇は人数で劣る分だけ敵が多いと考えてくれ」
危険な存在は魔物ではなく探索者か。魔物ならどうにかなるが、八重クラスに襲われたら太刀打ちできない。また、友好的な人間でも団長の命令があれば他の探索者を襲う鬼となる。
「中々にハードな仕事になりそうですね」
「拒否権はない。虚無皇を抜けるのなら別じゃがのう」
いまさら、クランを変える気はなかった。また、別のクランにいっても同じ仕事が回ってくる。
「問題ないですよ。きっちりやり遂げましょう」
次は馬場から話題を振った。
「始祖の会の前会長って探索者に始末されたって本当ですか? また、今の始祖の会のメンバーが関わっているとか」
玄奘の表情が引き締まる。
「当時の状況からして、犯人はウロボロス・ファミリーの誰かと島の人間は見ておる。夜兎さんを殺せる人間は多くない。じゃが、始祖の会の内部に裏切り者がいたのなら別じゃ」
しみじみと玄奘は語る。
「夜兎さんは強かった。それゆえに人の弱さに疎かった。裏切りにあったのならさぞ無念じゃっただろう。もし、化けて出ても不思議ではない」
なんか嫌な言い回しだ。玄奘の言葉通りなら馬場があったのは夜兎の幽霊かもれない。
「調査はしないんですか?」
「首を突っ込むのはやめておけ」と玄奘はキッパリと言い放つ。玄奘はじっと馬場を見据えて忠告した。
「馬場くんだから教える。夜兎さん殺害には少なくても三人の人間が関わっている。ウロボロスの人間、始祖の会の人間、それと根津さんじゃ」
虚無皇は無関係ではないのか。だが、どうして玄奘は根津が関わっていると知っているのか疑問だった。玄奘は厳しい表情で伝える。
「当時、儂は仏さんの密書を運ぶ仕事を命じられ、根津さんから手紙を頻繁に預かっていた。届け先はウロボロス・ファミリーじゃ。だが、ある日、仏さんから密書の話を問いただされた」
玄奘の困惑はわかる。
「仏さん自身が密書を出すように頼んでいたら聞かれない内容だったんですね」
「そこで、仏さんの立ち合いの元で根津さんから渡された密書を開封した。そこには日時のみが記録されていた。儂も仏さんもその日時が何を意味するか当時はわからなかった」
話が見えてきた。
「密書に記載されていた日時に夜兎さんは死んだんですね」
「偶然とはちと思えん。その後、仏さんは根津さんと何やら話した後で儂を呼んだ。仏さんは、外に密書の話を漏らすなと厳命した」
当然の措置と言える。根津の独断でも玄奘の予想通りの真相なら問題になる。だが、疑問もある。
「俺は虚無皇の人間ですが、新入りです。なぜ、俺には教えてくれたんですか?」
「病気とかではないが、儂はもう長くないかもしれん。儂が亡き後はきっと根津さんは馬場くんを利用しようとする。だから、儂は昔話をした」
ウロボロス・ファミリーへは玄奘が出入りしている。仏さんの命令を装って根津が暗躍しているなら、次の工作員候補に馬場に白羽の矢が当たってもおかしくはない。
迷宮島での命の危機はダンジョンの内にあるのではく、外にある気がしてきた。
玄奘との飲茶を終えると家に帰る。郵便ポストに封筒が入っていた。差出人は書いていないが封筒にはピンクの兎のマークがついている。家に入り中を開封するとDVDが一枚入っている。
ディスクの白い面には『重要なお知らせ』と黒字で印刷されていた。
非常に気になるが、よくわからないDVDを自分のパソコンに入れるのは抵抗があった。中身は気になるが、ウィルスでも入っていたら面倒事になる。馬場は迷ったがDVDを机にしまった。
翌日、ダンジョンに行く。昨日の玄奘とのやりとりは胸にしまっておく。玄奘の態度も法要の前と変わらない。地下三層に下りると、玄奘は霊能力を行使してから、道を進む。
途中で引き返したり、通路で右に四回曲がったりなど不自然な動きをした。
「もしかして、道に迷いましたか」
時折、内部が変わるダンジョンの地形を全て覚えろとは言わない。地下一層や二層なら馬場にもおぼろげにわかる。だが、三層や四層は経験がなさ過ぎてわからない。
玄奘が頼りである。玄奘が迷子になると遭難する。
玄奘の顔には焦りはない。いつもと変わらぬ飄々とした口調で答える。
「目当ての碑文石はどの魔物からでも出るわけではない。出る魔物は決まっておる。目当ての魔物以外は避けて体力を温存するに限る」
理に適った戦術ではある。だが、まだるっこしいと不満にも思う。玄奘が足を止めると、向こうから、人間大のトランプに大きな手足と頭が付いた兵隊の魔物が現れた。
兵隊は短い槍を持ち、兜を被っている。数は四体で、二段に隊列を組んでいる。前衛が三体で後ろが一体だ。
ふざけた格好の魔物だと馬鹿にはしない。弱い魔物は地下三層にいない。馬場は武器を構える。前衛の魔物は適度に距離を持ち、短い槍を投げて来た。
馬場は向かってくる槍を叩き落とした。さっと、距離を詰める。
武器を持たない兵隊を即座に斬りつけた。トランプの兵隊は柔らかく一刀で斬れた。
そのまま、二体目、三体目とバッサリ横一文字に斬る。
後衛のトランプの兵隊は隊長なのか、兜に羽飾りをつけ、髭を生やしている。剣と丸盾を手にしているが、強そうには見えない。
背後から殺気を感じた。さっと刀を向ける。飛んできたのは先ほど兵隊が投げた槍だった。槍を弾いた時にできた隙に隊長が斬りかかって来る。馬場は身体を回転させて、剣を弾いた。
視界の端で槍がトランプの兵隊の亡骸の元に戻る。トランプの兵隊が再生して立ち上がろうとした。ここで、玄奘が放った炎が兵隊に当たると兵隊が燃え上がった。
玄奘が兵隊の再生を止めてくれた。馬場は隊長に一体一の勝負を挑む。
隊長の剣は鋭くなく、重くもない。だが、盾の使い方が巧みだった。馬場の攻撃を的確に防ぐ。守りに徹した戦術だった。隊長が口笛を吹いた。増援を呼ぶ合図と判断した。下手に長引くと、数で押される。
「灯せ、長命寺源氏蛍」
力を解放しての渾身の真っ向斬りを放つ。隊長は先ほどと同じように盾で受けた。馬場の刀は切れ味が上がっていた。刀が隊長の盾を裂き、兜を割った。
勢いはそれでも止まらず隊長の体を真っ二つにした。隊長が碑文石に変わる。馬場は五百円玉くらいの碑文石を拾った。
「隊長を倒さないといつまでも戦いが続くだけか。でもこれは、隊長を倒さずに部下を呼ばせて倒せば簡単に碑文石が集まるな」
振り返ると、玄奘が渋い顔して首を横に振る。
「そんな都合の良い話はないぞ。ほれ、床を見てみい」
馬場が床を見ると、兵隊分の碑文石が落ちていない。魔物の一団から一個しか碑文石が取れない。気になったので、玄奘に質問する。
「この碑文石は何個必要なんですか」
「鍵一つ作るのに二百個。仏さんと根津さんの分がいるから二倍。さらに、鍵は最低で六本いる。だから、二千四百個必要じゃな」
「小隊規模を二千四百倒すのか、これは苦行だ」
もっと強い敵なら多く出すのかもしれないが、無理して死んだら馬鹿である。




