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第三話 わからせられた

 目の前には仏さんの死体が転がっている。人を殺したのは初めてではない。恐怖は感じない。がっかりしたわけでもない。勇魂武器で人を斬れば当然の結果だが、当然すぎて言葉も出ない。


 少女がのんびりとした口調で声を掛けてきた。

「もういいのか? 満足したか?」


 視線が意識せず少女に一瞬だけいく。視線を戻すと仏さんは立っていた。傷はない。砂浜を汚した血もない。まるで馬場の一撃はなかったかのようだった。


 刀の柄を握ると感触は確かにある。幻術の類だとしたら、いつから術にかかっていたのかわからない。なるほど。これは奇妙だ。少しは楽しめそうだ。馬場が三歩下がって正眼に構える。仏さんは驚いた。


「まだやるの? やってもいいけど、馬場くんの刀は勇魂武器やろう? 勇魂武器って壊れたら使用者も死ぬのと違うか?」


 仏さんの指摘は正しい。勇魂武器は特殊な能力を持つ刀。切味抜群だが、刀の損壊は使用者の死に直結するリスクがあった。ただ、今まで馬場が戦闘で大怪我を追っても、戦いの最中に勇魂武器が折れた経験はない。


「まだ全力を出していませんよ」

 負け惜しみではない。勇魂武器は力の解放具合により三段階まで威力を増す。馬場は仏さん相手にして、まだ一段階も力の解放をしていない。


「あちゃー」と少女が残念そうな声をあげる。馬場の体から急に力が抜けた。目が霞んだ。馬場は膝を突いた。何が起きたか、すぐにはわからなった。目に力を入れると、勇魂武器の刀身がすでにぼろぼろだった。


 勇魂武器が刃こぼれした戦いの経験は当然にある。だが、ここまで刀身全体を痛めた事態は始めてだった。少女の声が冷酷に告げる。


「そこまで破損すれば、力の解放は自殺行為だな。勝負あったな。今のは俺の十%の力だ、次は――、とかいい気になっている間に負けたんだよ」


 少女に悪気はない。指摘も合っている。馬場は己の間抜けさを呪った。仏さんを殺したつもりになったが、実は負けた状況すらわかっていなかった。


 仏さんが少女にやんわりと注意する。

「八重ちゃん、そのぐらいにしておいてやって。傷口に塩を塗る真似は可哀想や」


 負けた上に敵に憐れみを掛けられた。いや、敵ならまだ良かった。仏さんにとって馬場は敵として認識されていなかった。


 仏さんが馬場を宥める。

「今日は調子が悪かったってことにしとき。生きていればまたチャンスはある」


 完全な慰めだった。ここまで言われては腹が立つ。だが、仏さんは闇雲に戦って勝てる相手ではない。この借りは必ず返す。馬場は勇魂武器を消した。


 仏さんが八重に飄々と尋ねる。

「ちなみに、八重ちゃんから見て馬場くんはどう見えた」


「えっ」と八重は困ってから口を開く。

「普通、かな。お世話をしてあげないとダンジョンの二層辺りですぐに死にそう」


 普通? この俺が? こんな子供からして普通だと? さすがに苛立った。

 馬場の怒りに気が付いたのか、仏さんが慌ててフォローに入る。


「仕方ないって。馬場くんはまだ迷宮島に来たばかだからね。八重ちゃんはメジャー・クラン七本槍の幹部の一人やから」


 あんな子供がこの島の実力者だと? 八重を見ると誇らしげに胸を張っていた。後学のために尋ねる。

「七本槍って七人しかいないのか?」


 仏さんが考えながら答える。

「七本槍は五十人ちょっとだったかな。少し前まで名称は六本槍だったけど、八重ちゃんが幹部に入って団長が七本槍に改名した」


 天才少女という奴だろうか? それとも七本槍の幹部は、戦闘力重視ではないのだろうか? 

 八重はじっと馬場を見る。


「もしかして信用されていない?」

「正直に言えば信用できない」


 八重の機嫌が悪くなった。慌てて仏さんが口を挟む。

「ならこうしよう。今から八重ちゃんが馬場くんを一回攻撃する。馬場くんが八重ちゃんの攻撃をかわせたら、雑用を飛ばして団員に昇格スタートにする。八重ちゃんが攻撃を当てたら、高いチョコレートをワシが八重ちゃんに贈る」


 八重の顔が輝く。

「いいの? ラッキー。仏さんの持ってきてくれるお菓子は美味しいから好きだ」


 さすがにこれはない、と思った。相手がいかに迷宮島の実力者とはいえ、来るとわかっている攻撃をかわせないほど弱くはない。ここはそれとなく実力を示して、雑用係を免除してもらおう。


 八重の手の中に槍が現れる。八重の戦いかたは馬場と同じ。馬場の力の形が刀なら、八重の力は槍。八重との距離は六m。普通なら届かない。勇魂武器の槍なら、『伸縮自在だった』は有り得る。また、力の解放により短距離の瞬間移動をしてくる可能性もある。


 武器が透明になるのも想定内。あとはこちらの動きを止める能力があるかもしれない。だがどれも、他の相手で馬場は経験済みだった。距離を詰めて普通に突いてくる攻撃なら、回避できる。

 

連撃なら捌ききれずに姿勢を崩されるかもしれないが、一撃なら問題なし。どう考えても、馬場は負けると思えなかった。


「いくよ」と声を掛けて八重は歩いて距離を詰めてきた。槍の届く距離に来ると、八重は悠然と構える。あまりに悠長なので、馬場は攻撃される前に八重に一撃を入れてやろうか、と考えた。だが、攻撃を誘われている可能性を考え思いとどまる。八重が突いた。


 なんの変哲もない凡庸な突き。常人には見切れない速度だが、馬場には止まって見える。余裕だな、と考えた時には馬場の体は波打ち際まで飛んでいた。攻撃は届いていないはず。


 理解不能な状況だった。腹部に猛烈な痛みを覚え胃液を吐いた。攻撃は当たっていたと知る。だが、いつ当たったのかがわからない。


「イエイ、八重の勝ち」と八重が勝利を喜んでいた。

 仏さんが寄ってくる。仏さんはすまないとばかりに謝る。

「ごめんな、馬場くん。馬場くんには早すぎた。ここまで弱いとは思わなかった」


「何が、どうして」と、それだけ口にするだけで精一杯だった。

 仏さんが説明してくれた。


「馬場くんが見た一撃目な、あれは二撃目。八重ちゃんは遅い一撃目を放ってから、一撃目が馬場くんに到達する前に速い二撃目を放った。二撃目が速すぎたから、一撃目を追い越して馬場くんヒットした。つまり、途中で一撃目と二撃目が入れ替わった」


 何を言っているか理解不能だった。そんな馬鹿な攻撃があるはずがない。

「八重ちゃんの攻撃を今は理解できなくてもいい。だけど、かわせないならダンジョンの奥には連れて行けん。この島のダンジョンってそういう場所やから覚えといて」


 馬場はもう一度胃液を吐くと、気を失った。

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