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第二十九話 一周忌法要

 玄奘がいつもより早くにやってきた。探索前にニュースをチェックする時間だったので早く探索に出ても問題なかった。玄奘が困った顔をして頼んできた。


「今日は探索を休みにして儂を手伝ってほしい。法要の代理の依頼がきて難儀しておる」


 手伝うのはいいが、法要の礼儀作法はよくわからない。喪服もなく,逆に迷惑にならないか不安だった。


「手伝いたいのですが、仏事には疎いです。それでもいいですか?」


「手伝いの人間も住職も集団食中毒で倒れてとにかく人手がほしいんじゃ。今日の法要は始祖の会の新会長の顔見せの場でもあり、どうにか乗り切れねばならん」


 普通の法要ではないんだな。クランの団長間の政治が絡むとなると、虚無皇の外交の場でもある。クランが絡むなら協力せねばならない。


 外に待たせてあった車に乗り込み法要の場所に向かう。着いた先は小さな島には立派過ぎる会館だった。会館の入口には墨字で『始祖の会 前会長 夜兎鬼灯 一周忌法要』と書かれた看板が出ていた。


 勝手口から入ると、黒の作務衣を渡されて着替える。サイズはピッタリだった。

 着替えて更衣室の外に出ると玄奘に本部に連れていかれる。


 本部には喪服姿の詩人さんがいた。詩人さんは他の係員にてきぱきと指示を出している。詩人さんは馬場にも命令を出す。


「そろそろ花輪が届く時間なので花をホールに運びなさい。並び順はホールにいる西原さんに聞きなさい。並び順を間違わないように気を付けてください」


 これはあれか、花輪の並び順とか気にする奴がいるな。馬場にとってはどうでもいい話だが、下手を打って仏さんの面子を潰すわけにはいかない。


 会場の外で花屋を待っていると、探索者でも島の人間でもない人間が次々とやってくる。


 見た感じ、政治家、企業の重役風の人間が多い。また、堅気ではない人間もいる。来客は記帳を済ませると、知り合い同士で纏まって話をしている。


 探索者の団長の法要の空気ではない。まるで、大物フィクサーの法要だ。記帳の受付にイワンの姿がある。忙しそうで馬場をチラリとも見ない。戦いの得意なイワンだが、接待役は不慣れだった。


 もっとも、馬場の存在をもう忘れているのかもしれない。

 花輪がトラックで運ばれてきた。トラックにある花輪は大小合わせて、三十近くある。


 この島のどこにこんなに花があるんだというくらいの量だ。花輪を運ぶ係は馬場一人だけ。会場に花を運ぶと西原から指示が飛ぶ。花輪を置いて戻ると、花屋が次々とトラックから花輪を下ろしている。


 急ぎ花輪を運ぶ。後半は花屋も花輪を会場に運んでくれた。そこで、花輪の並べ替えの指示が出る。花屋は梱包材の始末とトラックの移動でいなくなるので、馬場の仕事になる。


 花輪の並び順には西原も迷っていた。

「あれを、こっちに、これをあっちに。やっぱりそれはあっちにと」


 ことさらゲームのようだが、動く馬場は大変である。そのうち、一人の男性がやってくる。胸に勲章を二つ付けている。黒い髪は肩まであり、髭面である。顔立ちは少し日本人と違うのでトルコのチュルク系の外国人に見える。


 西原が指示を止めて、男に話しかける。

「二代目、何か御用ですか? 用がないのなら控室にいてください。邪魔です」


 始祖の会長のシュラは二代目か。なら、今日の法要は先代の会長になる。先代はどんな人物だったのだろうか? 会場に作業員がやってきて、写真を備え付ける。写真には大きなピンクの兎のヌイグルミが写っていた。


 業者が写真を間違えて持って来たのかと疑う。すると、シュラが写真に手を合わせる。シュラは悲しみを帯びた表情で静かに嘆く。


「会長、写真の中の貴方だけはいつまでも変わらない。今でも会長が私たちを置いていったことが悔やまれてなりません」


 写真の人物が前会長の夜兎で間違いない。でも、おかしい。夜兎鬼灯と名乗るピンクの兎の着ぐるみは知っている。ヨモギ採りの時に接触してきた謎の人物だ。だが、ヨモギ採りは夏の前。前会長が亡くなって一周忌なら時間が合わない。


 以前に接触してきた人物は始祖の会の会長の偽物だろうか? 着ぐるみでは中身がわからないので真偽は確かめようがない。


 ヨモギ採りで遭遇した兎の着ぐるみについて教えようかと思ったが、すぐに思い直した。始祖の会では既に二代目の襲名が決まっている。余計な情報を他のクランの人間が教えると、都合が悪い。下手をすれば跡目争いに巻き込まれかねない。


 外の喫煙所に灰皿の交換に行く。喫煙所に近付くと、気配を潜める人間に気が付く。相手は素人ではない。だが、馬場たち探索者から見ればまるわかりだった。気になったので身を潜めると、男の話声が聞こえてきた。


「前会長がなくなって一周忌か、早いもんだな。未だに前会長を殺した探索者は捕まるどころか手懸りがないとは、体制を刷新した始祖の会だが、威光は弱まったな」


 喫煙所にはもう一人女性がいて、男の声に応える。

「余計なことは言わないほうがいいわよ。前会長殺しには当時の始祖の会のメンバーが手引きしている噂があるわ」


 何やらきな臭い。内部の人間が関わっているなら、犯人が捕まらない説明が付く。会話の二人が動き出した。素知らぬ振りして馬場は二人をやり過ごし灰皿を交換した。


 ホールに戻ると、根津が馬場を呼び止めた。

「餅搗き係の爺さんが腰をやったわ。代わりに餅を搗いてきて。このままだと、来客用の菓子が足りなくなるわ」


「わかりました」と返事をして小ホールに馬場は向かう。小ホールではヨモギ餅を作る準備が進められていた。


「なんで、法要でヨモギ餅なんだ?」

 係の誰かが叫ぶ。

「前会長の好物だよ。また、前会長は無常さんと契約をかわした人物なんだ。ヨモギ餅は故人の偉業を讃える意味がある」


 島に歴史有りだな。ウサギの着ぐるみ姿なんてふざけた格好ではある。だが、夜兎は格好以外きちんとした人物で島の探索者のために尽力した人物に思えた。


 そのあとも、馬場は駐車場の整理、ウォーターサーバの水の補充、トイレ掃除、スタッフへの弁当配り、香典返しの袋詰めと品数チェックなどに忙殺された。


 法要が終わった後の会場の清掃が終わり、玄奘から解散命令が出るころには十六時になっていた。会場に忘れ物がないか、確認を命じられた。


 空になったホールや控室を点検する。誰もいない会場は殺風景そのもの、窓から入る日差しだけが明るい。


 ホールから出ようとした時に視線を感じた。振り返るが誰もいない。だが、確かに見られていた感覚がある。神経を研ぎ澄ます。霊能力には隠形の術がある。遣い手なら術で隠れている可能性があった。だが、見つけられない。


 足音がする。歩き方から玄奘だと当たりを付ける。玄奘が馬場の隣にやってくる。

「儂たちには解散命令が出た。夕飯にはちと早いのう。どれ、甘い物でも喰うか」


「玄奘さん、このホールに誰かが術で隠れている可能性はありますか?」


 怪訝そうな顔をするが、玄奘は印を組み何かをぶつぶつと唱える。

「おらんのう。ただ、人がいた気配は残っておる。無理もないのう。一時間前まで人が大勢いたからのう。室内に多くの人がおると、気が混じって意外との残るものじゃよ」


 気のせいなのか? 疑いはあるが霊能力に詳しい玄奘の判断なら指摘通りかもしれない。

「甘い物を軽く食べて帰りましょう」


 気にするのを馬場は止めた。

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