第二十六話 嘘か真か
詩人さんとダンジョンを歩いたが魔物とは遭わなかった。確実に魔物が避けていた。地下一層に敵がいないのなら二層へ、二層にいないのなら三層に下りるだけ。どこまで行っても魔物がでない。
戦闘がなければ収穫もない。そのまま終了となった。肩透かしであるが、魔物としては無駄死はしたくないとみえた。
ダンジョンの出口で詩人さんと別れた。帰りはぶらぶらと歩く。腹が減ったので、いかにも街の中華屋の風情の店で食事をする。味付けが辛くて合わなかった。
辛すぎるので完食するのにちょっと苦労した。ただ、店は流行っているので、迷宮島の人間は味付けが濃い目で辛い料理を好むのだろう。
再放送のドラマをテレビでやっていた。興味はないが、中華屋の古いテレビから流れるドラマは店の雰囲気とマッチしていた。
次の日にダンジョンに行く準備をしていると斥候スタイルの滝沢が訪ねてきた。前にダンジョンで斬り合った剣士とは雰囲気が違う。近くで見れば顔つきも穏やかだ。滝沢は目をパチクリとさせる。
「どうしたんですか? こっちをじっくり見て。惚れましたか?」
軽口もいつもの通りだ。馬場が前から知る滝沢だった。
「滝沢って双子の姉妹がいる? それで七本槍に所属してたとか」
「いいえ、いませんよ」
親族ではないなら、剣士の滝沢は本当に似ているだけの他人だったのだろうか? それにしては妙だ。クローンと考えれば、有りかもしれないがそんな考えは捨てていい。作る技術が島に有っても対象が滝沢では作る意味がない。
クローン兵士を量産するなら、団長格でないと採算が合わない。碑文石になる瞬間が見えた気もしたので剣士の滝沢は『ドッペルゲンガー』のような変身系の魔物かもしれないが、もし魔物なら疑問も残る。
魔物なら仏さんが見抜けないとは思えない。また、助けたのも不可解だ。謎は謎のままだが、知り急ぐは必要ない。生きていればいずれわかる。気になる次の質問をぶつける。
「襲撃からはどうやって助かったんだ?」
相手には殺意があったので命乞いの類は通用しない。滝沢が実力で切り抜けたのなら大したものだが、怪しい。
滝沢が眉を顰めて困った顔をする。
「それはいつの話ですか?」
「前回の話だよ。覚えているだろう。あのマスケット銃を使う甲冑の探索者だよ」
不機嫌な顔で滝沢は言い返す。
「ウロボロス・ファミリーに入れば襲撃はよくあることです。多い時は一日に三回、襲われますよ。一々、どこの誰が襲ってきたかなんて、よほど特徴がないと覚えていられません」
本当に嫌われたクランだな。一日三回は大袈裟に申告している。だが、そんなに襲撃が多いのなら覚えてられないのも無理はない。最後に斥候の滝沢と会ってからだいぶ時間が経っている。
襲撃者は過去の人なのか。でも、大丈夫なのかな、虚無皇がウロボロス・ファミリーと付き合って。仲間と見做されれば、嫌がらせがある、思い直す。嫌がらせされて困るような小者は馬場くらい。
上の人たちは困らない。仏さんが決めた方針なら従うしかない。下っ端の俺が上の方針に意見できるわけでもないしな。
「ダンジョンに行きますよ」と滝沢は当然の如く馬場を誘う。予定の時刻になっても虚無皇の人が来ない。今日は滝沢と行動を共にする日かもしれないが、用心しておく。
「なんか聞いているの? 俺は何も聞いてないんだけど」
電話の一本もなければ、メールもない。されど、今日の仕事の内容が事前までわからないこともしょっちゅうある。だからといって、滝沢の言葉を百%信じる判断も危険だ。
「玄奘さんがウチのクランに来て団長と会いました。その後、急に予定が入ったので、馬場くんを貸してくれると許可をもらいました」
ウロボロス・ファミリーへの使者は仏さんの指示かもしれない。だが、密会の可能性もある。また、詩人さんは謀反を企てている。詩人さんの計画の下準備で玄奘が動いていたとしても不思議ではない。
困ったな、が馬場の感想だった。誰の思惑であれ、玄奘が秘密に動いているのなら、確認しても否定される。
俺が余計な確認に動けば詩人さんの計画露呈の発端になる。計画の段階によっては俺だけが切り捨てられる展開もある。ここは馬鹿な振りして滝沢に付き合っておくのが賢いか。
ダンジョンに向けて歩いて行くと、海に大きな客船が見えた。水深の関係で迷宮島に近付けないのか遠くにいるが、かなりの大きさだ。目算で五万tはある。迷宮島の近海で客船を見た経験はない。
迷宮島に観光名所はない。観光客がダンジョンに入れば死ぬ。
「珍しいね。迷宮島ってクルーズの航路の近くにあるのか?」
滝沢がサラリと教えてくれた。
「違うでしょうね。避難船ですよ。本土から逃げてきたんでしょう。富士山に穴が空いて魔物が大量に出現したんだから、仕方なしですよ」
全く知らない情報だった。ニュースはテレビとネットで毎日チェックしている。滝沢の話が本当なら、大騒ぎになる。いかに迷宮島が本土から離れた島でも情報が入ってこないわけがない。
「魔物の出現っていつの話?」
馬場の反応に滝沢がびっくりした。
「知らないんですか? 一週間も前ですよ。政府は浜松市と甲府市を捨てて防衛線を構築したって、大ニュースですよ」
冗談にしては、大げさすぎる。浜松と甲府を放棄するほどの魔物の被害なら魔物の数は万単位だ。もしかしたら、二十万体くらい出現した可能性がある。でも、滝沢の情報が本当なら馬場の耳に入らないわけがない。
なんだろう、どうして滝沢と俺で知っている情報がこんなに違うんだ?
滝沢の顔に嘘は見られなかった。真偽はわからないが滝沢の話が正しいと仮定して会話を進める。
「ダンジョンに入っていていいのか? 本土を助けにいったほうがいいだろう」
迷宮島の探索者は強さが異常だ。二十万体の魔物がいても時間をかければ押し返せる。
「碑文石を送れって、政府からは探索者に要請が来ていますよ。なんでも、富士山に空いた穴を塞ぐのに必要だとか」
碑文石をどう使うのかはわからない。だが、魔物の湧きだす穴を塞げるのなら必需品だ。魔物の増援を止めないと被害は拡大する。ダンジョンには大勢で入るには不向きだし、並の強さではバタバタ死んでいく。
「慌てず現体制のまま行くのがベストか」
理屈はわかったが、怪しさは尽きない。本土が危機なのだから、島にはもっと深刻な気配が満ちていいはず。帰ってから情報を集めるとして、滝沢に従いていく。玄奘の顔を潰すわけにはいかない。玄奘は先輩であり、世話になっている。




