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第二十五話 勧誘

 微笑みを崩さない根津が口を開いた。

「シュラは良い部下に恵まれたようですね。いいでしょう。ここの宝箱は始祖の会に譲りましょう。シュラ会長によろしく言っておいてください」


 抗議の声を上げたかった。宝箱を譲る、では戦わずしてイワンに負けたも同然。戦って破れるならまだいい。目の前の宝を取られた上に逃げるとは恥ではないか。


 根津を睨みつけると、スーッと血の気が引いた。


 ドサッと背後で音がして振り返った。イワンは地面に膝を突いていた。誰も何もしていない、はず。動きはない。


 馬場は死の気配を感じていた。イワンもそうだろう。馬場もイワンも根津の気に当てられた。


 イワンの顔を見ればなぜ体が反応して膝を突いたのか理解できていない。


 馬場の頭の中で、誰かが警告を飛ばしていた。

「お前は馬鹿か、逆うなら相手を見てからにしろ。相手はあの根津だぞ」


 声が聞こえると冷静になれた。自分はおかしい、他の探索者を見て敵と思考した。あまつさえ、争おうとした。探索者の思考ではない。これでは魔物の発想だ。歪んだ心を振り払う。


 根津が歩き出したので、始祖の会の二人に一礼してから追いかけた。遅れたら、命に関わる。根津の足は出口に向かっていた。


「根津さん、もういいんですか?」


 気分も良さそうに根津は答えた。

「少し足りない気もしますが、これで許してあげます。今度は返済を忘れないでくださいね」


 家に帰るとまだ陽は高いが疲労感が襲ってくる。疲れたと思った。馬場は根津と濃密な一日を過ごすと寝込んだ。調子が戻るのに十日を要した。


 体調がよくなると、言いしれない恐怖は消えておた。戦いを望む心も鎮まった。


 わけがわからないが、修行に成ったのだと悟った。根津にはまた借りができた。根津は貸しだと思っていないかもしれないが、返さなければいけない。根津がいなければとうに俺は魔物になっていた。


 修行完了報告のメールを打つ。戦ったのは半日だけ。後は寝ていたがこれで正解の気がした。不十分ならまた続ければ良い。翌日に待っていると、詩人さんがきた。


「合格です」と詩人さんは馬場を一目見ただけで結果を告げる。詩人さんは戦っている馬場の姿を見ていない。それどこか、長命寺源氏蛍すら確認しなかった。


 涼しい顔で詩人さんは褒める。

「成功率八十%と評される修行を見事やり遂げたと評価しましょう」


 成功率が思いのほか高くて驚いた。いつ暴走してダンジョンに消えてもおかしくない心理状態だった。迷宮島に来る人間ではこれぐらいはできて当然なのか? 嘘だと思いたいが、事実な気もする。


 自分を基準に考えれば困難だが、根津クラスなら問題が生じたとは思えない。八重クラスでも楽々こなす気がする。


 俺は島に来る前より強くなった。でも、迷宮島ではまだ一般人に毛が生えた程度の部類か。気落ちはしていられない。こんなところで落ち込んでいたら、団員にすらなれない。


 先が長くて楽しみだと、心の中で虚勢を張った。でなければ、やっていけない。


 詩人さんが軽い感じで誘う。

「時間があるのでダンジョンでも散歩しましょう」


 お供せよとの命令だと思い従う。外に出て歩くと、夏の陽気が気持ちよかった。迷宮島の日差しは強い。海からの湿気が運ばれてくるので湿度もある。暮らしづらい夏だが、迷宮島の人は元気だ。


 弱い風が吹く中、ダンジョンへの道を歩く。修行の前と後では同じ風景のはずだが違って見えた。子供の笑い声が聞こえる。街中に流れる明るい空気も感じた。迷宮島が観光地のように感じられる。


 強くなって余裕ができた、そんなところか。馬場は一人で納得した。見れば今まで気付かなかった甘味処や洒落たパン屋がある。


 空気に甘い菓子の匂いも感じる。これまではダンジョンからの帰りは家に直行だった。これからは寄り道して帰るのもいいかもしれない。なにか、発見がある。


 ダンジョンに入ると詩人さんが行きたい場所があるのかどんどん進む。

「聞いておきたい問いがあります。私が仏さんの後継になることを支持しますか?」


 現段階で虚無皇に団員はいない。玄奘と馬場が昇進しても団員は二人。根津は仏さんの後釜に座る気があるとは思えない。となると、選択肢はなく、詩人さんで決まりのはず。


「詩人さん以外に人材はいないでしょう。それとも、仏さんは外部から後継者を呼ぶつもりですか?」


 出て行った団員は他のクランの団長をしている。戻ってくるとは思えない。虚無皇のトップが務まる実力者はそうはいない。まして、現在副団長の詩人さんより強い人間なんて世界に何人もいまい。


「では、聞き方を変えます。現時点では馬場くんは私の支持者、と考えていいですね?」


 問いには答えてもらえなかった。『皆で仲良く』なんて小学校の目標のような綺麗事は言わない。ただ、派閥とか権力闘争は好きではない。他に候補がいるのなら、明言は避けたいところだった。


「俺は詩人さんを推します」


 詩人さんは「現時点では」と発言している。なので、他の候補者を知らない今の判断として詩人さんの問いに答えた。詩人さんは、怒りも、笑いもしない。ただ、微笑を湛えていた。


「次の質問です。私が仏さんを団長の座から追い落とす時には協力してくれますか?」


 詩人さんの表情から真意が読めない。ただ、馬場を試している態度だとわかる。ここで「Yes」と答えれば、危険分子と見做される場合がある。「NO」と答えるのも賢いとは言えない。


 俺は強くなりたいのであって、偉くなりたいわけではないんだけどな。詩人さんは充分に強い。だからこそ、権力を求めに走ったかもしれない。誰しも求めるものは違う。


 頭を切り替える。詩人さんは仏さんに勝てるか? 勝てるとは思えないが、詩人さんの実力を馬場が測りきれていないだけの可能性もある。仏さん、根津、詩人さんの三人と馬場では尺度が違う。


 詩人さんに媚びを売って色良い返事をする利口な生き方もある。それで、詩人さんに勝ち目なしとなれば見限るのもまた世間と言える。だが、そういう生き方は好きではない。


 俺はどうしたいか? 馬場は己に問うと答えが見えた。


「仏さんを倒す方法があるなら協力しますよ。実行の時がきたら仏さんの倒し方を教えてください。計画が無理となれば俺は逃げます」


 馬場は仏さんを倒すと決めた。仏さんに感謝こそすれ、恨みはない。だが、倒せるものなら倒したい。無理な野望かもしれないが、強さを求めるには『打倒、仏さん』を心に掲げる必要がある。目指すなら最強、でなければ面白くない。


 馬場は自分の想いに気付き少々驚いたが、正しい道を見つけた気がした。

「覚悟が決まってよろしい。では、仏さん討伐の時は根津の相手をお願いします」


「えっ」と口から出そうになるが、意思の力で言葉を押しとどめる。すると、詩人さんが悪戯っ子っぽく笑う。


「冗談ですよ。根津は戦っていい相手ではありません。戦った経験者の私が言うのだから間違いないですよ」


 詩人さんが初めて冗談を口にした。信頼の証かもしれない。でも、早合点するほど馬鹿ではない。ただ、勝敗は気になる。


「できれば、でいいのですが、教えてください。根津さんに勝てました?」


 にっこり笑って詩人さんは答えた。


「無理でした。時間切れですね。仏さんが根津の前の主人を倒したほうが早かった。主人が死んだ情報を知ると根津はすぐに仏さんに乗り換えました。無理もないですね。主人と仏さんがぶつかるようにお膳立てしたのは根津ですから」


 根津の性格は理解しているので、驚きはしない。気になるのは根津の実力と詩人さんの戦闘力の差があるか。「時間切れ」なら根津もまた詩人さんを倒せなかった。


 戦いは純粋な強さでは決まらない。相性やタイミングが勝敗をわける。もしかしたら、詩人さんの戦闘スタイルが根津には不利だったのかもしれない。逆もまた有り得る。


 今日の詩人さんは機嫌が良かった。


「仏さんとの戦いの前には根津を調略で味方に引き込む必要があります。必須ではないでしょうが、成功させたいところです」


 根津の前の主人は根津の裏切りで死んだ。仏さんにも同じ運命が待っているかもしれない。団長を殺して虚無皇を乗っとる、いけるのか? 馬場は判断がつかないが、仏さん打倒の目標を明確に意識した。

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