第二十四話 督促
馬場は家に帰って来ると急に怖くなった。理由はわからない。このままダンジョンに入るとなぜか帰れなくなる予感がした。
家にいても気が休まらない。かといって、ボーッとしているといつの間に足がダンジョンに向かっていた。
「ダンジョンが俺を呼んでいる。長命寺源氏蛍が血を求めている」
騒ぐ血を沈めるために寝ると、悪夢を見る。起きると内容は忘れているが、恐ろしい夢だった感触は残っている。玄奘は来ないので相談する相手がいない。
七日目の朝に家のドアをノックする音が聞こえた。『死神』の単語が頭に浮かぶ。ドアの向こうには死神がいる。どうして、ダンジョンの外に死神がいるかわからない。死んでたまるかと思い、長命寺源氏蛍を出した。
「ガチャ」の音と共に、ドアの鍵が開いた。死神が入ってくると同時に斬ろうと覚悟を決めた。ドアが開いた。強く踏み込んだ、と思ったのだが、体が意思に反して後退する。
死神に殺気はない。だが、斬りかかっていたら間違いなく死んでいた。
ドアの向こうから根津が姿を現した。ドアの向こうにいたのは死神ではなかった。でも、斬りつけていたら死んでいた未来に間違いはない。心臓がバクバクと脈打つ。
明るい顔で根津は挨拶する。
「良かった、まだ生きていた。回収しにきました」
命を取られると直感的に思い、刀を構えた。刀を向けても根津は動じない。
「やっぱりおかしくなっていたわね。ほら、ダンジョンに行くわよ。死ぬ前に借りた分を返してもらわないと」
言葉の意味が分からないまま根津が続ける。
「鈍臭いわね。死ぬのも魔物になるのも馬場くんの自由よ。でも、その前にダンジョンでの借りた分は返してもらわないと」
根津への借りが思い出す。普段なら忘れないが、気がどうかしていた。微笑む根津だが目は笑っていない。
「回収を他人任せにしたり、貸した分を諦めたりする性格ではないのよ。貸したら回収するまでが根津です。早く着替えて」
返済の先延ばしはできないと悟った。回収にきた根津を追い返す方法はない。言い訳も無駄。心身の不調は馬場の問題で、根津には関係ない。
今の自分には、ここで死ぬか、ダンジョンで死ぬか、の違いしかない。馬場は諦めてダンジョンに行く用意をした。
ダンジョンに入るとやけに魔物と遭遇した。馬場は魔物を斬って、斬って、斬りまくった。どんな魔物にも圧勝した。魔物を斬れば斬るほどに気分が良くなった。
二時間もすると先ほどの沈んでいた気分が嘘のように消えた。
俺は強くなっている。体調もすこぶる良い。戦いたい欲求に突き動かされそうになる。欲望に歯止めをかけたのは根津だった。馬場は碑文石を拾い忘れていた。
後頭部に強い痛みを覚えた。振り返れば根津が手に豆を持っている。根津は笑顔だが、裏に怒りが見えた。
「勘違いしないでね。馬場くんは返済するために戦っているのよ。碑文石を拾わないってどういうことかな?」
いちいち小銭のような碑文石など拾っていられるかと反抗したかった。馬場の心に叛意が浮かんだ。途端に馬場の膝がガクガクと震えた。何事か? 数秒わからなかったが、すぐに理解する。
体が根津を恐怖している。従わなければ死ぬ。
素直に碑文石を回収用の巾着に入れる。体の震えは止まった。こうなると、嫌でもわかる。馬場の理性はいつ飛んでもおかしくない。馬場の暴走を止めているのは根津の持つ暴力だ。
力をより強い力で抑えつける。理にはかなっているが、なんか嫌だ。
「わかっていますとも、根津さん。借りはきちんと返済させていただきます」
想いと裏腹に口から出た言葉は丁寧な服従だった。なんとなく『俺はいま笑っている』と想像できた。根津に監視されながら、戦いを続ける。
戦闘に狂いダンジョンの奥に走り去りたくなる。その度に、拳骨のような威力の豆が飛んでくる。
避けようと試みたが無駄だった。
来るとわかっているのに回避できない。苛立ち反抗心が芽生えるたびに、体が『早まるな』とシグナルを送ってくる。実際のところ根津が馬場の頭を吹き飛ばそうと思えば簡単だ。
頭に障碍が残らない程度の衝撃を与えるのは根津の慈悲ではない。後輩への思いやりでもない。督促状代わりの催促。応じないと見れば根津は馬場を始末する。
高揚感と頭の痛みで気がおかしくなりそうになる。根津がいいと言うまで返済をつづけなければいけない。見覚えのある円形の部屋にきた。部屋の中央には金棒を持った黒鬼がいた。馬場は駆けだした。
黒鬼は馬場を視認すると、低い声を上げる。
「舞い上げろ、破城槌」
黒鬼が武器の解放の言葉を言い終わると同時に黒鬼の首が跳ぶ。馬場の速度に黒鬼は反応できていなかった。また、以前は弾かれた刃がすんなりと通った。俺は強くなったと、喜び、笑いそうになる。
前回と同じく、部屋に宝箱が現れる。罠を外さずに開ければ、ランプの魔神が出てくる。前回は身体が竦み勝てないと恐怖した。今の俺なら倒せるのではないかと、予感した。
カツカツと音がする。音のした方向から二人の探索者が現れた。一人は大剣を持つ戦士の若い男。年齢は馬場とさほど変わらない。
赤い髪をして、白い肌をしている。日本人ではない。男の使い古された金属鎧からは強者のオーラを感じた。
もう一人は紫のローブを被った女性だった。顔は見えないが、手には水晶玉を持っている。占い師の言葉が似合いそうだ。敵が二人なら、勝てるなと馬場は計算していた。
戦士が笑い、おどけた調子で声を出す。
「先客か、悪いが宝箱は諦めてくれ」
「嫌だ、と言ったら」
戦士の顔には自信が満ちていた。戦意もある。戦う気なら望むところ、相手になってやる。馬場が構えようとしたところで、占い師が仲間の男に注意する。
「おやめなさい。無駄死にしてはいけません。根津とは戦っては行けません。根津は会長クラスの怪物です」
会長? メジャー・クランに始祖の会と呼ばれるクランがあった。敵は始祖の会か。
馬場など眼中にないのか、戦士は馬場を気にも止めない。戦士は根津に視線を送る。
「西原副長、根津と俺の力の差はどれくらいですかね? 俺と西原副長で勝てませんか?」
男は根津の強さがわからないのか、戦いようによっては勝てると誤解している。西原は残念そうに首を横に振り教える。
「イワンの戦力を十とするなら、私は千です」
西原の意見を聞いて、イワンが不機嫌に言い返した。
「西原副長が強いのは知っていますが、俺より百倍強いってことはないでしょう」
怒った口調で西原が叱る
「いいから聞きなさい。そっちの剣士の戦力はゼロです」
戦力として問題外扱いされた物言いには腹が立つが黙った。話の腰を折りたくない。副長クラスと根津の実力の開きが知りたい。
西原が続ける。西原の声は冷静だった。
「しかし、根津の戦力は無限大です。こちらのチーム戦力は十に千を足して二で割って五百と五。向こうはゼロに無限大を足して二で割る。無限は二で割っても無限大です。勝負になりません」
大袈裟な表現だと思う。だが、クランの副長格でも根津とではそれほどまでに実力が違うのだろうか?
馬場と同じ疑問をイワンも持ったのか顔には露骨に疑いの色が浮かんでいた。
「西原副長のラプラスでも根津の勝ちは確定ですか?」
予知系の能力を持つなら西原は超能力者か。ラプラスが水晶玉の呼称なのか、西原の能力がわからないが、未来を見通せる力か、厄介だな。
西原は首を横に振った。
「いいえ、ラプラスで見える未来では私たちの勝利が確定されています。ですが、ラプラスの答えは明らかにおかしい。ラプラスの結果が歪められています。この場で全ての運命を決めている存在は根津です。逆らってはいけません」
イワンが根津を見る。馬場も思わず根津を見た。西原の言葉が本当なら根津は来るべき未来を変えるだけの力がある。
または、予知や予言の能力に干渉できる。だとすれば、根津は化物以外の何者でもない。根津はただ微笑み西原の言葉を聞いていた。




