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第二十三話 修行

 馬場はじっと手を見る。怪我はない。掌を握ったり、開いたりする。感触に問題もない。何事もなかったかのようになる現象はこれで二度目。仏さんが何かをしているのは間違いない。


 だが、二度経験したが、絡繰りがサッパリわからない。


 仏さんが軽い調子で玄奘に指示を出す。

「滝沢さんを連れて外に出て。わいは馬場くんと今後の話をする」


 女剣士の名は滝沢だった。滝沢の姓は珍しくはない。同性は否定できないが、馬場が知る斥候の滝沢と顔が似すぎている。姉妹や双子かもしれないが、本当にそうだろうか?


 馬場の疑問を気にした様子もなく玄奘が一礼する。

「承知しました。無事にお届けします」


 滝沢を見れば顔には悔しさが滲んでいた。何も言わない態度は敗者の弁は見苦しいとの美意識だ。勝負の中身からいえば、結果が逆になっていた可能性は充分有り得た。何が決め手とは言い難い。


 去り行く滝沢を視線で追う。滝沢の黒い羽織の背中に白い紋が見えた。紋は沢瀉紋だった。七本槍所属の八重と同じ紋。


 もしかしたら八重付きの団員かもしれない。次に八重に会ったら聞いてみるか。


 滝沢がいなくなると仏さんが命令する。

「長命寺源氏蛍の力の解放をみせて。それで、今後の育成方針を決める」


 仏さんに負けて以来、実戦で腕を磨いてきた。仏さんから見ていまどれくらいの位置にいるか見極めてもらおう。


「灯せ、長命寺源蛍」


 馬場の言葉に刀身が仄かに光った。仏さんは美術品を鑑定するような目で見ている。「よし」の合図が出ないので、二段階目の解放をする。


「儚なく吹き消せ。長命寺源氏蛍」


 視界が死神視点に変わる。仏さんが蝋燭に見えた。いたって平凡な一本の蝋燭。刀身が触れれば消えてしまいそうに見える。馬場に好奇心がよぎる。仏さんの蝋燭を消したら仏さんは息絶えるだろうか?


 結果は予想が付く。蝋燭が消えて、殺したと思い能力を解除する。されど、仏さんはきっと何事もなかったかのように立っている。理性では無駄とわかるが、試してみたい欲求は消えない。


 視界が明るくなった。気が付けば目の前には蝋燭の森がある。何十万、何百万あるかわからない。


 もしかしたら、万の単位では足りないかもしれない。見渡せば馬場は蝋燭の森に囲まれていた。見た記憶のない光景に圧倒された。喉が渇き、汗が出る。


 フッと一陣の風が吹く。蝋燭が燃え上がり炎の渦となり馬場を襲う。本来なら熱さを感じない蝋燭が馬場の身を焼く。苦しみから逃れるために、力の解放を解除しようとする。


 間に合わなかった、馬場は炎に焼かれ息絶えた。


 視界が戻った先に、前と変わらず佇む仏さんがいた。己を見れば無傷。幻にしては妙な現実感があった。見た光景がなんであれ、何が起きたかは説明できない。


 わかったことが一つある。仏さん相手に長命寺源氏蛍の第二段階解放は通用しない。それどころか、仏さんが何もしなくても馬場は自爆する。


 夏の夜の山火事に焼かれて死ぬ蛾。そんな言葉が頭をよぎる。炎に悪意はなく、ただそこにあるだけで蛾は身を焦がし息絶える。


「俺はまだ仏さんの敵にすらなれないんだな」と悟った。絶望もなく、虚しくもない。恐ろしくもなければ、憧れもない。沸き立つ闘志もなく、嫉妬もない。仏さんと自分の差はあまりにも大きい。


「どうや? ここでやめるか?」


 馬場の心を見透かしたかの言葉だった。

「いえ、まだ頑張ります」


 自然と言葉が出る。馬場はここで自分がまだ諦めの境地にいないと知り、ホッとした。


 仏さんが上を見上げる。


「次の方針を伝える。馬場くんは二段階解放までできると思っているようやけど、勘違いやで。一段階目の解放すら不完全。まず、しっかり一段階目の解放をものにしようか」


 一段階目はできていると反論したいが、仏さんが『できていない』と指摘するなら、当たっていると見るのが正解。ダンジョンでは、強さは正しさでもある。


 手に力が入る。心臓が高鳴った。馬場は心の奥からフツフツと沸く燃える心を感じた。

「どうすればいいんでしょうか? 特訓ですか? 修行ですか? それとも実戦ですか?」


 失敗した時の場合を考えない。たとえ、ダンジョンを彷徨う亡者となろうと引き下がる気はなかった。馬場の顔を見て、仏さんが優しく注意する。


「そんなに構えなくていいよ。馬場くんの場合はあとちょっとだから」


「宇佐さん、頼めるか?」仏さんが馬場の右後方を見てさらりと声を掛ける。


 馬場が視線を向けるとさっきまで誰もいなかった場所に老婆がいた。気配を感じ取れなかったことも驚きだが、二段階解放の時に蝋燭としても見えなかった。


 馬場は宇佐を知っていた。馬場を迷宮島に導いた老婆だ。宇佐はいやらしい笑みを浮かべると馬場を気にせず歩きだす。宇佐は揉み手をしながら、仏さんに猫なで声で話しかける。


「もちろんですよ、旦那。ただこのところ景気が悪くてね。私も老後の心配が尽きない状況でして。そこはなにぶんご理解ください。なあにほんの少し恵んでいただければこの婆は満足ですから」


 仏さんと宇佐の関係は知らない。態度からすれば仏さんには頭が上がらないどころではない。完全に仏さんはお殿様扱いであり、宇佐は自ら(へりくだ)っている。


 仏さんはベルト・ポーチから茶色い革巾着を出すと銀貨を二枚出す。「へへへ」と笑うと、宇佐は銀貨を受け取る。だが、宇佐は引き下がらない。


「旦那、世間は戦争だ、環境破壊だ、世界不況だとかで物価高でしてね。年寄りには辛い時代ですよ」


 もっとくれとは言わないが、明らかに催促している。ちょいとばかり仏さんは顔をしかめる。

「宇佐さんにはどれも関係ないと思うけどなあ」


 仏さんはもう一枚だけ銀貨を出して渡すと、宇佐は受け取る。宇佐は銀貨を大事に財布に仕舞うと馬場に向き直る。宇佐は厳しい表情に変わり馬場に命じた。

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