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第二十二話 立ち合い

 ダンジョンから戻ると体調を崩した。原因は女神像と考えて間違いない。寝込むほど酷くはないが、すっきりとしない。風邪の初期症状に似ていた。玄奘がやってくる。


 玄奘は「ふむ」と呟くと顎鬚を触って決断した。

「仏さんの予想した通りじゃな。とりあえず、五日は休め」


 休暇は有難たかった。ダンジョンには危険は付き物、一緒に入る玄奘を危険に曝したくはない。玄奘は冷蔵庫を指さす。


「食料はあるか? ないのなら儂が買ってきてやろう。気遣いは無用。同じ雑用仲間じゃからの」


 断るのも悪い気がしたので、お金を渡して頼んだ。玄奘が帰ると急な眠気が襲ってくる。無理せずに眠り、買ってきてもらったインスタント食品と冷凍食品を食べて過ごした。時折、目が覚めるとテーブルの上に食事が用意されている。


 玄奘が寝ている間に部屋に来て料理してくれている。なんか、お母さんみたいだなと思う。馬場の母親は地質学者で日本のあちこちを飛び回っていた。


 馬場に手がかからなくなると、さらに忙しなく移動するようになり現在どこにいるのかは馬場も知らない。


 母はネギマ汁が得意であり、よく作ってくれた。ふと、ネギマ汁が食べたいと懐かしく思う。すると、馬場の思いが天に通じたのか、起きた時に鍋にネギマ汁が作られていた。玄奘にリクエストはしていない。


 偶然ってあるんだな、と思い食べる。ネギの焦がし加減がよい。マグロも黒マグロのカマを使かっているのか味が良い。おしむらくは、醤油が濃口醤油ではなく、白醤油仕立てで、母親の料理と違った。だが、実に美味しい。金のとれる美味さだ。


 休暇が終わった次の日には馬場はすっかり良くなっていた。ダンジョン行きの装備で待っていると、玄奘がやってくる。玄奘は馬場の回復を喜んでいた。


「若さとは良いものじゃのう。儂ならもうこうはいかん」

 お世辞だと思うが、評価されるのは嬉しい。馬場は軽く頭を下げて礼をいう。


「すっかりお世話になりました。とくに、ネギマ汁は美味しかったです?」


 玄奘が小首を傾げる。

「はて? ネギマ汁なんて作ったかのう」


 マグロとネギの味だったので、ネギマ汁だと思ったが、食べたのはマグロではなかったのだろうか。馬場が疑問に思ったが、玄奘は気にした様子もなく誘う。


「どっちでもいいかのう。治ればよしじゃ。ほれ、ダンジョンに行くぞ。今日は仏さんがお待ちじゃ」


 仏さんが待っているのなら、何か一仕事あるのかもしれない。玄奘が内容を教えてくれなかったので、あえては尋ねなかった。陽気に照らされた道を歩きながら世間話をする。


「そういえば、仏さんはいつも何をしているんですか」

「いつもは一人か供を連れてダンジョンに行っておるのう。どこを探索しているかは知らん。知ったところで儂はついていけんからのう」


 当然の話だ。馬場とて無理だ。ここで玄奘の顔が曇る。

「もっとも、先日までは根津さんの移籍の話で奔走しておった」


 仏さんは団長なので団員の移籍に口を利く仕事もする。だが、あの根津が仏さんの元を離れるとは以外だった。迷宮島の大手クランの団長は元虚無皇の団員。


 根津とは面識がある。根津は他のクランの団長格を馬鹿にしていたので移籍できるとは思えない。

「それで、どこに移籍になるんですか?」


「仏さんが駆けずり回ったが、移籍の話はなくなった。金銭トレードも考えたが条件が合わんかったらしい」


 根津は仏さんの奴隷を自称している。仏さんが根津を売るのは有り得る。根津の性格には難ありだが、実力は確かだ。かなりの金額が動くはず。馬場は価格が気になった。


「ちなみに仏さんはいくらで根津さんを売ろうとしたんですか?」


 玄奘の眉が下がり、渋い顔をする。

「売る、なんてとんでもない。こちらから引き取り費用を出す条件で探したんじゃよ。結構な額を提示したそうがダメじゃった」


 誰も根津の引き取りを拒否した。根津と一緒に虚無皇にいた人間なら根津を知っているから、元団長の頼みでもよほど嫌だったと予想できる。


人間を騙す取引に、仏さんに後ろめたさがあった。探索者同士ならある程度の騙しはある。弱小のクランを騙さなかった判断は根津の引き渡された相手を気遣ってだ。


 根津を引き受けた相手は洒落にならない被害を負うと仏さんは想像したのだろう。


 酷い話だ。きっと、根津にはまだ知られていない恐ろしさがあると見ていい。早く借りは返してしまおう。

 ダンジョンに入ると空気がいつもと違った。気配はするが、敵意がない。魔物の放つ気配ではなく、野生動物の気配に近い。ダンジョンで暮らし、ダンジョンで生きる。


 生態系はあるが、戦争的な闘争の気配はない。


 馬場が警戒していると玄奘が先を促す。

「仏さんを待たせるわけにはいかん。さっさと進むぞい」


 歩きながら尋ねる。

「今日はいつもと空気が違いますね。何が起きているんでしょう」

「さあのう、ダンジョンだからのう」


 玄奘の態度は素っ気ない。少し気に懸かった。ダンジョンでは未知の異変に気付かなければ死ぬ。玄奘の無警戒の態度は先輩探索者としては合点がいかない。


 玄奘は空気の変化の原因について心当たりがあるのではないだろうか?


 今日はなんか変じゃないかと疑いながらも従っていく。魔物と遭遇せずに、地下四層まで下りた。地下一層と二層の魔物はこちらが強いと避けると以前に説明された。


 馬場が強くなっていれば有り得る話だ。だが、地下三層と四層の魔物とも一度も出遭わないのはなぜだ?


 魔物に休日があるとは考え辛い。到着した場所は直径十六mの円形の部屋だった。部屋ではすでに仏さんが待っていた。仏さんの横には滝沢らしき人間がいた。


 背格好と顔は滝沢にそっくりだったが、恰好がいつもと違う。黒い羽織袴を着ており帯刀している。鉢金に手甲を装備しており剣士スタイルだ。


 恰好だけの剣士ではない。立ち姿が様になっている。斬り合いの経験は積んでいる。とすれば、滝沢ではない別人だ。


 馬場が到着すると、仏さんは満足そうに馬場を見る。

「馬場くんも仕上がっているようやな。では、今日はこの場で二人に斬り合ってもらう」


 殺し合えと言うのか。仏さんの言葉には愉悦も狂気もなかった。酔狂で斬り合いをさせたいわけではないらしいが。この立ち合いの意味はなんだ。


 女剣士が仏さんに真剣な顔で尋ねる。

「相手が戦いを望まない場合は後ろからでも斬らなければいけませんか?」


 声も滝沢にそっくりだった。馬場は仏さんの答えを待つ。

「馬場くんが嫌なら辞めてもええよ。強制はしない。これは己の存在を懸けた戦いになる」


 女剣士の言い方から、向こうは斬り合いをするのは問題なしと決めている。表情を見れば女剣士の顔には『斬る覚悟』と『斬られる覚悟』がある。


 この戦いは殺し合いになる。されど。意味があると馬場は直感した。

「俺は逃げません。手心も加えません」


 玄奘が張った声で命じる。

「両者合意と確認。構え」


 馬場が刀を出現させると、女剣士は刀を抜いた。女剣士の視線は鋭い。


「始め!」の合図がかかる。刀を構えてゆっくりと間合いを詰めていく。女剣士もじりじりと進んでくる。女剣士はできると、馬場は感じた。早々に力を解放する言葉を呟く。


「灯せ、長命寺源蛍」


 女剣士の視線は揺るがない。一段階解放の長命寺源氏蛍の力は無力化されている。女剣士の武器による能力ではない。女剣士の内に秘めた力が長命寺源氏蛍の力を打ち消している。


 純粋な技量勝負になった。死の予感はなかったが、生き残れるとは思わなかった。


 間合いに女剣士を収めた時には、馬場もまた女剣士の間合いにいた。踏み込んでの一撃を放つ。女剣士も同時に動いた。


 馬場の刀が地面に落ちた。女剣士の一撃が馬場の利き腕を切断していた。反対側の手の指も三本切り落とされていた。馬場は刀を消した。


 馬場の攻撃も当たっていた。女剣士は肩から胸を大きく斬って血飛沫を上げていた。


 女剣士は険しい顔で二太刀目を振り上げた。馬場は左の掌を突きだし、刀を再出現させた。馬場が刀を押し出して突く。馬場の刀が先に女剣士の喉に決まった。


 女剣士はそれでも刀を振り下ろした。だが、速度はない。馬場はさっと横に躱す。女剣士はそのまま倒れた。


「勝負有り!」の玄奘の声が響く。


 馬場は出血で気を失わないように斬られた手を掲げる。視界の中で女剣士がぼんやりと光った。女剣士が碑文石に変わったように見えた。


 視界が一瞬だけブラックアウトした。視界が元に戻った時には女剣士は無傷で立っていた。血の跡もない。馬場の手の痛みが消えていた。見れば馬場の両手は元に戻っていた。

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