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第十九話 弱者と強者

 翌日、馬場の元にやってきたのは作業着姿の根津だった。根津の恰好から今日は引っ越しの手伝いかと予想すると、根津が明るい顔で命令する。


「今日は私とダンジョンまで配送に行きます。荷物は私が持つので馬場くんは従いてきてください。死ななければいいだけの簡単なお使いです」


 草餅を供える類の仕事なら、問題ない。だが、根津の言い回しがちと気に懸かる。馬場は外に出てすぐに自分の懸念が正しいと知る。


 アパートの前に海から引き揚げた全長二mの石の女神の石像があった。女神像は持ち運びを考慮して紐がかけてある。ここまでは問題ない。


 問題は女神像が昨日と違い明らかにわかるほどの負のオーラが出していたことだ。馬場は呪いに詳しくない。そんな馬場が見ても一目で『ヤバイ』と感じるほどの負のオーラだ。


 こんな物が道端にあったら、野良犬や烏でも近づかない。蝿やカメムシでも逃げ出す。


 根津は気にした様子もなくヒョイと女神像を背負う。女神像は屈強の男が数人がかりで汗だくになり引き上げた品。重量はわからないが普通の女性探索者が担げる重さではない。


 また、根津の顔はにこやかで、呪いによる影響は出ていないように見える。やはり、根津は異常だ。


 根津と一緒に歩くために近寄ると、途端に体が重くなった。まるで、手足に錘がつけられて、大きな石を背負わされた感覚だ。視界も暗く感じ、音が聞こえづらくなった。意識も混濁する。


 石像の負の影響は触れずとも、近くにいるだけで現れる。


「レッツ・ゴー」と根津は明るく言うと足取りも軽く歩いていく。馬場は近くにいるだけで、寿命が吸われそうなので根津から三mは離れて歩いた。


 時間が経てば慣れるかと思ったが、無駄だった。毒の沼地でも歩かされている如くに辛い。根津が暇潰しに話しかけてくる。内容は全く頭に入らない。「ええ」「まあ」「はい」「そうですか」「大変ですね」等、当たり障りのない返しをするので精一杯だった。


 ダンジョンの入口に着くだけで疲労困憊だった。体感ではもう二十四時間は歩き通した感じだった。でも、実際は一時間も経っておらず、やっとダンジョンの入口だ。このままダンジョンも入れば死ぬんじゃないかと思う。苦痛から逃れるために、座り込んだ。


「ほら行くわよ。休まない、休まない」


 根津は元気に馬場を急かす。帰るか、進むか、迷った。下手をすれば出遭った最初の敵に一撃で葬られそうだ。死にたくはないが、任務を放棄すれば自分の限界を決める気がしたので、立ち上がった。


 ダンジョンに入ると、根津は軽快に歩いていく。気を抜けば置いていかれそうだ。どうにか従いていく。少し歩くと慣れのせいか、ダンジョンの空気のせいか少しだけ楽になった。


「敵よ、馬場くん。ファイト」


 根津の掛け声が飛ぶ。前方を見れば大きな赤い虎が十m前にいた。敵に気付かなかった。今までならこんな近くに来るまで敵を見落とすヘマはしない。確実に注意力が無くなっている。刀を出現させ構えた。


 一度も重いと感じた経験がない勇魂武器が重く感じた。勝てるのか、と正直に思った。虎が注意深く距離を詰めてくる。虎が飛び掛かろうとした瞬間に止まった。虎が突如、吐いた。


 普段なら虎にできた隙を見逃さず走って斬る。だが、馬場には走るほどの気力がない。また、どうも虎の様子おかしい。


 虎が顔を上げると、鼻水を垂らし、涙を浮かべていた。「キャン」と虎が鳴く。原因はおそらく女神像。女神像の負の影響は魔物にも及ぶ。虎は近づいただけで、食中毒と強烈な花粉に似た症状に見舞われ戦闘不能になった。


 このまま逃げてくれと馬場は願った。馬場にしても戦える状態ではない。虎がくしゃみをして、背後を見せた。途端に虎が弾けとんだ。虎は対戦車砲級の武器で狙撃された。だが、どこから?


 根津を見ると、根津が手に大豆を抓んでいた。大豆は根津のオヤツだ。根津は弾いたオヤツで虎をバラバラにした。


 敵を前に安易に背を見せると死ぬ典型的な例だ。同時に馬場はもう逃げられないと悟った。任務を放棄して根津に後ろを見せれば今の虎と同じ運命が待っている。


 根津が軽い調子で命令する。

「碑文石を拾って。碑文石を拾うのは根津くんの仕事よ」


 聞いてはいないが、命じていたのだろう。ダンジョンに入る前の具合の悪さで聞き逃していた。ハアハアいいながら進み、赤い小さな碑文石を拾った。


 根津は行き先を知っているのか迷いなく歩いていく。地下二層に下りた。地下二層なら辺りを警戒せねば死ぬ。しかし、馬場には余裕がない。


 足が重い。根津について歩いていくだけで精一杯。ここまで不調の状態で根津から逸れたら死ぬ。現状では根津の傍が一番安全である。


 円形の部屋にでた。部屋に八つ出入口がある。根津が止まった。前の四方向から、紫色の炎の具足を纏った骸骨が現れる。見えるだけで数は二十、出入口からまだゾロゾロと出てくる。根津は入口で止まって、部屋の中に敵が入るのを待つ。


 ここで根津が馬場を囮にして逃げたら死は確実な状況だったが、不安はなかった。根津は両手に豆を握ると、弾き出した。単なる豆が重火器の弾丸と化した。足軽対マシンガンでは勝負にならない。


 骸骨は根津に近付くことすらできない。魔物の増援も出てきたそばから破壊される。あっと言う間に骸骨はバラバラになった。


 やっていることが無茶苦茶だなとげんなりした。バラバラになった骸骨が宙に浮く。骸骨が融合して巨大な巨人になった。


 以前、京都を恐怖に陥れた魔物にガシャ髑髏がいたと聞く。あの時は京都の異能者たち五十人がかりで倒した。


 目の前の髑髏の巨人は伝え聞くガシャ髑髏よりは二回りは小さい。だが、放つ圧が異常に強い。ガシャ髑髏の上位版だ。ガシャ髑髏は悠然とこちらを見下ろしていた。


 魔物の気持ちはわからないが、勝った気分でいるのが見てとれた。


 根津が豆を片手に持ち変える。根津は左手でチョキを作ると、指と指の隙間を左目に当てる。根津の指が光った。指の間から真っ白なビームが放出される。根津は目からビームが出せた。


 とんでもない強さと思ったが、ここまでありなんだろうか?


 ビームを浴びたガシャ髑髏が急激に熔け始めた。ガシャ髑髏は敗北を予感したのか、一撃でも根津に入れようとした。ガシャ髑髏が根津に覆いかぶさるように倒れる。


 ビームの光が強くなる。ガシャ髑髏の状態が熔解ではなく、霧散に変わる。ガシャ髑髏は根津に触れることすらできず消えた。根津は豆を再び口にしながら、馬場に命令する。


「お仕事を忘れないでね、碑文石を回収して」


 地面を探すと碑文石はなかったが、一オンスの金貨があった。絵柄は見た覚えがないので地上の物ではない。根津に金貨を渡すと、根津は躊躇わずに財布に入れた。


 これが奴隷の役得なる副収入なんだなと思うが何も言わない。今の馬場の命を握っているのは根津である。また、根津の役得を目こぼししているのは仏さんだ。


 根津の視線が逸れる。先を見れば、一体の骸骨がいた。間が悪く出遅れたために生き延びた個体だ。


「馬場くん、お願いね。さくっとやって」


 根津が疲れたとは考え辛い。面倒になったのだろう。一体ぐらいならと、馬場は刀を抜く。骸骨は機敏に動くと距離を詰める。骸骨に異変が起きた。


 馬場に近付くにつれミルミル動きが緩慢になる。纏った炎も弱くなる。女神像の弱体効果が出ている。


 骸骨が近づくのは危険と思ったのか、手を突きだす。小さな火球が打ち出される。火球は蚊が飛ぶような鈍足で放たれた。火球はそのまま落下して線香花火の如く消えた。


 表情のない骸骨だが、明らかに驚いていた。


 今だとばかりに馬場が斬りかかった。速度が全く乗らない。小学生のチャンバラのような一撃しか出ない。これが馬場の限界だった。


 ふらふらの一撃を骸骨がノロノロと避ける。骸骨は馬鹿にしているわけではない。骸骨も思うように体が動かない。


 骸骨が刀を抜いて振り上げる。馬場も刀を振り上げた。両者とも腕が全然動かない。振り下ろされた一撃は威力がほとんどなく、共に弾かれる。そんなヘロヘロの攻撃だが、両者の体勢は崩れた。ふんばりが全く効かない。


 どうにか姿勢を戻すと、馬場は息が上がっていた。骸骨の腕はプルプルと震えてる。まるで、もうお互いに一時間は斬り合ったような状態だ。


 他で見る者があれば『泥仕合』を通り越した『糞仕合』と呼ぶだろう。


 お互いに次の一撃で決めると踏み込み。力の入らない馬場の足が滑った。滑った足が骸骨の足に当たり骸骨は転倒。骸骨は根津のいた方角に転がった。馬場は早く立たねばと気力を振り絞る。


 馬場が立つと骸骨も立ち上がろうとしていた。根津はなにもしない。早く止めの一撃をいれねばと思うが、馬場は立つことすら困難だった。刀を杖の代わりにして立つ。


 ここで勝負があった。骸骨が立ち上がれずに力尽きた。纏う炎も消えた。


 根津のいた方向に骸骨は転がったので女神像の負の効果が増したためだ。ダンジョンに来て、最低の戦いだった。

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