第十六話 ヨモギ餅
翌日、馬場のアパートにやってきたのは滝沢だった。玄奘の姿はない。滝沢には前回まんまと騙されたので警戒した。滝沢は悪びれることなく告げる。
「今日は私と一緒にダンジョンに入るようにと玄奘さんからの指示です」
怪しいと思った。前回も理屈を付けて玄奘が来ない、と言い包められた。同じ手に二度も引っかかれば馬鹿もいいところだ。疑うと滝沢は小袋を掲げる。
「今日は探索ではありませんよ。ダンジョンの中にヨモギ餅を二人で運ぶのが仕事です」
昨日、ヨモギを採りにいった。ヨモギをなんのために使うかは聞いていない。ヨモギ餅を作るためにヨモギを採りに行ったのなら理解はできる。とはいえ、なぜダンジョンの中にヨモギ餅を運ぶ必要があるのかは不明。
袋の大きさからいって、ヨモギ餅の重さは1kgぐらい。二人で運ぶには量が少なさ過ぎる。
馬場が警戒していると、滝沢は馬場を急かす。
「餅が固くなる前に持っていかないといけません。さっさと届けにきましょう」
「誰に何のために届けるんだ?」
「ダンジョンの中にいる無常さんと呼ばれる狸様に渡すんですよ。無常さんはヨモギ餅が大好きで、ヨモギ餅を渡すと便宜を図ってくれるんです。知らないんですか?」
全く以て初耳だった。ダンジョンの中の魔物が何を食べて生きているのかは知らない。人間のように意識を持つなら甘い嗜好品を好む魔物がいても不思議ではない。
「無常さんは具体的に何をしてくれるの?」
「私たち下っ端には何もしてくれません。ただ、団長たちとは何か取り決めがあるようです。ヨモギが薫る季節になると、どこの団も団長のお使いでヨモギ餅を供えます」
季節の行事のような物だった。迷宮島に来たばかりなのでこういう地域の年中行事にはとんと疎い。でも、どの団も持って行くなら、虚無皇でも持って行くはず。
「虚無皇で供える餅はまだ届いていないよ」
滝沢は馬場の言葉に呆れた。
「要領が悪いですね。この餅は虚無皇として馬場さんが持って行く分です」
小袋を滝沢は渡すと、別の小袋を見せた。
「こっちがウロボロス・ファミリーの分です」
渡された袋の中身を確認する。袋を開けるとヨモギの良い香りがした。袋の中には竹の皮に巻かれたヨモギ餅が入っている。念のために滝沢の小袋の中身を確認させてもらうとヨモギ餅だった。
ここまでは話の筋は通っている。しかし、滝沢を信じていいのだろうか? 馬場が迷うと滝沢が急がせる。
「ぐずぐずしているとヨモギ餅が固くなりますよ。無常さんに固い餅を渡すなんて失礼です」
指摘されたらその通り。食品の配送なら不味くなれば、仏さんの信用に関わる。それに、玄奘が時間になっても来ないのなら、いつまで待っても来ないかもしれない。疑ったあげく、任務に失敗するのも新人としてはよろしくない。
「わかった。無常さんに会いに行こう。それで無常さんは地下何層にいるの?」
「地下一層なので大した危険はありません。急ぎましょう、食べてもらうならヨモギ餅が美味しいうちに限ります」
なんかうまく乗せられている気がする。だが、あまり人を疑ってガキの使い以下の働きしかできないとなれば本物の馬鹿だ。ダンジョンに行くのには車を使った。軽の自動運転車なので、二人で後部座席に乗った。
自動運転車の動力は電気なのか静かだった。天気が良いなと外を眺めていると、滝沢が軽い調子で質問してきた。
「馬場さんは人を殺した経験がありますか?」
さらっとした態度で聞きづらい質問をするな。馬場は正直に答えた。
「魔物が人に憑りついて分離ができない時に斬ったな。あと、銃を向けて来た奴も斬ったかな」
苦い経験だったが、後悔はしていない。勇魂武器を手にした時からいつかは人を斬る時が来るだろうと予感していた。予感をしていたら、その時が来たので斬った。相手が人だろうと魔物だろうと、命のやりとりをしているのなら、躊躇はしてはいけない。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
あっさりした態度で滝沢は答えた。
「必要があれば私を撃てるかどうか、知っておきたかったものですから」
滝沢とは知り合いだが、友だちではない。必要とあれば斬れるかと尋ねられれば、ばっさりと斬れる。だが、馬場は訳もなく人を斬るような血に飢えた人間ではない。
「なんか気になるね。俺に斬られるようなことをするの」
「そんな予定はないです。でも、斬ってくるとわかっているなら私も撃ちやすい」
良い天気の下でドライブしながらする内容ではない。ここは迷宮島なので普通の場所とは違う。こういう話題は迷宮島では血液型占いのようなありきたりな話なのかもしれない。
「気になっていたけど、ダンジョンの魔物に銃って通用するの?」
銃は人や獣に対しては有効な武器であると認める。初歩的な訓練を積めば熊くらいは殺せる。しかし、魔物の中にはガス状になり弾丸をすり抜ける魔物もいれば、鋼鉄のように硬い魔物もいる。
滝沢の銃は自動小銃。扱いやすく携帯もし易い。だが、アサルト・ライフルに比べれば威力は低い。地下二階まで進んだ経験しかないが、市販の自動小銃では少々心細い気がする。
「私の銃は敵を殺すためというより、足止めと牽制用ですね。斥候は主力として戦いません。だから、他の探索者と組むんです」
戦いにおいて先手は有利である。一撃必殺が決まれば後攻は存在しない。ペースを握られれば格上でも、何もできずに終わる。斥候がいる、いないはチームの戦術を変える。
問題もある。魔物に知恵があれば分断戦術をとってくる。斥候の孤立は死亡率が高いと予想された。
「孤立した時はどうする? ダンジョンでは戦えないと生きて帰れない時だってあるだろう」
ニコリと笑って滝沢は答える。
「秘密ですよ。ウロボロス・ファミリー内でも秘中の秘は団長以外には教えない決まりなんです」
滝沢には馬場には明かしたくない手の内があると見えた。隠し武器かもしれない。超能力や霊能力が使えるのかもしれないが、詳細は不明。組織の掟なら聞いても教えてはくれない。無理に聞くのもマナー違反だ。団長の方針なら下は従うしかない。
車がダンジョンの入口に到着した。馬場と滝沢が降りると、車は自動で走り去った。帰りはどうするのかと思うが、大怪我でもしない限り歩いて帰れない距離ではないので気にしない。
ダンジョンの中に入ると、滝沢はスタスタと進んで行く。滝沢は道を知っていた。地下一階だからと慢心せずに滝沢に斥候役を任せた。滝沢が安全を確認した道を進んで行く。
ダンジョンに入って感じたのだが、今日の地下一階はなにやら騒がしい気配がする。滝沢が戻って来ると、指先をクルクルと回すハンドサインをして馬場の後方を示す。ハンドサインは敵を意味するものだった。馬場は振り向かないが、敵が後ろから迫ってきている。
歩き出すと、敵はつかずはなれず従いてくる。背後の敵は奇襲のタイミングを見ているわけではない。魔物の気配とも違うと感じた。誰かが、こちらを監視している。
馬場が一人だったら気付かなかったかもしれないが、滝沢は気が付いていた。魔物ではなく探索者だから襲ってこないと決めつけるのは愚か者のする判断だ。これは探索者同士の争いに発展するかもしれないと、馬場は用心した。




