第十三話 狐
玄奘がまず動いた。玄奘の霊能力が発動する。
「不動神の権能、停止の勅令」
五つの光る輪が狐獣人の体を拘束する。馬場は駆けて距離を詰める。同時に刀を出す。
居合切りでまず一人の首を刎ねた。まるで手応えがない。視界がぐにゃりと歪む。馬場は敵の幻術にかかっていた。
敵の殺気を感じた。攻撃は目で捉えられない。だが、予見はできた。刀で振り上げ敵の攻撃を振り払う。体が後方に急に引っ張られた。馬場は抵抗せず、力に身を任せる。
視界が元に戻った。馬場の位置は玄奘の隣だった。
八m離れた場所には、狐獣人がいる。二人から光の輪が消えていた。狐獣人の一人は馬場と同じような刀を持っていた。
敵は玄奘の術を破り、馬場の居合切りをかわした。飛び出した馬場を始末するつもりだったらしいが、これは失敗した。
玄奘が馬場を褒めた。
「視界を歪められたのによく敵の一撃をかわせたのう」
「見えるものだけしか感知できないなんて、三流以下でしょう」
狐獣人は動かない。こちらの出方を窺っている。先の攻防では互角。玄奘も動かない。だが、馬場は黙って時間が過ぎるのを嫌い仕掛ける。
「灯せ、道明寺源氏蛍」
まずは一段階解放。刀を正眼に構える。ゆっくり歩いて距離を詰めた。狐獣人の刀を持ったほうは刀を下段に構えて距離を詰める。じりじりと間合いが寄る。
自分の間合いに入った時に馬場は仕掛ける。敵の頭に刀を振り下ろした。これは、誘い。敵に初太刀をかわさせた。反撃の一撃で仕留めるつもりだった。
馬場の一撃は敵の頭に命中した。だが、刀がすり抜ける。危険だと悟る。即座に馬場は一歩後退する。敵は馬場の脛に反撃の一撃を見舞う。だが、道明寺源氏蛍の効果で、間合いがずれて当たらない。
馬場は踏み込んで刀を斬り上げて、逆袈裟斬りにする。再度、刀がすり抜ける。気が付けば、お互いに刀を振り上げた状態で、近い距離にいた。馬場が刀を振り下ろす。敵は刀の峰で受けた。鍔迫り合いになった。
敵も馬場も位置を狂わせる能力を使う。ぎりぎりの距離で戦っては攻撃が空振りする。だが、鍔迫り合いが発生する距離なら、攻撃は当たる。ぎりぎりと力で押し合う。馬場は力で押すが、相手の力も強い。わずかだが馬場は力負けしていた。
急に右膝の力が抜けた。もう一人の敵の術だ。馬場は姿勢を崩して斬られそうになった。視界が一瞬強烈に光った。敵の面が爆発した。敵がたまらず、下がった。馬場は隙を見逃さず、踏ん張って刀を突きあげる。今度は刀が敵の首を貫通した。敵が血を噴いて倒れた。
安心はしていられない。狐獣人はまだ一人残っている。敵は光る巨大な鎚を振りかぶっていた。狐獣人は鎚を投げてくる。
いくら勇魂武器の刀でも強度に限界がある。力の塊である鎚を刀で受ければ折れるかもしれない。勇魂武器が破壊されれば死を招く。かといって、体で受ければ内臓のひとつも破裂しそうだ。
鎚が飛んできた。危険だが、馬場はべったりと地面に伏せた。馬場の体の上を光る鎚が通過していく。かわせたが、この姿勢は危険だ。すぐに体を起こそうとしたが、逆に危険に思った。
理屈ではない勘である。馬場が動かないと、狐獣人が単槍を持って飛び上がるのが見えた。馬場はごろりと転がり、上を向く。立ち上がりはしない。狐獣人の落下攻撃に備えた。
光る鎚が猛スピードで玄奘のいた方向から跳ね返ってきた。光る鎚は落下してくる狐獣人を直撃した。光る鎚により瀕死の重傷に狐獣人がなる。
チャンスとばかりに馬場は飛び起きた。動けない狐獣人の頭に刀を突き立てた。狐獣人は動かなくなり、碑文石へと変わった。勝利はした。だが、どこかで一歩、間違えていれば馬場たちが全滅していた。
馬場はこの時、怖いよりも楽しいと素直に心が躍っていた。戦いの熱狂と興奮が己の中にあった。すっと、感情が冷める。気が付けば玄奘が近くにいた。玄奘は渋い顔をしていた。
「少しは冷めたかのう。ダンジョンの熱に浮かされておると死ぬぞ。ダンジョンは人を狂わせる。下に行けばいくほどの。用心しなされ」
心が冷えて自覚する。さっきの興奮は心の内側から起きたものではない。外から与えられたもの。煙のような毒を吸い込んで、熱狂したのと似ている。玄奘は注意する。
「詩人さんから馬場くんを地下二階に慣らしておくように命令を受けておる。じゃが、拙僧はまだ早いと思うておる。努々油断なさるなよ」
玄奘の心配は当たっている。たった一度の勝利でダンジョンに心を揺るがされてはやっていけない。気を引き締めてやっていかないとすぐにダンジョンで消える事態になる。
玄奘が碑文石を拾って移動を開始する。雑談がてらに馬場は質問した。
「碑文石って現金化できるでしょう。いくらくらいですかね?」
「碑文石の質と大きさによるのう。需給の関係で相場は上下する。地下一階で普通に出る石だとコーヒー一杯より安い時がある」
安過ぎる。地下一階の魔物だって地上の魔物よりはるかに強い。生き死にを賭けた戦いで得られる報酬がコーヒー一杯では割に合わない。本土で懸賞金付きの魔物と戦ったほうが楽に稼げる。
「危険な割に安い報酬ですね。そんなんでやる人いるんですか?」
玄奘が笑って教えてくれた。
「拙僧も君もやっておるじゃろう。いるんじゃよ世の中には金勘定が下手な人間がのう」
指摘されればそうだ。危険な目にも遭った。報酬の低さも知った。だが、馬場は迷宮島から出ていこうとは思わない。充分な預金があるせいもあるが、ダンジョンにはダンジョンにしかない魅力がある。
「碑文石を集めると何かよい事があるんですか? あるから金を出して買う人がいるんでしょうけどね。使い道がわかりません」
「実は探索者のほとんどが利用法をわかっていない。碑文石が何でできていて、どうやって産まれるのか。どういう利益があるのか、これは不明じゃ。ただ、仏さんは知っておる。元団員だった、レジェンズも仏さんから教えてもらっておると思っていい」
碑文石の正体は有力者のみが知る謎なのか。別にすぐに知らなくてもいい。仏さんが知っているのなら、昇進していけばいずれはわかる。死なずに強くなれば良いだけ。
歩いている通路が来た道と違う状況に気が付いた。玄奘の性格と実力なら迷った、はない。どこかに寄り道する気だろうか? 玄奘は円形の部屋に出た。部屋の広さは直径十五m。地下一階にあった敵がいた部屋と同じだ。
部屋の中央には狐の面を付けた人がいる。体形からして女性で巫女の衣裳を着ていた。武器は帯びていないが、手には神楽鈴を持っている。強さはわからないが嫌な気配がする。
玄奘が顔を曇らせ、錫杖を構える。
「道を間違えたかのう、出口に向かっていたはずなんじゃが」
「階段に向かう道とは違いましたよ」
「まずいのう、どうやら先の戦い。拙僧は知らない内に魔物の幻術に掛けられたらしい」
先の魔物は捨て駒。ここに探索者を呼び込むための布石だった。とすると、目の前の狐面の巫女は先の狐の獣人より強い。魔物はこちらを逃がす気はない。やるしかない。




