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第十二話 詩人さんを送る

 二日間の休みが明けた。再びダンジョンに行くために家で玄奘を待っていた。先輩の玄奘に迎えにきてもらうのは悪い気がしたが、虚無皇には秘密がありそうなので疑問は挟まない。


 待ち合わせ時間を五分過ぎて、馬場の家に二人の人間がやってきた。一人は玄奘。もう、一人は四十代くらいの女性だった。女性は肩まで黒色の髪を伸ばした東洋人だった。切れ長の目が美しい。服は金の龍の刺繍がある白の上下の服にカーディガンを羽織り、白いスニーカーを履いている。


 探索者が良く使うリュックは持っていない。ベルト・ポーチも装備していない。代わりに黒革のハンドバッグを持っている。まるで、どこかに買い物に行く恰好だった。武器も所持していないので、探索とは無縁の人間に思えた。


 玄奘が女性の身分を説明する。

「こちらは虚無皇の副団長こと詩人さんじゃ。仲間内でも外でも詩人さんと呼ばれておる。馬場くんも詩人さんと呼びなさい」


 副団長の名前も教えてもらえなかった。団長も『仏さん』で通っている。二人とも本名で呼ばれるのを嫌うのだろうか? 何か理由があるかもしれないので、いずれは玄奘に聞いておこう。


 詩人が冷たい微笑みを浮かべて馬場に尋ねる。

「一つ訊きたい。ダンジョンで私と玄奘が危機に陥った。どちらか一人しか助けられない状況なら君はどちらを助ける?」


 こちらを試すような質問だった。両方助けるのが筋だと思うが、虚無皇の団員は想像がつかない実力の持ち主たちだ。ならば、答えは決まっている。


「詩人さんを助けます。俺にはどちらか一人しか助けられなくても、詩人さんなら玄奘さんを救えるかもしれない」


「君はそっち側の人間なのか」と詩人は素っ気なく返してきた。正解とも不正解とも教えてくれない。何を考えてこんな質問をしたかは心の内が読めなかった。気になるところではあるが、今はこれでいい。


 三人でダンジョンの地下一階に下りる。魔物の気配が全くしない。理由はわかる。魔物は詩人さんを避けている。詩人さんの実力が根津と同格か、根津より強いなら無理のない話だった。玄奘と詩人さんが並んで前を歩き、馬場が後ろに続く。


 詩人さんの後ろ姿を見ても強者の感じはしない。斬りかかれば斬れそうに思える。相手が斬れるか、どうかを考えるのは悪い癖だが性分なので仕方ない。


 詩人さんがどういうスタイルで戦うのか想像する。一般的に見れば、筋力や身体能力に優れていそうにはいない。超能力や霊能力系になるのだろうか? 根津と同タイプならどちらが強いのだろうかと考える。前を歩く詩人さんから声が掛かった。


「どちらも違うよ。私は仏さんと同じスタイルだ。もっとも、技量はずっと仏さんのほうが上だがね」

 馬場の心を読んだような発言だが、驚きはしない。


 虚無皇の副団長ともなれば心を読めるくらいの能力があってもおかしくはない。馬場が足を踏み入れた世界はそういう世界だと認識していた。


 詩人さんは仏さんの弟子なのだろうか? そうすれば手元に置いた理由は想像できる。詩人さんは仏さんの後継者なのかもしれない。


「俺には仏さんの能力がわかりません。マナー違反だというのなら控えますが、仏さんの戦闘スタイルってなんですか?」


 あっさりと詩人さんは教えてくれた。

「仏さんには決まったスタイルはない。武器も異能も不要なんだよ。無形の極致ともいえるし万能型の完成ともいえる」


 禅問答のような答えだ。詩人さんははぐらかしているわけではない。真実を言っている。仏さんと戦ったからわかる。詩人さんは仏さんの実力を誇張していない。


 詩人さんが問いかけてきた。

「君はダンジョンにやって来た探索者の武器が紙のハリセンだったらどう思う?」


「ダンジョンに来る前ならふざけていると思いますよ。でも、今なら違いますね。何か理由があるのだと考えますね。ハリセンに見えて実は何か凄い力を秘めた武器かもしれない」


「では、次の質問だ。探索者の武器が小型核兵器ならどう思う?」


 掴みどころのない質問だが、意味のある質問と思えた。

「極端ですね。核兵器を持ち込むのなら、核兵器を使わなければ倒せない敵がいるのでしょう。小型核兵器なんてあっても使ってほしくないですが」


「まともな考え方だな。では、核兵器よりハリセンを使ったほうが強い探索者がいたとする。なら、そいつはどちらの武器を使う?」


 ますますもって奇妙な質問だが、馬場は真剣に考えて答えた。

「あり得ない想定ですが、ハリセンでしょうね」


 詩人さんがちょいとばかり振り返った。詩人さんは微笑んでいた。

「そういうことだ。武器を使うより異能を使うより、あるがままで戦ったほうが仏さんは強い。仏さんに武器も技術も不要。あえて弱い戦い方をする必要はないんだよ」


 理屈の上では詩人さんの指摘した通りだ。そんな存在はいない、と少し前なら決めつけた。だが、仏さんを斬った勇魂武器は刃こぼれして、破壊寸前までもっていかれた。にもかかわらず、仏さんは無傷だった。仏さんには何も必要としないと教えられても驚きはない。


「詩人さんも同じですか?」

「私は少し違う。仏さんほど強くはない。だが、使用に値する武器がいまだ見つからない。私が使用するにはどんな武器も弱く脆過ぎる」


 ダンジョンには宝箱が出る。倒せば奪える武器を敵が持っていても不思議ではない。地上では見られないほど強力かつ凶悪な武器がダンジョンにはゴロゴロあるはずだ。ダンジョン製の強力な武器をしても使うに値しないとは、どんな状況なのだろう。


 地下二階を通り過ぎて、地下三階に下りる階段の前に行く。地下三階は未だ下りた経験はない。今日はどこまで行くのだろうか? 怖くもあり、興味もある。詩人さんが馬場と玄奘に命じる。


「ここまででいい。相手は私に一人で来いと要求している。二人は適当に時間を潰して帰っていい」

 誰が詩人さんを呼びつけたのか気にはなるが、余計な疑問を持つ雑用は煙たがられる。今はまだおとなしくしていたほうがいい。


 地下三階を一人で歩くなんて危険だが、玄奘は詩人さんを止めない。無理もない。詩人さんの話が本当なら地下三階くらいの魔物では詩人さんを止めようがない。


 詩人さんがすたすたと階段を下りていった。玄奘は詩人さんが見えなくなると、振り返る。

「地上まで戻るぞ。戻れないようなら、拙僧も馬場くんも雑用からお役御免じゃからな」


 強い人間の傍にいるのなら雑用にも相応の実力が求められる。一々、死んではいられない。地下一階に向かって歩き始めると、ダンジョンの気配が変わった。


 わかり易い。魔物にしてみれば、玄奘と馬場は親から離れた小鹿も同然。狙うのなら今だとでも思われたらしい。だが、それは少しこちらを馬鹿にし過ぎだと魔物たちにわからせねばならない。


 二人で並んで歩くと、さっそく魔物が現れた。敵は狐の女獣人が二人。二人とも簡素な白い服を着ている。姿は美しくもあるが、殺気があり、見惚れてはいられない。狐女はゆっくり歩いてくる。魔物は逃げる気も、逃がす気もない。


 玄奘と馬場も歩みを止めない。距離が十mに迫った時に四人が止まる。戦いの時間だった。

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