第十話 斥候の名は滝沢
トカゲが煙を上げて碑文石に変わった。馬場は出現した碑文石より、こちらを窺っている視線が気になった。敵か味方かわからない。馬場は視線に気付かない振りをして碑文石を拾おうとする。
ひゅん、と何かが飛んできた。予想の範囲内なので、刀で叩き落とす。金属と金属がぶつかる甲高い音がした。飛んできたのはサバイバルナイフだった。サバイバルナイフが飛んできた方向を確認するが誰もいない。見えない敵か?
天井から、クスクスと女の子の笑い声がした。声はすれど、姿は見えない。その内、通路の奥に走り去る足音がして、通路は静かになった。すぐには動かず、警戒したが何も起きない。見逃されたのだろうか?馬場は用心しながら出口に向かった。
外では玄奘が待っていた。女性斥候の姿は見えない。
「女性はどうしました?」
「応急手当をして詰所に預けた。どこかのクランに入っていれば、迎えが来るじゃろう。それよりそっちは時間がかかったようじゃが、敵は強かったかのう」
「女性斥候を追ってきたトカゲは倒せたんですが、そのあと妙な奴に絡まれました」
馬場がトカゲを倒した後の出来事を話す。玄奘は真剣な顔で聞いたのち告げる。
「ちと早い気もするが地下一階の試練に呼ばれたようじゃな。今日より七日以内に試練に合格せんと、馬場くんは死ぬ。どんな状況で死ぬかはわかららんが、確実に死ぬ」
死ぬと聞かされても驚きはしない。ダンジョンではなんでもありだ。試練に合格できないと死ぬ未来も本当だろう。
「試練ってどんなのですか? 魔物を倒せたら合格ですか?」
「試練は地下一階の試練の部屋に入った時に決まる。たいていは魔物を倒せたら合格じゃのう。ただし、謎々が出る時もあれば、賭博形式だった過去もある」
傾向と対策ができない試練か。そのほうが面白いともいえる。
「試練に失敗すると死ぬんですかね?」
玄奘が軽い調子で教えてくれた。
「戦闘系の試練の場合は死ぬじゃろうな。他の形式の場合はわからぬ。ただ、再挑戦はできる。生きておればな」
合格率が気になるところだが、試験にどんな問題が出るかわからないのなら聞いても無意味だ。どのみち、地下一階の試練で消えるようなら、先はない。
「今から行って受けてきていいですかね。待つのは好きじゃない」
玄奘は当然のことのように尋ねる。
「受けるのはいいが、検定料は持っておるのか?」
迷宮で試練を受けるのに検定料を納めるとか、思いもよらなかった。
「失敗したら死ぬかもしれないのにお金がいるんですか? こういうのって普通タダでしょう」
「ここではタダではないのう。金がないといつまで待っても試練が始まらんぞ。検定料は一回に付き銀貨三枚。銀貨は島の貴金属屋で買うか、迷宮の両替商から碑文石と交換で入手する」
ダンジョンの謎ルールだな。人間の貴金属屋で買うのが手っ取り早い。だがダンジョンに慣れるためには、ダンジョン内の両替屋に碑文石を持ち込んで交換してほうがよい。ダンジョンのルールに慣れておかないとスムーズに物事が進まない。
「これから両替商に行きますか?」
玄奘は俯き、数秒考える。顔を上げた玄奘は決断を告げる。
「今日は解散かのう。ちと、進展が速すぎる。仏さんに報告に行きたい。問題ないじゃろうから。明日にしよう」
さっさと試練を済ませたいが、まだ時間があるので急ぐ必要もない。玄奘には玄奘の都合や立場がある。玄奘は根津とは違い、人並みの責任感がある。思い付きで行動はしたくないと見えた。
翌日、準備を終えて家で待っていると、見知らぬ探索者が訪ねてきた。相手は馬場と同じくらいの女性だった。恰好は昨日助けた探索者とほぼ同じ格好だった。はて? どなた様だろう?
女性探索者はペコリと頭を下げる。
「探索者の滝澤連です。試練をご一緒します」
始めて見る人だ。副団長は詩人さんと呼ばれていたから、目の前の探索者は違う。会っていない団員は詩人さんだけだから、滝沢は虚無皇の団員ではない。
昨日の経過からすると、今日は三人で行くのだろうか? 馬場が疑問に思っていると、滝沢が説明してくれる。
「玄奘さんは急に葬儀の代役が入ったので来れないそうです。だから馬場さんと一緒に行って助けてやってくれと頼まれました」
玄奘は副業で坊主もやっているのか。宗派がどこかわからないが、葬式なら仕方ない。二人でダンジョンに行く。詰所で身分証を提示する。滝沢の身分証は赤色で、隅に二匹の蛇が互いの尾を加える紋章が入っていた。
虚無皇では人手が足りない時には他のクランから人を借りるのか。少人数だから無理もない。
ダンジョンに入ると、滝沢はスコープを装着する。自動小銃を持っていたので、滝沢が構える。滝沢は音を消して先行して前を進む。滝沢のブーツに特殊な仕掛けがしてあるのか音がしない。
安全を確認すると滝沢がライトで合図をしてくれるので進む。途中、引き返して進路を変更することもあった。滝沢は敵との遭遇を避けていた。現れる敵なんて、片っ端から斬ればよいと思う。
まだるっこしいが、馬場はあえて滝沢の指示に従った。探索者によっては好むスタイルがある。他の探索者のスタイルを知るのも経験の内だ。
滝沢を見ていて思ったが、斥候がいるのは便利だった。腕の良い斥候は、敵より先に気が付く。敵より先に敵を見つけられた場合、不意が討てる。回避する作戦も可能だ。地下一階ならまだいい。だが、体力を温存して進まねばならないのなら、斥候がいたほうが有利だ。
探索で勝利を決めるのは戦闘力だが、有利に進むには斥候がいたほうが捗る。敵には気付かれずに地下二階に下りる階段まで行った。滝沢は当然のように階段を降りようとした。
「地下二階に行くのか?」
「手近な両替商のいる場所は地下二階にあります。下りてすぐの所に店があるんです」
地下二階に行くのは初めてだった。だが、両替商が地下一階にいないなら行くしかない。地下二階も地下一階と造りは変わりがない。ただし階段を降りると、空気がひんやりしていた。
空気が違うな。地下一階が夜の街なら、ここは死霊が出る墓地といったところか。もっとも、ダンジョンなので、出る魔物は地上の死霊のようには弱くはない。
十m歩いた場所に扉があった。扉には文字が書いてあった。「ひらがな、漢字、アルファベット、ハングル、アラビア文字、キリル文字のどれでもないことはわかる。だが、何語かはわからない。
滝沢がノックをして中に入ったので、後に続いた。古びた木製のカウンターを挟んで、ボロボロなクリーム色のローブをきた小柄な人物がいた。顔は見えないが、纏う気配が人間ではない。敵意は感じない。
謎の人物が老いた声で何かを話す。滝沢がベルト・ポーチから小さい黒い碑文石を出して、老人に向けて弾く。滝沢は強気に出た。
「日本語を話せるんでしょう。日本語で話しなさいよ」
老人は弾かれた碑文石をさっと掴む。
「まいど」と老人は答えた。日本語で対応して欲しければチップが必要なのか、がめつい魔物だな。
滝沢がカウンターに碑文石を出して並べる。碑文石は小さいが三十以上あった。老人が枯れ木のような手で碑文石を鑑定する。
「今日のレートなら銀貨五枚だね」
滝沢が渋い顔をすると、老人は素っ気なく言う。
「嫌ならいいんだよ。もっと下の階に行けばレートはいいよ。生きて辿り着ければね」
嫌味な爺さんだな。滝沢は粘っても仕方ないかと思ったのか諦めた顔をする。
「いいわ、銀貨五枚と交換よ」
馬場は気になったので確認する。
「検定料は銀貨三枚だろう? 五枚だと一枚足りないぞ」
滝沢は「はて?」と顔を顰める。寝耳に水の顔だ。
「馬場の分は、馬場が換金してよ」
「俺の分は玄奘さんが持っているよ。あれ、貰ってないの?」
一瞬シーンとなる。滝沢が渋い表情をした。
「連絡の不備ね。いいわ、私の手持ちに二枚銀貨があるから、三枚は渡すわ。馬場の分は玄奘さんにあとで請求するわ」
玄奘はしっかりしているようで、時よりミスをする人なんだな。こちらとしては、試験を受けられるならそれでいい。




