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剛速球飛行物体とメイドさん

一瞬のことだった。


風が吹いた。そう体感した次の瞬間には、私と李乃の間を裂くような軌道で何か細長いものが地面に突き刺さっていた。何が起こったのかわからない。それが正直な感想だった。


まるで身体と思考が乖離したように、手と足は動かなかった。しかし、呆けた心地に包まれていたのも一瞬のことで、次の瞬間にはどっと頭の中へと情報が雪崩れ込んでくる。


「(...?何が起こったんだ。何が突き刺さったんだ?というか、どこからこんなものが飛んできたんだ?)」


何かが刺さった方へと顔を向ける。それは、殆ど反射に近い動きだった。


視線の先には光沢を放つ上質な黒。そして、それを縁取る金。先端近くには小型の蓋と取っ手。下半分は土に埋まっていて見えなかったが、上半分だけでもその形状は見覚えのあるものだった。

例えば、筆箱の中。例えば、文房具店。目の前にあるそれは。

「ボールペン...で合ってるのだろうか...?」

学生である自分にとっては慣れ親しんだ形状だ。しかし、問題は何故それがここに突き刺さっているのか、という点であって____


「解いたのは貴女ですか」

「ぉわっ!?」

突然背後から聞こえた声に、背筋が跳ねる。


「(い、いつの間に人が背後に!?気配がまるで無かったんだが!?)」

逃げるように一歩踏み出して後ろを振り返る。


そこに居たのは、メイド服を着た女性だった。

黒褐色の髪を後ろでお団子に纏めた、真紅の瞳を持つ女性。その凛々しい双眸は、厳しさすら感じる視線をこちらに向けている__凍てつくような零度のそれに、正直目を逸らしたくなる。膝丈下まである長いスカートに、軍隊を連想するようなブーツ。不釣り合いにも思える二つの要素が、何故だかこの人にはよく似合っていた。紐一つ、ボタン一つとってもきっちり完璧に着こなしている彼女からはどことなく、厳格な女裁判長といった雰囲気が醸し出されている。さながら、戦うメイド__といった感じだろうか。

「(こわい......けど、かっこいい...)」


急に背後に立たれた恐怖が無いわけではない。しかし、目の前の彼女の風貌はいささか私の魂に衝撃を与えすぎた。体が震える。心臓が身体中に音を響かせるのが聞こえてくる。


気配もなく背後に立つ?戦う凛々しいメイドさん?

なんだ、その胸熱設定。

「(いいな、この設定......いや、だが実際にやられるととても怖いな。というか、さっき『解いたのは貴女』的なことを言っていたような気がするんだが、『解いた』とはなんだろう。呪いか、それとも封印だろうか.......?)」


心臓の音は最早、脳内にまで響いていた。目を逸らしたいけど逸らせない。震える右手を左手で握りしめながら、ただ力が抜けたように女性を見つめている。


「...なんですか、その目線は」じと、と呆れたように女性はこちらを睨んだ。「はぁ...そんな風に怯えるくらいなら、最初からこんなことをしなければ良いのに」

「こんなこと?...て、」先程まで放心状態でメイドさんを眺めていた李乃が呟く。「えーと、私たち、たしか、変な置物を見つけて...あ!」


そうだ、置物。地面に刺さったボールペンと魂に響くメイドさんの存在で、すっかり忘れていた。

先程まで置物があったあたりに視線を落とす__しかし、そこにはただ芝生があるだけだった。瞳の模様が刻まれた石の置物など、まるで最初から無いようだった。

一呼吸遅れて、李乃が叫ぶ。「消えてる!!」


もしかして、メイド服の女性が何かしたのだろうか。ボールペンが関係しているのだろうか。というか、ボールペンが突き刺さったことにメイド服の女性は関係しているのだろうか?

私が辿り着いた結論は一つ。

「(やはり、ここは異世界なのでは...?)」

そんなことを考えながら、もっと女性をよく見ようとして恐る恐る彼女の方へと視線を移した。


「...はぁ」


「(......ヒェ)」顔色で、声色で全てを察した。怒っている。これは相当怒っている。


人が怒っているのは、苦手だ。特に怒気が自分に向けられていると自覚すると、身体が動かなくなってしまう。手足は凍ったように冷えて、言葉は震える。

どうしよう、どうしよう。

「あ、ああぁ、あの......」


「...高峰友梨花さん。米瓦李乃さん。二人とも、ここの従者寮で今日から働くバイトですよね。間違いはありませんか?」怒りを押し殺したような声で女性は問う。

「あ、はい!私も友梨花も今日からここで初バイトなんです!」


朗らかにそう返す李乃に便乗するように、こくこくと頷く__助かった。それが率直な感想だった。李乃がいて良かった。仄かな安心感を噛みしめながら、息を整えた、その最中。

「高峰友梨花さん」

「は、はいぃ!?」


いきなりの名指しである。声が震えるどころではない。だかしかし、ちゃんと聞かなければ。この先、きっとこういうことは沢山起こる。これはコミュニケーションの練習の一環みたいなものだ__必死に、自分にそう言い聞かせる。


「屋敷にある仕掛けを不用意に弄らないように。あの類のものは全て意味があってそこに設置されているんです。今回はすぐに修復できたから良いものの、仕掛けによってはその修復に専門の技師が必要なものもあります。そうなった場合、費用を弁償するのは貴女ですよ。」


「は、はい......ご、ごご、ごめんなさぃ....」


女性の怒気に、反射的に謝罪の言葉が口をついて出た。しかし、頭の中では女性の言葉に対する疑問が次々と浮かぶ。

「(えと...弄った、と言っていたが私は、あの置物に触れてすらいないんだが...?)」


女性は何か勘違いをしているのではないだろうか。だが、反射的にとはいえ謝罪の言葉を口にした以上、どうにも言い出しづらい。

「(というか結局、あの置物はなんだったんだろう...)」


「それから、米瓦李乃さん。貴女もですよ。」

「あー...確かに、私、目の描かれた置物に触ろうとしちゃってました...大事な仕掛けに、そういうことしちゃ駄目ですよね。本当にごめんなさい!」

女性の言葉に、李乃はそう言って、深々と頭を下げる。


李乃はどうやら見た目の印象よりも礼儀正しい子のようだ。明るくてフレンドリーな性格の少女だという認識だったから少し意外に思う。

「(すごいな、李乃は。明るくてコミュニケーションも上手くできて、そのうえ性格も良くて...)」


そう思ったのは私だけではないらしい。目の前の女性も、少し意表を突かれたように目をぱちぱちとさせて、少しだけ間を開けてから口を開く。


「...まあ、自分でわかっているなら良いでしょう。次からは気を付けるように。」


どことなく女性の怒気が和らいだ気がして、ほっと息を吐いた。本当に李乃がいて良かった。もし私だけだったら、余計にこの人を怒らせていたような気がする。


「あ、そういえばお姉さんは、なんていう名前なんですか?私と友梨花の名前を知ってるってことは、もしかして研修を担当してくれるバイトの先輩だったりします?」


「__ええ、そうですね。まだ名乗っていませんでしたね。」李乃の言葉に、女性は呟いた。


真紅の眼光が正面から、私と李乃を見据える。


「私は美墨真由子。貴女たちの研修を担当する者です。年も貴女たちとは随分と離れていますし、バイトでもありませんが。私が担当するからにはビシバシ鍛えていくので、そのつもりで。」


ちょっと今回の話は「どゆこと?」ってなるかもしれない...

一応今回の疑問点は次話で(ある程度)はっきりさせる予定ではあるので、どうぞご容赦くださいませ。

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