9.企み
次の日から学園にもアロルドを連れて行く。
一時間しか離れられないのだから、学園でもずっと一緒にいることになる。
授業はどうしようかと思っていたら、
アロルドは自分の席から椅子を持ってきて、私の机を借りるように隣に座った。
あまりにも大胆に動くのでハラハラしてしまったが、
周りの学生たちはアロルドを避けるように動いている。
ここでも呪いの力は働いているようだ。
そのことにほっとしながら自分の席に座る。
できるかぎり近くにいたほうがいいと、一つの教科書を二人で見て授業を受ける。
入学時から首席のアロルドは誤解されがちだが、
最初から何でもできる人ではないと知っている。
勉強も魔術も努力でここまで来ている。
真面目なアロルドが一週間も休んでしまったのは不本意だろう。
久しぶりの授業を熱心に受けている横顔に、
私はどれだけ努力したら追いつけるのかと思う。
私は……アロルドの隣にいるのにふさわしい人になれているだろうか。
昼休憩の時間、いつもの食堂ではなく個室を借りることにした。
アロルドが食堂で食べても誰も気がつかないかもしれないが、
私が話しかけるのが大丈夫なのかはわからなかったからだ。
個室に入ると、食事は二人分用意されていた。
給仕係に出て行くようにお願いして、
二人きりになったのを確認してから食べ始める。
「……便利と言えば便利だけど、不思議ね」
「そうなんだよな。人から見えないだけで、それほど困っていないんだよな。
あぁ、このまま消えたらそれは困るけれど」
「でも私と一緒にいれば消えないのでしょう?」
「うん。だから、しばらくはこのままでいいかと思い始めている」
「え?」
私がそう思っているのを見透かされたのかと思って、聞き返してしまった。
それには返事がなく、話題を変えられてしまう。
「日中は少しなら離れられても大丈夫って言ってたよな。
後で様子を見てこようと思うんだ」
「様子って?」
「ベッティル王子とイザベラだよ。
あいつらが何を企んでいるのか、聞いてこようと思って」
「……それは確かに気になるけど」
「大丈夫、すぐに戻るよ。
もし、一時間しても戻らないようだったら精霊にお願いして戻してくれる?」
「わかった。無理はしないでね?」
もうすでに決めたようだったから強く反対するのはやめた。
きっと私のためにしてくれているのだと思うし。
それからアロルドは何度かベッティル様たちの様子を見に行った。
ただいちゃついていることが多かったようだが、十日ほどした時に思わぬ報告を受けた。
「個室でベッティル王子とイザベラの他に、ブランカが同席していた」
「え?ブランカが?」
一学年のブランカとどこで知り合ったのだろう。今まで接点はなかったはずなのに。
「どうやら、エルヴィラとの婚約を破棄しようとしているらしい。
エルヴィラの有責で」
「それはなんとなく気がついていたけれど、ブランカはなぜそこにいたの?」
「王子たちの行動を指示しているのはブランカのようだ」
「どうしてブランカが……」
ベッティル様とイザベラの恋を応援して、ブランカに良いことがあるのだろうか。
学年も違うブランカがどこでイザベラと接点があったのか考えてもわからなくて、
もしかしたら妾の子という立場が同じだから応援しているのかと思いついた。
イザベラとブランカはそう考えたら似ているかもしれない。
ブランカが公爵家に来たのは私が六歳の時だった。
お母様が亡くなって一年が過ぎ、喪が明けた次の日、お父様は愛人とブランカを連れてきた。
正確に言うと、連れてきたのはいいけれど、敷地内に入れなくて私を呼び出した。
「おい!これはどういうことだ!」
「……どういうことだと言われましても。その方たちはどなたですか?」
「お前の新しい母親と妹だ」
私の新しい母親。理解できない言葉に思わず首をかしげる。
あぁ、この方がお母様が言っていたお父様の愛人ね。
これから夜会にでも行くのかと思うような濃い化粧に派手なドレスを着ている。
一緒にいる女の子がその愛人が産んだという娘。
癖っ気のある赤髪を気にしたように引っ張っている女の子は、
なぜかうれしそうに私を見ている。
「お父様、その方はお父様の愛人であって私の母ではありません」
「なんだと!」
「籍を入れていないのでしょう?
まぁ、籍を入れたとしても私とは家族ではありませんけれど」
そう言うと図星だったのか黙り込む。
お父様は私の父親として公爵家の籍に残っているだけ。
もし再婚するようなことがあればお父様は公爵家の籍から外れる。
元は侯爵家の二男ではあるが、お父様自身に爵位はない。
再婚すれば元貴族の平民になってしまう。
さすがにそんなことはしないだろう。
「……お父様は私が成人するまで当主代理となると決まっています。
その間だけなら本宅に住んでかまいません。
ただ、その愛人と娘はお父様の客人という扱いになります。
きちんとわきまえてください。他の貴族から笑われることになります」
「……わ、わかった」
六歳の娘がそこまでわかっているとは思わなかったのかもしれない。
無理やりにでも公爵家に住ませることができれば公爵夫人として扱えると。
きっとそう思って私に何も言わずにつれて来たのだろう。
だが、私は三歳から公爵家の当主としての教育が始まっている。
そう……お父様の裏切りを知ったお母様は生きていたくないと、
自分が死んでもいいように私への教育を始めたのだ。
残された私がお父様に良いようにされないようにという心配と、
自分のように甘やかされた結果何もできない女にならないようにと。
こうして私がお父様の要求をはねのけた結果、
愛人とその娘は客人の扱いのまま本宅で生活をしている。
平民なので夜会に連れて行くことは許されず、お茶会にも呼ばれない。
何度か不満を言っていたようだが、それが変わることはない。
ブランカは自分が平民だということが理解できていないのか、
私と血がつながっているから特別だと思っているのか、
たびたび離れに来ようとして精霊に嫌われていた。
本宅の使用人から手紙が届けられ、ブランカが会いたがっているのは知ったが、
成人したら出て行ってもらうことになっている。
下手に仲良くなることは避けたかった。
公爵家の当主と仲が良い平民の女など、攫われて利用されてしまう可能性が高い。
何の力もないお父様が愛人と娘を守れるとは思わなかった。