6.精霊王の問い(アロルド)
隣で気持ちよさそうに眠るエルヴィラの頬に髪が張りついているのが見えて、
そっと指先でつまんで直す。
もしかしてエルヴィラも寝不足だったのかな。
少しだけ目の下にくまができている。
幼いころと変わらないとは思わない。
すべすべの肌に少し開いた赤い唇。
そこに流れるような銀髪が首元や肩に巻き付いて、俺を誘う。
ふれてはいけないとわかっていても、その誘いは消えない。
アーンフェ公爵家の直系だけが持つ紫色の精霊眼。
きっとエルヴィラなら俺のことがわかるだろうと思った。
それでも、ここに来るのは怖かった。
もし、エルヴィラでも俺を見えなかったら。
もうすでに俺の存在がこの世界から消えているのだとしたら。
そう思ったら、エルヴィラにだけは無視されたくなかった。
エルヴィラの視線が俺の身体をすりぬけてしまったら、
もうすべてをあきらめてしまいそうだと思った。
不安を抱えたままこの屋敷へと侵入して、
まとわりついてくる精霊の相手をしながら離れへと進んだ。
ドアを開けて私室へ入ると、不思議そうな顔してエルヴィラが振り向いた。
その瞬間、驚きで目を見開いたのを見て、心の底からほっとした。
エルには俺が見える。
それだけで安心してしまって、力が抜けそうだった。
我慢できなくて、目の前で眠るエルヴィラの髪を撫でる。
起こさないように、ゆっくりと。これ以上はふれちゃダメだと思いながら。
もう髪にはふれちゃったから、髪だけならいいだろうと自分に言い訳した。
(アロルド、聞こえているか?)
「え?」
(今、精霊界から声だけ送っている。
頭の中で返事をしてくれれば聞こえる。
エルヴィラは寝ているのだろう?)
精霊王が俺に声を送っている?
俺がエルヴィラにふれているのがバレたんだろうか。
(ど、どうかしましたか?)
(うむ。あの場では聞かないほうがいいと思って、待っていた。
エルヴィラの今の状態はどうなっている?
良くない方向に進んでいるのではないか?)
あぁ、あの時、精霊王も気がついていたんだ。
エルヴィラの顔色が悪くて、元気がないことに。
(その通りです。俺はエルヴィラと婚約できませんでした。
エルヴィラは第三王子と無理やり婚約させられています。
そのうえ、その王子はエルヴィラを蔑ろにして浮気相手と一緒にいます)
(なんだと?俺はアロルドに加護を授けたはずだが?)
(今の陛下と宰相は精霊王の加護を信じていないようです。
だから当主はエルヴィラなのに、エルヴィラの父を当主扱いしています)
(……ほほう。それはずいぶんとなめた真似をしてくれたな。
加護を外された男を当主だと?)
エルヴィラの父親は婿であって、公爵家の血を継いでいない。
だから、本来ならエルヴィラのことに口を出すことはできないのだが、
エルヴィラの母が亡くなった時はまだ五歳だった。
当主が幼いことを理由に、当主代理として好き勝手している。
オーケルマン公爵家は抗議したのだが、他家のことだと聞いてもらえなかった。
(それで、アロルドはそれでいいのか?)
(まさか。最後まであがきますよ。
それでもダメなら、エルヴィラをさらって逃げます)
(エルヴィラがいなくなればこの国は終わるぞ?)
(わかっています。これは俺だけじゃない。
オーケルマン公爵家も一緒です。この国よりもエルヴィラを守ります)
ちゃんと両親に許可はもらっている。
最初は俺だけでエルヴィラを連れて逃げるつもりだった。
それを話したところ、激怒された。
エルヴィラがいなくなれば、この国は終わる。
そんな国に俺たちを残すつもりか、一緒に逃げるに決まっているだろうと。
思わず脱力してしまった。
もう少しかっこいいこと言えばいいのに。
両親だって本当はエルヴィラが大事で守りたいと思っているのは知っている。
(あい、わかった。それでは、何かあればエルヴィラを連れて逃げろ。
精霊たちはエルヴィラと共にいる。
世界のどこにいても、エルヴィラとアロルドは加護が守るだろう)
(あ、ありがとうございます)
ぷつりと精霊界とのつながりが切れた感じがした。
急に呼び掛けられるのはもうこれっきりにしてほしい。
やましい気持ちが無かったわけじゃないから、怒られるのかと思った。
さすがにもう寝るかと目を閉じたら、今度はエルヴィラのいい匂いに気を取られる。
なかばやけくそになって、自分に眠りの魔術をかけた。
気がついたら朝で、エルヴィラはもう着替えていた。




