第143話 しょどもさかだれ
「老い……が、絶対の不幸だって?」
竜宮童子の言葉に、俺は唖然とする。
「それってバフじゃん」
その言葉に、
『お前だけだよwwwwww』
『年食って強くなるのは一部だけなんだよ』
『遠野人と一緒にするなwwwwww』
『普通の遠野人「キチクと一緒にするな」』
『いやぁ老いも普通に幸せに繋がるんだけど? ソレを理解出来ないのが不幸なだけで』
『八百比丘尼の伝説を知らんのかこの童……老衰は祝福、救いの類やぞ?老いれば分かる』
『幸せそうな老夫婦とか』
『年食っても幸せそうな老夫婦は、普通に羨ましい』
『まあ老化がバフは無いがな』
『普通にデバフだろ』
……え?
「……え?」
『えじゃねえよキチクwwwwww』
『こいつはwww』
『通常営業』
それはともかく。
竜宮童子は言う。
「それは老いの苦しみを知らないか、単なる強がりだよ。ああ、老いは絶望だ。
美しき少女も逞しき青年も起きれば醜くなり、鍛えた肉体は痩せ、避け得ない病に蝕まれる。そして無力な骨と皮に成り果て、苦しみと絶望の中で死ぬ。それが老いだ。
乙姫を見たろう?老いる事を恐れ、人間から若さを奪い貪る醜い姿。ああはなりたくないね」
肩をすくめ、首を振る竜宮童子。
「だから僕は、人間に幸せを与え、幸運をもたらす。その因果の帰結として、若いうちに幸せの絶頂の中で安らかに死んでもらうのさ」
「な……!?」
「幸せに溺れ、何も考えない、何も悩まない、何も苦しい事など無いうちに死ぬ。素晴らしいじゃないか。
老いさらばえてからでは、どれだけ金をつぎ込んでも、若くもなれず病も癒えない。どれだけ強がり、自分は幸せだと言ったところで現実は変わらないのさ」
竜宮童子は歌うように語る。こいつは、自分の狂った理論をまるで疑っていない。
「そうやって、みな老いさらばえる前に幸運と幸福の中で人生を終える。最高じゃないか! これぞ人類の理想郷、ああ竜宮浄土が全てを満たす!」
壊れている。破綻している。こいつは、完全に狂っていた。
まるで、最初からそう作られたかのように。
「よく、分かった」
最初から意思疎通など不可能だった事が。
「ならどうする。僕を殺す? 僕を壊す? ああ、そうするといい、無駄だけどね」
「な……に?」
「僕と幸せダンジョンの噂話、都市伝説は少しずつ、確実に行き渡り広まっている。
そして人間は、ああ、後のことなんか知らない、今が幸せならそれでいい――そう思う人間がどれだけいると思う?
それだけじゃない、自分だけは大丈夫、自分だけは上手くやれる――そう確信する人間が大量にいて、彼らは幸せダンジョンを、僕を求める。
そう、幸運にもこの配信を観ている君たちさ。ああ約束しよう、君たちにも幸運が訪れる!!」
――こいつ!
この生配信を利用して、自分を増殖する気か!
「人間が望む限り妖怪は生まれる、滅びない。ましてやダンジョンという不思議が、理不尽が現実のもの、一般的なものとなったこの時代、ああ、まさしく竜宮童子は不滅さ!」
勝ち誇る竜宮童子。ここでこいつを倒し竜宮ダンジョンを崩壊させても、人が理不尽な幸せを望む限り、ダンジョンが次なる自分を生み出すと。
……そしてそれは、おそらく正しい。
竜宮浄土は日本各地にその伝説が残されている。
それらが次の幸せダンジョンになっていくなら。感染するのなら。
俺に打つ手は――無い。
「そうだな、確かに……ここでお前を倒しても無駄なのかもしれない」
だけど。
だから――!
「というわけで俺には打つ手無し、降参だよ。
だから――先達の方々にぶん投げる事にする」
俺は正義のヒーローじゃない。無敵のヒーローじゃない。ただの探索者だ。
だから、より適材適所な人たちに任せる事にした。他力本願上等だ。
俺は懐からそれを取り出す。
「シュウゴ、それ――」
そう、それは1個の鈴。
デンデラ野の老婆から預かった、彼らを呼ぶ鈴だ。
「そんなに老人が嫌いなら、彼らの仲間になればいいのさ」
そして俺は鈴を鳴らす。
ちりーん。
鈴の音が竜宮に響いた。
「何? そんな音なんかで……」
竜宮童子が笑う。
『おいなんかヤバい雰囲気だぞ』
『見てたら背筋が』
『えっなにコレ』
『寒気とか』
『悪寒がするんですけど……』
そして、竜宮童子が気配を感じたのか、怪訝な顔で振り返る。
振り返って、しまった。
そこには――
「う、うわああああああああああああああ!!」
手だ。
無数の手があった。
それだけなら、日狭女の「死者の手」にも見えるが、決定的な違いは……
筋張り皺の刻まれた、老人達の腕だった。
老人の手、手、手、手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手――――――――
無数の老人達が、魑魅魍魎、百鬼夜行、ゾンビパニックもかくやと言う勢いでそこに現れていた。
『ぎゃあああ』
『ホラーだ』
『怖っ!』
『ひいいいい!』
コメントが軽くパニックになる。
そして老人達の手は、竜宮童子の手足や身体、頭を掴む。
「しょどもさかだれ
「しょどもさかだれ」「しょどもさかだれ」
「しょどもさかだれ」
「しょどもさかだれ」「しょどもさかだれ」
老人たちが輪唱する。
「な、なんだこれはああっ!?」
「デンデラ野の老人たちだよ。喜べ竜宮童子、幸運にもお前は彼らに出迎えられた。デンデラ野の仲間になるのさ」
その言葉に、竜宮童子の表情がこおりつく。
そう、俺もデンデラ野の老人たちも、竜宮童子を倒さない、殺しはしない。
ただ、竜宮童子と幸せダンジョンの物語にさらなる結末を付け加える。その末路を配信する。多くの人がそれを見て、動画は拡散され、人々の噂話を塗り替えるのだ、幸運にも。
お前の取った手法を、逆手に取らせてもらう!
「幸せダンジョンの竜宮童子は、デンデラ野に迎えられ、老人達の仲間としてそこを二度と出ることなく永遠に幸せに暮らしましたとさ、どんどはれ」
その言葉に。
「い、嫌だああああああ!!」
竜宮童子は叫んだ。それは断末魔だった。
「僕はただ、みんなを幸せにしただけだ! それが何故こんな目にいい!!」
「その幸せが、勝手な押し付けだからだよ。
デンデラ野の老人たちは自分達が捨てられてなお、里に降りて若者たち、自分の子ら孫らの手伝いをする老人達だ。
そんな人たちが、自分の子孫たちの未来を奪われたんだ。許すわけが、逃がすわけがないだろう?」
「ああああああ!!」
もがく竜宮童子。その身体が砕け、手足がバラバラになる。
血は出ない。ただ、紙で出来た人形を破られたかのように、彼の身体がバラバラに、なった。
「あ――」
竜宮童子は、それで全てを察したがのような絶望の顔を浮かべる。
「ああ――そうか、なんだ――そういうことか。ははは、僕は……竜宮童子ではなかった。ただの――――」
そして。
老人たちは、彼を連れて――ハカアガった。
後には。
ただ、静寂が残されるのみだった。
あとら竜宮城が崩壊し始めた。
うん、まあ今回はそうするつもりではあったけどさ。




