第142話 竜宮童子
「千百合!」
俺は叫ぶ。
玉手箱の老化の煙。それを俺の代わりに千百合が浴びてしまった。
『おいまてやめろ』
『ロリがガチババアとか見たくない』
『やめて』
『千百合ちゃん!?』
『戻して』
視聴者たちが叫ぶ。
そして煙が晴れて――
「……」
千百合が変わらずそこにいた。本当に何も変わっていない。
『え?』
『ん?』
『wwwwww』
『よかった』
『知ってた』
『草』
『あれ?』
『また大人バージョンになるのかと』
『戻し……あれ?』
「な……!?」
乙姫が唖然として叫ぶ。
それはそうだろう、乙姫にとって切り札だったに違いない。
それが直撃したにも関わらず、何の効果もないのだ。
「……ふふん、老化攻撃はボクには通じないよ。だってボク、人間でも生物でもなく、座敷わらしだから」
彼女は女神の分霊だ。最初からそういう「子供の姿の神」として生まれている以上、成長も老化もしない。
いや前に一度成長した大人の女性の姿になったけど、あれは厳密には年を経た成長ではなく、本体である女神の姿に回帰しただけだ。
つまり彼女に老化攻撃は通じないということだ。
対乙姫特効だな。
「ぬうううううんっ!」
しかし乙姫は再び煙を噴出する。それは弧を描き、千百合を避けて俺に襲い掛かる。
『ぬうっ! 主よ危ない!』
日宝寿がその煙を打ち払う。そしてその煙が刀身を包む。
不味い――!
「か、かかかか――! そこの童女妖怪はともかく、武器ならば! 歳を経て朽ちて錆びるがよい!」
乙姫が勝ち誇る。今度こそ、と。
だが――
『く、ぐははは! 効かぬ、効かぬなあ!
我は刀、我は刃、我は力!
日本刀が時を経て妖怪化した我にとって、年月を重ねるという事は、すなわちより強くなることに外ならぁぁぬ!』
日宝寿は明らかに凶悪なオーラを放つ。
うん、年を経て強くなる系の妖怪だからなあ、妖刀や付喪神って。
危険だから連れて来てなかったけど、もしここに鈴珠がいたらすごく強力な妖狐になってたかもしれんな。連れてこないけど。
だが――そうやって安堵の息をついた瞬間。
「!」
煙は――もう一塊、存在していた。後ろから迫る煙。
日宝寿への煙は囮、これが本命か!
「しまっ――」
俺を玉手箱の煙が包む。
『キチク!?』
『おいちょっと不味くね』
『キチクがジジイになる!?』
『マジかよ』
「! シュウゴ!」
「かか、かかかかかかかかか! 妖怪は中々老わぬ、しかし人間は容易に老いる! そして老いれば弱くなる、醜くなる!
哀れよのう、人間は! ぐわははははは!!」
千百合が叫び、乙姫が勝ち誇る。
なのでワシは――
「ぎゃぶっ!?」
乙姫が悲鳴を上げる。ワシの拳が乙姫の横っ面に突き刺さり、そのままふっ飛ばしていた。
『えっ』
『えっ』
『えっ』
『!?』
『!?』
『何があった!?』
「な、何じゃ貴様は……何が起きた!?」
狼狽する乙姫に対し、煙の中からワシは言う。
「ワシの師匠たちはな、老齢ながら無茶苦茶強くてのう。天狗のジジイもそうじゃったが、ダンジョンに入らずとも化け物みたいじゃったわ。
そして遠野に伝わるデンデラ野の伝説ものう。あの爺様婆様たちは、姥捨て山に捨てられて尚、平然と山からハカダチして里の若者の農作業を手伝い、山にハカアガる生涯現役、老いて尚壮健じゃったわ。
すなわち――」
煙が晴れる。
自分の顔がどのようになっているかわからぬが、確実に老いているのは腕を見ればわかる。
筋肉が落ち、筋張り、肌はひび割れたように皺が刻まれている。
つまり――
「遠野の人間にとって、老化は能力強化じゃ」
今のワシは、先程までより確実に強くなっておる。負ける気がせんわい。
『ちょって待てジジイwwwwwwww』
『いやその理屈はおかしいwwwwwwwww』
『どうなってんだこいつwwwww』
『やべぇかっこいいぞこのキチクジジイ』
「ふ……ふざけるなあああ!!」
乙姫が突進してきて、その拳を振るう。
だが、ワシはその全てを受け止め、いなした。ぱぱぱぱぱん、と軽快な音が鳴る。
「なっ……!」
筋力だけなら乙姫に軍配があがる。だが、柔よく剛を制すじゃ。力に逆らわず受け流せば、この程度の攻撃など造作もない。
天狗のジジイや師匠連中なら腕で払う事すらせず流すじゃろうな。
やれやれ、上を見ればきりがないわい。
「貴様……!」
「ゆくぞい、日宝寿」
ワシは日宝寿を鞘に納め、そして構える。居合切りの構えだ。
「おのれ……! おのれ、おのれおのれおのれ! 人間風情が、妾を愚弄するかアアア!」
乙姫が怒りに叫ぶ。そして再び煙を噴出する。
しかしワシは動じず、ただ一閃。
「遠野抜刀術――遠野斬り」
次の瞬間。
「が――――」
乙姫の巨体は、煙ごと両断された。
◇
「――む」
煙が晴れる。
そして俺の身体は、元の若い姿へと戻っていた。
なんだろう、助かったような、ちょっともったいないような。
「もう、焦ったよシュウゴぉ」
千百合が言う。
「悪い。まあこっちも一瞬焦ったけどな」
「えへへ、そうだよねー」
俺たちは笑いあう。
「さて」
ボスモンスターを倒しても、終わりではない。
この竜宮城ダンジョンの、ダンジョンコアをどうにかしないといけないのだ。
俺は言った。
「――出て来いよ、竜宮童子」
◇
俺の言葉に、乙姫の座っていた御簾の後ろから出て来る、一人の少年。
歳は十歳くらいか、子供だ。
だけどこいつは見た通りの子供ではない。
幸せダンジョンの案内人。
探索者に幸せをもたらすもの。
そいつは――
「竜宮童子」
民話に語られる、人に幸せをもたらす竜宮の使い。良き事をした者、竜宮に(それとは知らず)貢ぎ物をした者などの元に現れ、幸せをもたらす存在だ。
だがその物語では、大半が人間の元を去り、不幸が訪れる。
幸せに慣れ、図に乗ってしまったが故にその幸運を手放してしまう因果応報の物語である。
だが、こいつは……。
「ふふ、見事だね。褒めてあげるよ、乙姫様を倒すとはね。
いや、なんかすごいよね君。普通なら与えられた幸せに溺れるのに」
「悪いが幸せには慣れてるからな。
……お前がダンジョンコアか」
「うん、そうだよ」
供養絵額ダンジョンに続いて、喋る人型のダンジョンコアがまた一体、か。
しかも目撃例によるとこいつはダンジョンの外にも出歩いている。
それは恐らく……
「分身、分御霊か」
「へえ」
俺の言葉に、竜宮童子は笑う。
「御明察。人間たちの前に現れたのは僕達さ」
「目的は何だ。乙姫にただ従っているのか、それとも……」
「まさか」
竜宮童子は笑って否定する。
「あれはただの乙姫の影、成れの果て。ただのボスモンスターだよ」
竜宮童子は言い放つ。
「僕の目的はあんな化け物とは違う。ただ人に幸せになって欲しい、そして不幸な目にあって欲しくないだけだよ」
竜宮童子は言う。その言葉に嘘はないように見えた。
「どこがだよ!」
叫んだのは千百合だった。
「みんな苦しんでる、理不尽な幸運に翻弄されて困ってるんだよ!
そして行方不明になったり死んだりしてる人たちがいる、それのどこが幸せなのさ!」
「千百合……」
「……へえ」
竜宮童子は興味深そうに俺たちを見る。
「なるほど、人間や座敷わらしにとってはそうなのか。悲しいね、真の幸せを知らないなんて」
「真の……幸せ……?」
「幸せとは、不幸の排除さ」
竜宮童子は大きく手を広げて言った。
「不幸の排除……?」
「そう。どれだけ幸せを運び幸運をもたらしても、その後に不幸が来たら意味がない。
そして人間には必ず、避け得ない不幸が絶対訪れる。
それが何かわかるかい?」
竜宮童子は言った。
「人に、いや生きとし生けるものに必ず訪れる不幸――それは、『老い』さ」




