第140話 竜宮浄土
幸せダンジョンに近づくな。そう俺は釘を刺された。いや釘を刺した本人の東雲さんは、めっちゃ壊してほしそうだったけど。
確かにあれは危険である。
そして危険だからこそ魅力的だ。そういったものを前にすると人の知能指数は容易に下がり、そしてそれを得るため、護るためになら人間は容易に凶行に手を染めるだろう。
現に、不運にも何人かのそれっぽいエージェント的な何者かが襲ってきた。
そして幸運にもあっさり返り討ちに出来た。
彼らはどこぞの会社から雇われた連中っぽかった。よかったぜ、国や探索者協会からの刺客とかじゃなくて。
『つか探索配信中の探索者を襲うとかアホだろwwwwwww』
『そもどうやってキチクを始末できると思った』
『事故とかを装うつもりだったんだろうなあ』
『でも、その事故を装うってのもあながち間違いじゃないんだよね。ダンジョンに潜ってると、何が起きるかわからないし』
『キチクの場合は「ダンジョンで何しでかすかわからない」だろ』
『壊すからなあ』
視聴者たちが色々言っている。俺はとりあえず襲い掛かってきたエージェントさんたちを縛り上げ、協会に突き出すためにダンジョン入り口に戻ることにした。
「というわけでいったん戻って、それで改めて仕切り直す事にします。こいつら縛り上げて転がしといてもいいけど、そうすると魔物に襲われて死にかねないからな……と」
そう言いながら道を戻っていると、往路の時には無かったものが現れていた。
鳥居だ。
黄金色の鳥居が、不自然にそこに在った。
鳥居の向こうには、穴。
往路の時には無かった、道がそこにはあった。
……怪しい。
めちくちゃ怪しい。
だけどこれは……。
『おいおい』
『もしかしてあれって』
『噂のアレか』
『幸せダンジョン』
『幸運にも見つけましたね!』
そして、その奥に……小さな人影が見えた。
子供だ。
千百合と同じくらいの、おかっぱ頭の少年だ。
「あれは……」
俺が彼に気づいた時、彼は指をちょいちょいと動かす。こっちにこい、というジェスチャーだ。
そして少年は闇の中に姿を消す。
……誘っているな。どうするか。
いやどうもこうもないな。あれが幸せダンジョンの水先案内人なら、進むしかない。
問題は簀巻きにしているこいつらか。連れて行くのは論外、ここに置いてても死ぬしな。しゃあない。
「おい」
俺はこいつらを縛り上げている縄を外し、遠野式気つけ術で目を覚まさせる。
「今回は逃がしてやる。とっとと去れ。あと、ついてきたらガチで殺す」
「ひ、ひいいいいい」
エージェントたちは一目散に逃げていった。
「……さて、と」
この奥に幸せダンジョンがある。
「千百合、どう思う?」
「うん、間違いないね」
座敷わらしが言うのだから間違いあるまい。
「これも、幸運って奴か」
なるほど、あっさり見つかるとは都合よすぎる。俺は自嘲しながら、そひへと足を踏み入れた。
◇
暗闇の中、ただぼうっ、と金色の鳥居が続く。千本鳥居というやつだ。
足元の感触は、濡れた岩、という感じか時折水たまりがある。
そしてかすかに、潮の香りがした。
鳥居は続く。そしてその向こうに、ぼんやりと子供の姿がある。こちらを誘うように歩いている。俺は、それを追った。
やがて、鳥居が途切れた。
『えっ』
『ナニココ』
『外?』
『いや……海?』
『なんだあの建物』
広がった空間だ。
空を見上げると、頭の上に水面がある。
ここは水の中だ。しかし息が出来る。水中特有の抵抗感も無い。空気がちゃんとある。そんな矛盾した空間だった。
そして眼前には、豪華な屋敷、いや、城があった。
「竜宮浄土……」
千百合がつぶやく。
竜宮浄土。それは竜宮城と言った方がわかりやすいだろう、浦島太郎で有名なそれだ。
竜宮城は浦島太郎の昔話の専売特許ではなく、さまざまな各地の昔話、伝承で語られる、海の異界である。
「なるほど、な」
だいたい話が繋がってきた。
竜宮城、竜宮浄土は迷い込んだもの、招かれた者に福と富を与えるという。
それがダンジョンと化したなら、なるほど確かに幸せを振りまくダンジョンになるだろう。
となれば、あの少年の正体は――
『ついに突入か』
『また壊すのかキチク』
『幸せダンジョンに訪れる不幸――!』
『逃げて乙姫様ー』
「……今回は、場合によっては壊すよ」
俺は言う。
「ここを攻略する事で、この理不尽な幸せが収まるなら、それでいい。でも、そうじゃなかったら――」
破壊するしかない。
ここは、幸せの果てに多くを不幸にするものだから。
「というわけで、早速ダンジョンに突っ込んでいきまーす」
「おー!」
俺と千百合は、竜宮城へと乗り込んだ。
◇
竜宮城を語る時に有名なフレーズがある。
タイやヒラメの舞い踊り、というものだ。
たしかにそれは実在した。その通りだった。
「シャアアアアアア!」
「グゲァアアアア!」
鯛やヒラメが牙をむいて襲い掛かってきた。殺意満々の大歓迎である。
竜宮城、城の中は豪華絢爛の一言だった。床も柱もきらびやかで、しかし魚臭いというわけでもなく、磨き上げられた大理石のような質感だ。
そしてそこに、不釣り合いに殺意満々な鯛やらヒラメやらが襲い掛かってくるのだ。
他にもサバやエイ、ウツボにタチウオなど様々な魚が殺意全開で襲い掛かって来る。
「ふんっ!」
俺は刀を振り、魚を薙ぎ払い、そして突き進む。
「千百合、ちゃんとついてきてるか!?」
「大丈夫だよ!」
ならばよし。俺達はそのまま城の中をずんずんと進み、階段を上ってまた廊下を抜け、どんどん奥へと進んでいく。
『綺麗だなあ』
『こんな豪華なダンジョン初めて見た』
『前の殺生石のダンジョンも中々に雅だったけどここもすごいな』
『まさに絵にも描けない美しさってか』
『魚が襲ってきてる現状にさえ目をつぶればな』
『永久保存版だろ、魚殺戮解体ショーさえなければ』
『やはり中々映える画像が撮れない、これがキチククオリティー』
「好き勝手言うなあ、もう!」
俺は刀を振り、マグロを三枚におろす。
「……なんかすまん」
俺は日宝寿に謝る。こいつ、日本刀として振るわれたかったのに、やっていることは魚相手でまるで刺身包丁である。誇りもなにもあったもんじゃねぇな。
『かかか、歓喜歓喜歓喜ィ! 人に仇なす魑魅魍魎妖怪変化どもを切り裂く、これもまた刀の誉れよ! もはや我は妖刀ではない、退魔の刀なりぃ!』
……。
まあ本人が納得しているならヨシ! 中々にフレキシブルな刀だな、蛇に化けるだけのことはある。
「待てぇい!」
進んでいると、眼前に巨大な人影が現れた。
それは巨大な、身長3メートルは近い巨漢。
鎧武者の身体に、平家蟹の頭をくっつけたような姿の妖怪だった。
「我は蟹大将! 竜宮の警護を任されし者なり! 客人よ、ここより先は乙姫様の待つ大広間!
進みたくば、我を倒してからゆけい!」
大見得を張って来る蟹大将。
「さあ、さあさあさあ、いざ!」
蟹大将は武器を構える。さあどうする。敵はかなり強そうである。まずは相手の出方を……。
「さあ、さあさあさあ、いざ!」
蟹大将は叫ぶ。
「さあ、さあさあさあ、いざ!」
……。
蟹大将は叫ぶが襲ってこない。
いや、もしかしてこいつ……。
『蟹だから前に進めない?』
『いやいやいやいやそれは……マジで?』
『wwwwwwwwwwww』
『蟹だもんなあ』
『やーいやーいw』
『蟹さんドンマーイ』
そういうことである。
よく言えば迎撃専門。なるほど門番としてはうってつけであろう。門番以外何もできそうにないが。
とりあえず俺は、刀を鞘に納める。そして壁とかにある装飾をはぎ取った。
「貴様、何を!」
「ふんっ!」
全力で投げた。
「ぬうっ!」
蟹大将はそれを持っている槍で払う。なるほど、確かに戦闘力は高いな。
だけど……。
「ほっ、はっ、ぜりゃっ、おらっ!」
投げる、投げる、投げ続ける。
「ちょっ、こらっ、この卑怯者、正々堂々とっ、あっ!」
次々と払い落とすが、だんだんと手に負えなくなる。
そして。
「えっ」
蟹大将が間の抜けた声を出す。
俺が投げたのはダンジョン探索者協会の売店で購入した魔石爆弾だ。
それが爆発した。
「ぐわぁあああああああ!!」
流石に武芸の技で射撃武器を迎撃、払い落とせても爆弾には無力だったようだ。
『ひでぇwwwwwww』
『蟹さんが焼きガニに』
『これはひどい』
『鬼! 悪魔! キチク!』
「頭脳プレイって奴だよ。俺の基本戦術はそれだからな」
「ああ、うんそうだね」
千百合が目を逸らしながら言う。何か異論でもあるのか?
まあいい。この先がボス部屋ってことだ。
「いくぞ」
俺はその扉を開けた。