第139話 幸せダンジョン接近禁止令
「はぁ、女見る目ねーよなあのキチク」
「まあダンジョンしか頭にない変態だし」
「ロリコンっていうからいけると思ったんだけどなー」
「あいつ中学生以下しか興味ないらしいよ、キモっ」
「それ変態すぎー」
「あーあ、いきなりバズって金持ちになった探索者は女慣れしてないからねらい目だってお姉ちゃんが言ってたんだけどなー」
「とんだ外れだわ。まあ顔とか好みじゃないしいいけどー」
……。
先日俺に告白してきた後輩女子三人組が楽しそうに話していた。
いや、いいけどね?そういうハニトラみたいに連中はいるから注意しろってさんざ視聴者さんに言われたし。東雲さんにも注意受けたし。そもそも最初から俺がもてるわけはないとわかっていたし。
泣いてないよ?
さて、そんなわけで無事(?)俺にも不幸が襲ってきたわけである。すごいな妖刀日宝寿。
『その……主、なんかごめん』
彼にもこういうタイプの不幸が来るとは思っていなかったらしく、困っているようだ。
妖刀日宝寿。
遠野物語に語られる、蛇に変じた名刀のひとつ。持ち主に不幸を与える妖刀だ。
遠野博物館に蔵されていたそれは、展示物、美術品としてただ飾られている事に激しく憎悪を抱いており、俺が抜いたら暴れ出した。
仕方ないのでコブラツイストをかけて黙らせ、支配下に置いたわけだ。ちなみに遠野博物館の前原さんいわく、博物館に置いててもそのうち手に負えなくなっただろうし、お譲りしますよとのことだった。
……売っていいものなのか、こういうのって。
そう聞いたら、この手の妖刀は遠野物語にもあるように持ち主の元に戻ろうとする。なので俺が日宝寿を締めてボコった以上、もはや日宝寿からしたら俺が持ち主であり、博物館に置いてても蛇になって俺の元に来るだろうから仕方ないとのことだった。
だったら売った方がよい、と。
ちなみに代金は、まあ流石は文化財。目ん玉飛び出たね。ローンでなんとか払えるけど。
要するにヤバいもんを押し付けられた、そんな気がしないでもない。
そんな日宝寿さんは現在、小さな赤い蛇の姿になっている。さすが妖刀、これは助かる。
日本刀持ち歩くわけにはいかないからね。ダンジョン法でも、武器を携帯できるのはあくまでダンジョン内で、ダンジョンの外では届け出をした上で厳重に鍵をし、ダンジョンへの持ち運び以外では持ち出してはいけないということになっている。まあ当然だな。
「構わないさ。元々、こうするためにお前を探してたわけだし。これで理不尽な幸運も軽減されるだろう」
これでひとまず、俺が幸せに溺れ死ぬという危険性は去った、と思う。少なくとも当面は。
あとは……。
「あとは、元凶を叩かないとな」
そう、元凶。
幸せを呼ぶダンジョン――あれは、破壊しないといけないだろう。
すでに探索者たちの間で噂になり、幸せダンジョンの場所に賞金をかけている企業もいくつもあるらしい。
しかしただ、幸せになれるダンジョンではなく、その実情は幸せが理不尽に襲い掛かり、破滅するダンジョンだ。
放っておくには危険すぎる。
そのためにも情報収集だ。ネットでの情報は千百合が集めてくれている、俺は探索者協会へと向かった。
◇
「そのダンジョンですか、キチクさんは近づかないでください」
探索者協会事務員の東雲さんは、俺に会うなりそう言った。
「なんでですか」
「なんででも、です。
……今、件のダンジョンは協会も必死に探しています。協会というか、上……国ですね。それどころか外国も」
「なんとまあ、でかい話になってますね」
俺の言葉に、東雲さんはため息をつく。
「ええ。今の所、表ではあくまで都市伝説、噂程度におさまっていますけどね。何人かそのダンジョンに迷い込んで、そして幸運に恵まれた後……行方不明になったり、死んだりしています」
「……」
もう、そこまで被害が出ているのか。
「でも、被害が出ているなら……」
「それよりも利益が大きい、と色んな企業や国が判断しているとしたら?」
東雲さんは能面のような顔で言う。
「それは……」
「幸運と幸福が冗談のように舞い込んでくるのが真実なら、たとえ……それで死んでもいい。
何故なら死ぬのは自分じゃなく、実際にダンジョンに入って幸せを得た人間、我々はそこから甘い汁を吸えばよい。むしろ幸せの末に死ぬならば遺産を我々に渡す遺言を残させればよい。
そう考える企業はありますよ」
国がそう考えている、とは思いたくないですけどね、ははは。と東雲さんは笑った。
……ダンジョン企業がそう考えるというのは、決してあり得ない話ではない。むしろ、そう考える方が自然だ。
「それで?俺は近づかない方がいいと?」
「……はい」
東雲さんは静かに頷く。
「前にキチクさん、「死者と出会えるダンジョン」という夢のようなダンジョンを崩壊させたじゃないですか」
……あれは東雲さんもけしかけてたじゃないか。危険だと。
「だから、菊池修吾を近づけると、無限に財が湧き幸運に恵まれ国が躍進する可能性に満ちたダンジョンを無に帰す可能性がある。そう上は考えています。よかったですね、注目度ナンバーワンの危険人物ですよ」
「よくねえよ!?」
めっちゃ上に睨まれていた。
「幸せダンジョンを有効活用するためにも、キチクは近づけてはならない。そう上は判断しています。
といっても、噂ではこのダンジョンはいつどこに現れるのかわからない。なので具体的にどう対策するかも不明な状況ですからね。
上や企業が出来るのは、幸せダンジョンに入ったという探索者を雇って、自分たちにも利益が来るようにする……というのが現状ですね」
なるほど。まあ神出鬼没なダンジョンらしいからな、偶然運よく遭遇した探索者が上手く攻略して、幸せダンジョンを手に入れるのを期待するしかない、ということか。
「だからくれぐれも、キチクさんは幸せダンジョンに近づかないでください。そしてもし万が一幸せダンジョンを見つけて入ってしまったなら、その時は――」
彼女はそれ以上は口にしなかった。
しかし、その表情が、瞳が語っていた。
壊せ、と。
◇
「まあ、そうなるよね。幸せという飴を目の前に吊るされた人間って、めっちゃ強欲になるもん」
マヨイガに戻って経緯を話したら、千百合がそう言った。
なるほど流石は座敷わらしの言葉だ、含蓄があるぜ。
「で? 父上殿はそれで諦めるのかの?」
玉藻がそう言って上目遣いで笑う。
「んなわけねーだろ。ここまで話がでかくなって色々と動いてるなら、絶対に壊さなきゃいけないダンジョンだよ。
下っ端に幸せダンジョンに突っ込ませて幸せに溺れさせ、その上前を撥ねる――確かに上手くいくかもな、最初は。
だけど遠野の人間の俺は知ってる。妖怪や怪異ってのは、まさに理不尽なんだ。人間の浅知恵は通用しない事は多い。なにしろ理外の理だからな。
最初は上手くいっても、決定的な所で破綻する。
これがダンジョン企業が潰れる程度ならまだいいけど、ひとつの企業どころか業界巻き込んで破綻したり、国そのものが破綻する可能性だってありうる――
怪異ってのは人間に都合よく出来てないからな」
人間にただ都合がいいだけの怪異、妖怪、神も確かに存在する。だけどそれらだって、彼らの理、彼らの都合で動く。それが妖怪だ。
このままだと――日本そのものが、幸せに溺れ死んで沈没してしまう危険がある。
絶対に――壊さないと。