第138話 海岸の決戦
供養絵額ダンジョン。
遠野博物館にある、幽霊の出る絵として伝わる供養絵額がダンジョン化したものだ。
かつては画魔蛙という妖怪が支配していたが、俺が供養絵額の幽霊の少女、久陽――ダンジョンコアの要請に応じてその妖怪を倒し、支配下、いや管理下においた。
つまりは俺のダンジョンである。
といっても、このダンジョンの特性が「絵」であるから、ここから採れるドロップアイテムも全て絵であった。絵の具、顔料で作られた張り子でしかなかった。
それはそれでとても素晴らしく面白いんだけど、金銭的価値は皆無の、財源としてはまさに「使えない外れダンジョン」であった。
もっとも、異空間としての用途はしっかりとあるので、腕試しや訓練をしたい探索者達にはそれなりに好評らしい。
元々この絵は江戸時代に描かれたものであり、絵の中に広がるダンジョンは江戸時代の街並みが基本である。
活気のある街並み。呉服屋、金物屋に提灯屋の並ぶ大通り。空は透き通る日本晴れ。
そんな江戸の街並みは――
『グォオオオオオオッ!!』
巨大な大蛇によって蹂躙されていた。
『悲鳴! 血飛沫! 蹂躙! これぞ武具の誉れ! 歓喜歓喜歓喜歓喜歓喜歓喜ィイイイ!!』
日宝寿の変じた大蛇は愉悦に酔っていた。
「ああもう、むちゃくちゃだねあいつ! よっぽどストレス溜まってたみたいだよ!」
姿を消していた千百合が姿を現して言う。
「なんなんだあいつ!」
「遠野物語の逸話とさっきの言葉から推測するに……刀として振るわれなくて恨んでるんじゃないかな!
遠野物語でも、置いて行った刀、忘れた刀が蛇に変じていたし!」
「祟る方の付喪神タイプか!」
付喪神、大切に扱われた品物に念が宿り妖怪化するもの。しかし、それだけではなく、九十九神……百年たつ前に捨てられた道具の恨みが妖怪に転ずるという逸話もある。
役目を背負った道具として生まれながら、その役目を十二分に果たせず捨てられた恨み。
「なるほど、人を斬るために作られた刀が腰に差されず振るわれず博物館で死蔵されてたら、そりゃ恨んで祟るってか!」
『なんという八つ当たりwwwwww』
『今の時代じゃなあ』
『いや今だとダンジョン法で銃刀法も改正されてダンジョン内で刀振り回す事は許されてるし』
『だからこそ恨んでるんじゃね?あいつはよくて俺は駄目なのかーって』
『かわいそうwwww』
……。
「配信してんのかよ!?」
俺は叫んだ。いつの間に。
「いや博物館の地下とかだと守秘義務とかで駄目だろうけど、ダンジョンに入ったならするべきかなーって」
「すっかりダンジョンに配信者の相棒だな気配りどうも!」
予想外の展開だ。まあいいけどさ。
とにかく、あの大蛇をどうにか移動させないと。このまま町で暴れさせるわけにはいかない。
「おい蛇野郎、こっちだ!」
俺は声を張り上げ、走る。
「刀でありながら抵抗できない弱い町民しか斬れないのか、いかにも切り捨てごめーんなニッポントーらしいな! このナマクラ!」
煽る。
その言葉に、大蛇は俺を睨んだ。
『貴様……! 我を愚弄するか!』
そして、蛇はこちらを追って来る。よし!
「そのままこっちだ!」
俺は町の外へと走った。
◇
「よし、ここなら」
俺は海辺へと来ていた。いわゆる江戸前の海と言う奴なのだろう、たぶん。
『おっ海水浴?』
『水着回来た』
『いやそうじゃないだろ』
『海水浴か……ふふ、楽しみだ』
『つか供養絵額ダンジョンって泳げるのか』
呑気な視聴者たちのコメントはとりあえず無視しておこう。彼らは楽観視してるが、相対している俺にはわかる。こいつは強い。
だからこそ、やらなきゃならない。
「こいつを倒して、俺は……不幸になる!」
『wwwwwwwwwwwwww』
『ファッ!?』
『何言ってんだキチクwww』
『おかしなこといいだした』
『キチクが壊れたでござるwwwwwww』
……。
「うん、何言ってんだろうね俺!」
間違ったことは言ってないんだけど、本当何言ってんだろう俺。
『グォアアアアッ!』
赤い大蛇が、その巨大な顎門を俺へと向ける。
「さあ、勝負だ!」
俺は拾った流木を構える。大蛇は、そんな俺を一呑みにせんと突っ込んで来た。
「っ!」
ぎりぎりで回避する俺。だが、大蛇はそのまま勢いを殺さずに海へと突っ込む。海が割れ、水が空を舞う。大蛇はそのまま海中へと潜った。
そして、海は静かになる。
『逃げた?』
『いやそれはないだろ』
『誘ってる?』
『水中戦か』
「水中戦か……まあやってみるしかないか」
俺は海へと近づいた。その時。
『グォォォォオアアアッ!!」
海面から――ではない。背後の砂浜から大蛇が飛び出して来る。
「な……!」
咄嵯に、流木を正面に構える。その守りは一瞬で破壊され……大蛇は俺の肩に食らいついた。
「ぐうっ!」
『ちょ! キチク!』
『うげえ』
『あああああ!!?』
『キチクがダメージを!?』
コメント欄が騒ぐ。だが俺には見ている暇などない。とにかくこの大蛇を倒す手段を考えなければ。敵を知り己を知れば百戦危うからずだ。
蛇の弱点、それは何だ。
考えろ、考えろ……!
「蛇は水を嫌う……いや海ん中平然と入ってたから駄目!
特定のにおい……今は無理だ!
いや考えを変えろ。こいつは本当の蛇ではなく、蛇が妖怪化したやつじゃない、刀の変化だ。
刀の弱点、あるいは蛇の伝承における弱点……!」
俺は頭を巡らせる。
確か、伝承では……。
「! そうだ、鉄の釘だ!」
蛇は鉄を嫌う。そんな伝承があった。
『鉄?』
『どこにあるんだそんなもん』
『ここ海岸だぞ、町から遠ざかったし』
『血液中の鉄分……無理か』
『それはさすがにキチクでも無理』
「ああ、無理だよ……ここが供養絵額ダンジョンの中じゃなかったら!」
ここは絵のダンジョンだ。そして、俺はここの……ダンジョンマスターだ。
ならば出来る。出来るはずだ!
俺は砂浜に、指を突き刺し、そして絵を描く。
釘の絵だ。
次の瞬間――
砂を握り込む俺の拳の中に、五寸釘が握られていた。
よし、成功――!
「ぜいっ!」
俺はそのまま握り込んだ拳を叩きつけ、釘を大蛇の目に突きさす。
『ギイイイイイイイイッ!』
大蛇が悲鳴を上げる。その顎が緩む。
――今だ!
「目には目を、歯には歯を、そして蛇には蛇を!」
俺は叫び、そして大蛇の身体を掴む。
「必殺――遠野コブラツイスト!」
俺は、大蛇の身体に絡みついた。
「ええええええええええええええ!?」
千百合が叫ぶ。
『はああああああああ!?』
『ちょ!?』
『ちょっと待て!?』
『何考えてんの!?』
『何やってんの!?』
『!?!?!?!?!?』
『蛇に関節技決めるアホ初めて見ましたわ』
『コブラツイストはコブラがやる技であってコブラにかける技じゃねぇぞwwwwww』
『俺達は何を見せられているんだ!?』
大蛇が暴れる。だが俺は離さない。
蛇に関節技が通じるはずがない?
だがどれだけ多関節だろうと関節はある。それに、コブラツイストは関節を決めて折るだけの技じゃあない。
蛇の巨躯を締め上げる!
『グォオオオオオ!』
大蛇が苦悶の声を上げる。
そしてそのまま――
『遠野ブレーンバスター!!』
蛇の脳天を地面に叩きつけた。
『グゲギィィイイッ!!』
そして大蛇は白目を剥き、その全身の力が抜け、倒れる。
大蛇はそのまま、静かに――日本刀に戻った。
「ッシャアアアアア! 勝利ッ!」
俺は拳を掲げる。
『……なにこれ』
『だから何を見せられているの』
『うーん怪獣プロレス』
『あんな大蛇退治初めて見た』
『誰も真似できんわあんなの』
『これだからキチクは』
『これから蛇が出たら関節技極めます! うん出来るか!』
『こいつは参考にしちゃだめ』
コメント欄も俺の戦いに見惚れているようだ。うん、いい勝負だったぜ。