第135話 この世の春
「キチク先輩、私達と付き合ってください!」
後輩の女子三人から告白された。ていうか、「たち」ってなんだよ。
「知らないんですか、ダンジョン法で高ランク探索者は一夫多妻がOKなんですよ!」
そう後輩女子が言って来る。
残念だったな、俺はEランクなんだよ。最低ランクだ知らなかったのか?
ていうかなんだよその法律、と思うが。
しかしまあとにかくそういう理由でお断りしておいた。今日で三件目だよ、告白されるの。
「すげえっす先輩! モテモテっすね、この世の春じゃねっすか!」
後輩の佐々木健吾が囃して来る。
「……そうかもしれないけどな」
女の子にモテモテ、この世の春。そういうふうに言われればそうだろう。
しかし俺はあの男を知っている。山野辺耕助。幸運と幸福に襲われ、溺れかけた男。
俺と千百合が貧乏神ダンジョンに案内してことなきを得たが、彼はあのままだと確実に幸せに溺れて破滅していただろう。ほかならぬ本人がその恐怖に怯えていた。
そしてどうやら俺も、そうなりかけているのではないか、という危惧がある。
元々、座敷わらしの千百合と共にいて、マヨイガの主としても認められた俺だ、確かに幸運だという自負はある。
だけど千百合がいつも言っている、幸福とは不幸の裏返し、禍福は糾える縄の如し。
現に俺はしょっちゅうトラブルに巻き込まれ、ひどい目にあっている。俺は全く悪くないのにダンジョンクラッシャーなどと呼ばれているしな。俺は悪くないぞ。
ともかく、俺は今、困ったことに最高にツイている。
これが果たして、いつもの千百合のもたらす禍福の揺れ幅によるものなのか、それとも――
よく見極めないといけないだろう。
◇
「おめでとうございます、入場一万人めです! これは賞品です!」
「おめでとうございます、当選いたしました! 豪華客船で行く世界一周旅行! 」
「これはすごい、当選確率50パーセントのアンケート調査でして、これは極上の体験ができること間違いなし!」
「おめでとうございます! 豪華すぎる温泉旅行の当選です!」
色々なクジやアンケートに、俺は見事大当たりを連発していた。
ていうか答えてないのに当選していた。
なんだこれ。
あと大金の入ったバッグも拾った。札束がぎっしりだった。もちろん警察に届けたら、身なりのいい老婦人が落とし主として現れ、お礼として一割と、孫娘を紹介してきた。
あと川から金塊の入ったお椀が流れてきた。もう色々と突っ込みたかった。なんで金塊が浮いて流れて来るんだよ。ちょっと物理法則勉強しろ。俺でもわかるわ。
「頭いてぇ」
「大丈夫?」
千百合が心配してくる。
「言っとくけど、ボクのせいじゃないからね」
「わかってるよ。お前の持って来る幸運は、こんなに理不尽じゃない」
日頃の行いがいい。ラッキー。そんな程度だ。帳尻も合う、非常に常識的な幸運だ。
こんなふうに雪崩のように畳みかけて来るものじゃあない。
「……マヨイガにいると平和なんだがなあ」
この屋敷にいると、理不尽な幸運は起きない。もうひきこもっていたい、いやマジで。
「だけど、そうもいかねえんだよなあ」
今回の俺の異常な幸運。それは最近噂になっている、幸せダンジョン関連で間違いないと思う。入ると幸せになる、なってしまうダンジョン。
そのダンジョンで幸せを得たという探索者の噂は多い。
しかしひとつ腑に落ちない。
俺は、幸せダンジョンに足を踏み入れていないのだ。
「うん、確かにおかしいよね」
「そうなんだよなあ。何でこうなったんだか……」
心当たりが無い事も無いが。それは幸せダンジョンに関わる噂話のひとつ。
「幸せは、感染する……か」
「それが本当かわからないけど、可能性はあるね」
「さてどうするか。山野辺氏みたいに俺も貧乏神に手を合わせるか?」
「うーん、難しいと思うよ。ボクっていう座敷わらしがここにいるじゃん。
あそこの貧乏神ちゃんは真っ当なタイプっぽいからね、ボクがいるとたぶんシュウゴには憑かないんじゃないかな。
貧乏神って、だいたい理不尽な不幸は持ってこないんだよ。
怠けてるから不幸になる、性格が悪いから不幸になる。そういった因果律の流れをよりはっきりと顕在化させる存在っていうか……」
「なるほど。しかし貧乏神といえば山野辺氏はともかく、他の連中は大丈夫かな。
図らずしも俺の配信で噂が広まってしまったけど、これって俺が多人数を不幸にしたってことにならないか?」
俺の疑問に対して千百合は笑う。
「あー、大丈夫だよ。あそこの貧乏神って、人間に忌避されて生まれた存在じゃなくて、人間に望まれて生まれた存在だしね。
禍福のバランス取ったらそのまま去るタイプだよ。
よくあるでしょ、貧乏にしてもめげない人間から貧乏神が逃げ出した、とかいう話。ある程度不幸と不運を運んだらそれで終わる、あのタイプだね。
ただ……」
「ただ?」
「ボクらのリスナーたちじゃん。
貧乏神の女の子が憑いた、という事実自体にめちゃくちゃ喜んでるひとたち多いじゃん。
たぶん……」
「たぶん?」
「貧乏神ちゃんたちがむしろ逃げられない気がする」
「……」
ありうる。
幸せは心の持ちよう、視点次第考え方次第である。
つまり貧乏神の女の子をお迎えした時点で、心境としては不幸になり得ない、何故なら願望が叶ったからだ。
……あのロリコンどもめ。
「そのうち貧乏神の本体が怒り狂って怒鳴り込んで来たりしねぇよな?」
「ま、まあ不幸を集めるって仕事の手伝いをしてると考えれば……大丈夫じゃないかな?」
大丈夫だと信じたい。誰も不幸にならないのが一番だ。
「しかしまあ、対策はしないとな。ずっとマヨイガに引きこもってるわけにはいかない」
俺だけの問題でもないしな。これが広がっているなら危険だ。
「上からの任務とかはないの?」
「探索者協会は動かないだろうな、少なくとも今は。だって現状は、あくまでも「良いことが起きてるだけ」なんだぞ?」
それが不自然かつ理不尽だとしても。それでも客観的に見たら、ただ良いことづくめなだけで、それに押し潰されそうだ、と訴えたところで大半は「自慢かよ」「心の持ち様だ」「考えすぎ」で終わるだろう。
「むしろ協会や国はその幸せダンジョンを手に入れたがるだろう、国益のために。
……ぞっとするな。
幸せダンジョンの恩恵で国が栄えに栄えまくり、過ぎた幸福の果てにその結果自滅する」
「考えつく末路としたら、子宝に恵まれすぎて人口爆発で過密になり潰れる、あるいはみんな働かなくていいほど金持ちになり何もしなくなって潰れるとか……」
「そして、俺たち程度でも想像出来る破滅を、たぶん国は対応しない」
「なんで?」
「日本が馬鹿だから、とかじゃないな。みんな思うよ、俺なら大丈夫。自分だけはなんとかできる。特に困難を前にするんじゃなく、幸せに包まれているなら」
それが人間心理の怖いところだ。
俺も山野辺氏の件が無かったら、気にせず幸せに呑まれてた可能性めちゃくちゃあるからな。
「これがもし、日本侵略を狙う意図的な攻撃ならめちゃくちゃヤバいぞ」
「だね。何とかしたほうがいい」
「そのためには、まず俺の今をどうにかしないとな。貧乏神が無理なら、別のやり方で不幸にならないと」
不幸、災厄を呼ぶ妖怪なら心当たりはいくつかある。
そう思っていた時、不意にスマホの着信が鳴った。
「もしもし?」
俺はスマホを取る。
「……え?」
スマホの向こうの人物から伝えられた事は。
「どうしたのシュウゴ?」
「……婆ちゃんが、遺産を渡すって」
そんな報せだった。




