『現代人誘拐問題』
まずは、現代日本の現実世界の神からの苦情が最も多かった、異世界転移、転生に関する問題を紹介しよう。
現実世界の神によると、
「肉体や魂をナーロッパへと移すということは、私の世界の人間の誘拐である」
ということだそうだ。
私は、こう言った。
「誘拐ではない。同意をとることもあれば、望みを聞くこともある。それにそもそも、私が転移、転生させずとも、勝手にナーロッパに侵入してくる現代人もいる」
すると現実世界の神が答えた。
「どちらにしろ、ナーロッパ側にばかり人が流れているのだ。反対に、もっとそちらから現代世界へと人が流れ込んでもいいのではないか。ナーロッパだけが得をしているのではないか」
確かにそれは一理あるかもしれない。
現実世界の様々な知識を持った転移者、転生者というものは、我が世界の発展においてたびたび重要な役割を果たしていることは事実である。
しかし、この件に関しては、私からも苦情を言いたいものである。
転移者、転生者を流出させているのは、結局のところ、現代世界に問題があるのではないだろうか。
実際、私はナーロッパの管理者であるが、部下の神がどうかは別として、私は現実世界から人を無理矢理移動させようとしたことはあまりない。
むしろ、現実世界では絶望的な人生を送っており、ナーロッパ界において努力しようとする者が多いように感じる。そして彼らの現実世界での境遇の悪さは、現実世界の神が責任を負うべきなのではなかろうか?
精神的な問題は現実世界にあるはずで、社会制度に関しても、私に文句を言う前に、改善点があるのではないかと思うのだ。
だからナーロッパ神である私としては、現実世界では不幸だったが、今は幸せに暮らす転生者、転移者を見ると、この世界に招いて本当に良かったと嬉しくなるのだ。
もちろん、ナーロッパでも辛い境遇にいることはあるだろう。聖女召喚やら勇者召喚やらで、こちらの世界の住民が勝手に現実世界の貴重な人材を奪うこともある。その点に関しては、管理者として私からも謝罪する。本当に申し訳ない。
しかし!
私だけ責められるいわれはないのである。ここは主張しておきたい。私としては、例え聖女召喚や勇者召喚があったとしても、我々神が介入することで、誰を聖女や勇者にするかを選ぶことができ、いきなりナーロッパへと渡るのではなく、同意を得てから転移させることができるのならば、それが最善なのである。
しかし、どうにも私の配下である管理者達には、それを許してくれない者も多いのだ。
彼らに聞くと、
「もっと勇者や聖女には試練を与えなければならないのです!」
「不幸があってこそ、それを乗り越えた先に幸せがある! つまり! 我々管理者は彼らを地のどん底まで引きずり下ろさなければならないのだ!」
「神に仕組まれた世界なのだと勇者や聖女が認識してしまえば、萎えるかもしれんだろう? ああ?」
「でもまあ結局、ご都合主義と言われようが、転移者達を幸せにするという常識は守りますからね、大丈夫です、ご安心ください」
とのことである。
どうやら管理者にはサディストが多いようだ。
ただもちろん、優しい者もいるので、ちゃんと世界の状況について説明してくれる管理者に当たった転移者は、非常に幸運である。
次に、転生者の魂についての問題であるが、これは、正直現実世界の神に口を出される筋合いはないと思う。
そもそも論として、魂の存在自体の議論をしなければならない。それに、魂というのならば、現実世界の管轄でもないかもしれない。
ナーロッパ神である私としても、転生の原理はよくわかっておらず、世界を見ていても、正直精神的に現実世界人なのかナーロッパの住民なのかは、あまりわからないことも多い。特に、そういった者達は隠すことが上手く、住民どうしでも気づかないことの方が多い。
とはいえ、明らかに妙な行動を起こした場合は、私も少し調査はするのだが。
そして、最後に言われた、現実世界にはナーロッパ住民があまり来ていないということに関してだが、それも今まで説明してきた通り、問題があるのは現実世界側ではなかろうか。
人というものは、魅力的な選択肢へと自ずと流れ込んでいくものである。こちらに文句を言う前に、現実世界側をもっと魅力的にする努力なり、召喚魔法を発展させるなりしていただきたい。
それにそもそも、ナーロッパへと渡ってきた現実世界人がもたらす影響が、全てナーロッパにとって良いとも限らない。
現実世界では環境破壊と戦争を繰り返して発展してきた歴史があり、勝手に技術だけ伝えられたとしても、それはただの争いの種となるだけである。ナーロッパでは何故か上手くいくことの方が多いのだが、管理者としては、多くの場合、その発展の仕方は持続的とはいえないと考えている。
専門家ならまだしも、上辺だけをかじった一般人に、現実世界の高度な政治体制や科学技術をナーロッパで再現できるとは考えにくい。新しいものの導入には、反乱や戦争がつきものなのだ。それも、大きな変革になればなるほど、反発も大きくなる。
転生者、転移者はよく、現実世界のシステムが最上であり、それをナーロッパに教えることこそが善なのだと考えるが、その考え方も傲慢といえるかもしれない。
例えばナーロッパでは魔法が使われることで二酸化炭素を発生することなく、かなりの発展を遂げている。大気汚染や環境破壊が少なく、全て魔法によって解決されるため、何故か衛生面も現実世界並みであることも多い。
戦争が起きたとしても、核兵器のような復興の余地のない絶望的な兵器を恐れる必要はない(大規模な魔法攻撃による被害は甚大であるが、環境の復元には魔法を使うこともできる)。
何も、ナーロッパのシステム全てが悪いと言われる筋合いはないのだ。
要は、異世界転生、転移に関する問題は、すぐに解決をすることは難しいのである。
現実世界の神とも今後話し合いを続けていくつもりだが、今のところ解決の目処は立たない。転生者、転移者の厳格な制限をすることも、実際的ではない。
結局、転生者、転移者の意思も様々なのだ。
ナーロッパの住民、現実世界の住民の観察が、今のところの最優先事項といえるだろう。
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