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鳩の子

作者: スダ ミツル

………


……眠い……。


……………………


……眠ってしまいたい……。



……夢も見ずに……深く……。



怖くて……痛くて……つらかった過去も……


安心できる場所なんて……ないことも……


自分には……何の価値もないことも……


何もかも忘れて……


このまま深く……


眠ってしまいたい……。


……もう二度と、目覚めなくてもいい…………。





ここは、こじんまりとした定食屋。


商店街の裏にあって、店の前は、一通の道路を挟んだ目の前に、線路が通っている。

ときどき、たった三両の電車がゆったりと通る。


うちの店は、花屋と住宅に挟まれてて、のんびりした雰囲気だけど、結構客は来る。

カウンター五席と、窓際の席二席しかないから、五人も入れば満員状態になるけど。


店員は、バイトの俺と、店長の二人のみ。

元板前のバツイチの店長は、腕がよくて、人当りもよくて、常連が多い。

……普段は……。


俺はカウンターに頬杖をついていう。

「店長~……今日、客入り悪いっすねー……。」


十一時に開店後、二人来て帰ったあと、もう一時間くらいたつのに虫一匹入ってこない。


「んーそうだね~。」

店長は厨房で器用に芋をむいている。


「あーあ。人気者の店長の顔の広さと絶品料理をもってしても、客来ない日があるんっすねー。」

「人気者は君だよ。

女性のお客さんが、顔綺麗!って言ってるよ。女優の誰それに似てる!って。

黙ってれば二枚目!だって。」


「ああ!店長までそれ言う!

俺女顔コンプレックスなんスからやめてくださいよー!

……も~店長みたいな渋い髭メガネ目指そうかなー。」


「はは!それは似合わないと思うよ。」

「~~~。……はあ……俺、ちょっと外見てきます。」


客足をそらせるようなものが、あるのかもしれない。

カウンターを出て、ドアのところへ行き、小窓から外をのぞく。

とくになんも。

ハンドルを回してドアを押し開けた。


「うわ!!?」


「なに?」

と、厨房の店長が首を伸ばす。

俺はドアを閉め、振り向いて、


「てっ」


天使がっ!?え??あ!


「で、」


でかい鳥が倒れて!?なん??


もう一度そっとドアを開ける。

あれ?ただの人じゃん?

こちらに背中を向けて、人が倒れている。

白い服を着た子供だ。

背中にドアが当たっても動じない。

具合が悪いのか。


「店長!!救急車!!」

「ええ!?」


ギリギリ隙間から外に出て、子供の正面に回る。


「どうした!おい!?」


色白の女の子は、薄目を開けた。

「ふあ?」


そのまま大口を開けて欠伸をする。

「ふあああああ……。」


それからうっとうしそうに寝返りを打って、こちらに背を向け、また目をつぶる。

スーッと息を吸い、深く吐いた。


これは…………二度寝だ。


「おい!起きろクソガキ!どういう神経してんだ!店の前だぞ!営業妨害だ!」

子供はびくっとして、大儀そうにのっそり起き上がった。


「それともどっか具合悪いのか?」


しゃがんで顔を覗き込んだ。

中学生だか小学生だかの子は、目をこすっている。

顔色は悪くない……か?

通行人がくすくす笑いながら通り過ぎる。


「ううん。」


ガキはめんどくさそうに首を振った。

悪くないらしい。


「はあ……さあ立って!どいたどいた!」


女の子はのろく立ち上がって、俺の顔をちらっと見てから歩き始めた。



店に戻る。

「も~!ガキがドアん前で昼寝してたんスよ~!」


「はは、今の時間日当たりいいから。

その子どんな子?かっこは?」


「え?どんなって、普通の子ですよ。

髪は茶色っぽくてボブで、服は白いパーカーとハーフパンツ?」

あれ?コートとキュロットか?


「服はきれいだった?髪はちゃんと洗ってる感じだった?」

「え、そんな汚くはなかったっスよ。」


「そっか……

ま、うちの前いいにおいするし、ひだまりで眠くなっちゃったのかな?」

と、半白髪髭メガネの店長は笑う。


「かなって……。」


「俺がガキの頃はいたんだよ。そーゆう子が。

駅とか橋の下なんかに住んでる子たちが。

今は見ないよね。豊かになったってことかな。」


「……。」


俺を一瞬見た少女の茶色い瞳。

少しよどんで、奥行きがないように見えた。

寝起きだからか?


足は速いらしく、振り向いた時にはもういなかった。

遠くに白いハトが一羽、飛んでるだけだった。




肉じゃがを作りながら思う。


バイトの彼、いい子なんだけど、ときどき挙動不審なんだよね……。


ま、まだ十七歳だし、そんなものかな。

夜間学校通いながら、よく頑張ってくれてるよ。


……それともひょっとして……?





思うたび、

涙がにじむ。


……帰りたい…。


……帰りたい……!


……私の故郷……!


だけど……

それがどこにあるのか、わからない……。


喜びは、遠い過去……。

あの頃は、毎日が幸福だった……。


穏やかで美しい、故郷……。

明るく、温かい、私の故郷……。


けど、おぼろな記憶しかない……。


「うう……どこにあるの……」


涙が止まらない。


「帰りたい……」


「どこに?」

間近な声に顔をあげると、白いコートを着た茶色い髪の女の子が、近くにしゃがんでて、私の顔を覗き込んで言った。


「迷子なの?」






適当な角度で翼を羽ばたき、屋上の手すりに着地する。


私は、ジャンパーの裾をまくり、グレーのジーパンの背中に挟んでおいた地図を、引っ張り出して広げる。


「ああ……だいぶずれてるよ……」


目的地に向かって、弧を描いて近づいてるはずだったけど、大きく描きすぎた。てか、むしろ遠ざかってる。


「コニー!あっちでポップコーン食べてる人がいる!」

マイがようやく飛んできて、隣に下りた。


「はあ……。」

私は手すりにしゃがんで、地図の上にうなだれる。


マイは心配そうに私の顔を覗き込み、

「どしたの?」


「全然遠いよ…。」

地図がにじむ。


「そんな落ち込まなくても大丈夫だよ……。あのね、あっちで」

「あんたのそういう気まぐれに付き合ったせいで遠ざかってんだけど!」


悲しくて横目でにらむ。

マイは本気で帰りたいとは思ってないんだ。きっと……。



『大きな木の木陰にベンチがあって、

小川と、広い水辺があるの。

親も、大人たちもみんな優しくて、あったかくて、

高い木の深い枝に座ると、景色がきれいで……

とっても、幸せだった……。

……大風で遠くまで飛ばされるまではね……。』


『……そこ、私の故郷かも。』


初めて会ったあの日、私の覚えている限りの故郷のことを話すと、マイは幼さの残る、少し舌足らずな口調でそう言った。


『ほんと!?どこなの!?』

『ううん、私も思い出せないの。』


『……そっか……。』

マイは、遠く夢見るような眼をして言った。

『……そんなにいいところだったら、私も帰りたいな……。』


『!じゃあ、一緒に探さない!?

二人のほうが、早くたどり着けるかも!』

『え……。うん。いいよ。一緒に探そう!』

と、マイは楽しそうににっこりした。



でも、本気でなくても、帰りたいとは思ってるんだ。


私はグレーのジャンパーの袖のリブで涙をふく。

「泣いててもしょうがないよね。」


「……ちゃんとたどり着けるから、大丈夫だよ。」

マイは微笑んで肩をさすってくれた。

「…ありがと。」


「ねえコニー、私って役立たず……?」

不安そうに、私の眼を見ている。


「え!いや、そうでもないよ!役に立つときもあるよ!」

「そっかあ。えへへ!」


マイは能天気で、イラっとすることもあるけど、でも……大切な同士だ。


「ねえ、でも、ポップコーン食べたいなあ。コニーは?」

「………食べたい。」





電線にとまって休憩していると、マイが指さして言った。

「あ、あの人!」


昨日、川辺の公園でパンをくれたおばあさんだ。

アパートの部屋の中にいる。

窓を開け、掃除をしている。

しばらく見ていたら、外へ出て井戸端会議を始めた。


おばあさんの部屋は、窓も網戸も空いている

マイが言う。

「入ってみよーよ!パンあるかも!」


「ええー!?さすがにそれは……。」

人から食べ物を分けてもらわないと、生きてけない私たちだけど、

人んちに勝手に入って泥棒するのは、ダメだろう……


「一枚だけ!うまくとるから!」

と、お願いのポーズ。


私のおなかが鳴る。

昨日からあまり食べてない。そうそう食べ物は見つからない。


「…一枚もらったらすぐ出るよ。」

「やた!」


ああ……私たち、悪ガキだな~。


「お邪魔しまーす……」


窓辺に降り立ち、そっと忍び込む。

誰もいない。

早速台所を見に行ったマイが、がっかりした様子で戻ってきた。

「パンなかった。」


おばあさんは、まだ話し込んでいるのが聞こえる。

マイは、足を投げ出して畳に座った。

パンがなくて、私はちょっとほっとした。

私も座る。


「ふあああ……。」

マイはあくびして寝そべる。


「ちょっと!また眠いの?」

ほんとよく寝る子だな。


「甘えんぼー!あんたが寝てる間、私は見張ってんだぞ!」


緩い風に、レースのカーテンが揺れる。

私はため息をつき、部屋を見回す。


カチ、コチ、と古い掛け時計が動いている。

低い箪笥の上に、モノクロ写真。線香立てが手前にある。


日向の、古い木造住宅の匂い……。

穏やかで心地いい……。


私も、暖かい畳に寝転がった。

マイはもう寝息を立てている。


私も眠くなってきた。

まだまだ、おばあさんは話している……。

私は横を向いて、丸くなる。


私たちは、毎日自力で頑張って生きてるけど……


……たまには……大人に頼りたいし……


……少しだけなら……甘えてもいいよね……。



しばらくして戻ってきたおばあさんは、私達を追い出したりせず、

冷凍にしてあったパンを焼いて、食べさせてくれた。





強い風が吹いてきて、

私の手から、地図をもぎ取った。


大げさにはためいて、飛んでいく地図。


私も飛び上がって、追いかけた。

けれど、つかみ損ねる。


もともとぼろかった地図は、車道に落ちて、トラックに八つ裂きにされた。


「あぁぁ……!」

泣ける…。


親切な同族が教えてくれたその公園が、本当に私たちの故郷なのかわからないけど、すがっていた。


植え込みに座ってうなだれていると、どっか行ってたマイが戻ってきた。

「コニー!川の先に、広い水辺があるって!」


「……それ、だれから聞いたの?」

「お巡りさん。

帰りたいのに、道がわからなくなっちゃったんですーってウソ泣きして公園の説明したら、教えてくれたの。」


待って!そんな幼稚で恥ずかしい聞き方したんだ!?

マジ泣ける。


てか、それってもしかしなくても私の真似!?

恥ずかしくて顔が熱くなる。


けど、事実……。

私、泣き虫の迷子……。


マイの幼い言動が時々恥ずかしいし、イラっとするけど、私だって子供だ……。


コンクリートで固められた細い川のほうを見る。

……あの川の先か……ちがう気がするけど、ほかに当てもない。

一生懸命のマイには悪いけど、期待しないでおこう。


「あれ、地図は?」

と、マイ。

今頃、私の持っている切れ端に気づいたらしい。

私は、車道を指さした。





マイが向こうを向いて言う。

「コニー、あっちの木の上にも鳩いるよ?」


「うん、あんま見んなよ!」

うろついてる男には警戒すべき。


「あのヒトに道を聞いたらどうかな?」

「あれはダメ!ほら行くよ!」


「ええ~?」

「行くよってば!」


マイの袖を引っ張る。

それでも木の枝にしゃがんだまま動こうとしない。


「ん~、だるいなあ……。」


仕方ない。

私は飛び上がり、旋回する。マイの背中めがけて飛んでいき、おなかを抱えて、

キャッチアンドゴー!


「きゃーー!!」

手足をばたつかせる。


「あぶねー!暴れんな!!」

マイは私より一回り近く小さいから、何とか運べる。



「お、も、い~!」


マイは振り向いた。

「ついてきてる。」


ストーカー!?

「ええー!?キモ~!!あんたがじろじろ見るから!

もう!……あ~おもっ自分で飛びなよ!」


安全を確認してからぱっと放した。


「うわああ!」


ぱたぱたと飛んで、横についた。

「ひどいなあ。」


「ふふん。飛べんじゃん。

……ね、あいつ、振り切ろっか。」


私がニイっと口元をあげると、マイは楽しそうににっこりして、


「振り切ろー!」

こぶしを突き上げる。


「マイはあっち。私はこっち。夜明けに川辺の公園で。」

「りょーかい!」






私は木の茂みに身を隠し、待ち伏せする。


飛んできた男に、パチンコを放つ。

弾はドングリ。


かすった。相手は急停止する。


私は茂みから出て言う。

「コニーのこと、あきらめてください。」


パチンコには、今度はパチンコ玉をつがえてある。

放てば、ほぼ確実に命中する。


不機嫌顔の奴に向けて、引き絞ったまま言う。


「お願いです。コニーをあきらめてください。」


彼は舌打ちし、イラついたため息をついて、


「あんたがそばにいて、あの子は本当に幸せなのかな!?」


ストーカーは飛び去った。

コニーは気づいてなかったみたいだけど、もう三日もつけられてた。





コニーは、すごくピュア。

身も心も、すごくきれい。


初めて会った時、コニーは泣いていた。


緩やかに波打つ、つやつやの黒髪。


泣き顔も、すっごくきれい。


宝石みたいな、緑がかったグレーのひとみ。


長いまつ毛に縁どられた美しい目から、涙をぽろぽろこぼしてた。

雫が輝いて滴っていた。


服はグレーで、首に、鈍い虹色に光るストールを巻いてる。


翼もとても美しくて、スタイルもよくて、かっこいい。


私より年上だと思ったら、同い年だった。


……私にできることは少ないけど、コニーを守りたい……。





夜中。

目が覚めた。


今日の寝床は木の上。

私とコニーは身を寄せ合って枝に座っている。


隣を見ると、コニーは膝を抱えて眠っている。

綺麗な髪を、月明かりがつややかに照らしている。


コニー、今夜は泣いてない。

穏やかな寝顔……。


はるか下で、小さく光る点が二つ。

猫だ。

ここまでは来ないと思うけど、念のためにパチンコで追い払う。

あきらめて逃げてった。


私はじっと、コニーを見つめる。


次第に眠くなり、空も白んできたし、私もうとうとと眠った。

不思議と、コニーといると、よく眠れる。


「マイ!そろそろ起きないと!カラスが来てるよ!」

「む~~もうちょっと~~。」


「起きろっ!」

あちこちつつかれる。


「痛いな―も~。ふああああ……。」

すぐ起こされるけど。





細い川は、次第に太くなり、もっと広い川と合流し、流れていく。


私とコニーは、毎日川を下って、街から街へ、移動していく。


もうとっくに、無くした地図の外側へ、出てしまっている。


コニーも気づいているだろうけど、引き返そうとは言わない。


コニーは、口数が減って、暗い。



コニーは今まで、ずっと頑張ってきた。

気を張って、一生懸命生きてきた。


ちょっと言葉が乱暴なのは、不安だから。

本当は、甘えん坊だって私は知ってる。


「コニー、もうすぐ着くよ。」

「うん……。」

コニーが、だるそうに返事する。

促されるままに、私の後について飛んで、川を下っている。


今まで、たくさんの公園に立ち寄ったけど、どれも私たちの故郷じゃなかった。

コニーは、そのたびに落胆した。

探し続けることに、疲れていった。

工事中の場所も、たくさん見てきた。


コニーは、悲しそうにため息をついて、つぶやいた。

「もう、故郷はないのかも……。」


「まだわからないよ。しんどいなら私が探すよ。コニーはついてくるだけでいいから。」

「うん……。」


「コニー……元気出して……?」

「うん。ありがとう。マイ……。」

力なく微笑む。


私は思う。

もう、終わりにしよう……。


移動して探し求めるより、

郷愁に泣けてきても、同じところにとどまっていたほうが、

コニーは幸せなんだ……。


すると、川の先に、広い水辺が見えてきた……。





体も、心も、重い。


帰れない。


たどり着けない。


どこにもない。


今まで、たくさんの公園に立ち寄ってきたけれど、

どれも、私たちの故郷じゃなかった。

でも……

私もマイも、故郷の記憶があいまいだから、

気づかなかったのかもしれない……。

今まで見てきた中に、

故郷があったのかもしれない……。

わからない……。


私たちは、

取り壊される家や、

空き地になった土地も、

いくつも見てきた。

もしかしたら、故郷もそうして

壊されてしまって、

もうどこにもないのかもしれない……。


私は……、疲れてしまった……。


今まで、たくさん泣いて、たくさん頑張って

生きてきたけど、

もう、何もかもむなしい……。


故郷がひたすら遠ざかってって……。

消えてなくなってしまった……。


私は、暗くて、寒い……。


一つの羽ばたきでさえ、疲れる……。重い……。


眠ってしまいたい……。

眠い……。

マイみたいだ……。



開けたところへ出た。

一面が、鈍く光る水面。


大きな大きな池だ……。

空と池しかなくて

向こう岸が見えない……。


聞いたことある。

これが海なんだ……。


広すぎて、

風も強くて……

怖い……。


人気のない大きな工場が、岸にいくつも建っている。

それらはうねるように横たわっている。


あちこちから、灰色の煙が上がっている。

空には、同じ色の雲が低く垂れこめている。


私はぼうっとして言う。

「ねえ……ここは、どこなんだろう……。」


マイはぼんやりと答える。

「うん……どこだろうね……。」


温かい故郷を目指していたのに……


どこにもなくて……


いつの間にか、悪いほうへ進んでしまって……


私たちは、こんな最果てみたいなところに……

たどり着いてしまった……。




私とコニーは、工場の屋根に下りた。

しばらく座って休んでいると、またコニーがしくしく泣き始めた。

「帰りたい……。」


私はコニーがうらやましい。

私には、本当は、帰りたい場所なんてないから。


私にも、泣くほど恋しい場所があったらいいのにな、と思って口にしたら、コニーに勘違いされて、一緒に故郷探しをすることになった。


私は言う。

「……コニー……ごめんなさい。」


「それは、どれのことかな。」

両腕に伏せているから、声がくぐもっている。


「コニー。

あのね、私がわざと誘導したの。

故郷の公園から遠ざかるように。」


「……え…。」


「コニーがちょっと方向音痴ってのもあるけど、

それより、私が……

私が嘘をついて、

コニーをここまで連れてきたんだよ。」


「……え?」

コニーは動揺し始めた。


「私はね、本当は帰りたくなかったの。


あの故郷は、

私にとっては、もう二度と帰りたくない場所だから。


……でも、コニーと一緒にいたかった。

コニーみたいな人、初めてだったから。

コニーとずっと一緒にいたいから、だましたの。


もう離れなきゃ、終わりにしなきゃって、何度も思ったよ。

でも、あともう少しだけって、いつも先延ばしにしてた。


私はコニーを……どうしても失いたくなかった。

どうしても引き止めたかった。


でも、この方法は間違いだった。

私のせいで、コニーをとても傷つけてしまった……。

本当に、ごめんなさい……。」


コニーが涙も拭かず、瞬きもせず、こちらを見ている。


私は立ち上がって少し離れる。


「でも、もう、終わりにするから。

もう引き留めたりしない。

嘘もつかない。


コニーは行って。


コニーは自由だから。


コニーなら、本当の故郷を、必ず見つけられるよ。」


私は後ずさって、飛ぼうとした。


「まって!」


でもコニーがしがみつくから、

バランスが崩れて二人とも倒れた。 

「イタあ……。」


コニーが、私のおなかから顔をあげて言った。


「マイ、マイが故郷に帰りたくないなんて、知らなかった!」




マイは、本当は、故郷に帰りたくないのだと言う。

でも私と一緒にいたいから、ここまで誘導したのだと……。


私はすごく驚いた。

そして、気づいたし、思い知った。

私は、この子のことを、ほとんど知らない……。


……今まで……

マイは、私と同じほどでなくても、帰りたい気持ちがあるんだとばかり、思っていた。

でも、そうじゃなかった……。


同士だと思い込んで、

私はこの子をちゃんと見ていなかった。

ちゃんと、言葉を聞いていなかった。

嘘だとしても、注意していれば見抜けたはず……。


自分の気持ちばかりで、この子を振り回していたんだ……。


「ごめん……!

私こそ、自分が恥ずかしいよ……!


私、自分のことしか考えてなかった!

マイのこと、知ろうとしてなかった……!

マイ、話してくれてよかった!ありがとう!


……でも、まだうまく呑み込めてなくて……

ねえマイ、

マイは、どうして帰りたくないか、聞いてもいい?」


手をつかんだまま訊ねた。

私には、いい思い出しかないから、

なんでマイは帰りたくないのか、不思議だ。


マイは、

さっきからずっと暗い目をしているけど、

それがさらに濃くなった。


「……コニーは、前に言ってたよね。

……親も、周りの大人も、みんな優しかったって。


でも、私には、そうじゃなかった……。


なんでかな。

私だけが、こんな白いからかな……。


……ねえ、コニー……。

大人って、そんなにいいものかな……。」


暗い目で、私をじっと見ている……。


マイは……

ニコニコしてるときや、ふざけてる時以外、

よく、暗い無表情をしている。


故郷に帰りたいのにたどり着けなくて、

それで落ち込んでるんだと、今までは思っていた。


そうじゃない。

私が勝手に思い込んじゃってたマイと、

マイ自身は、

違う。


こんなにも違う。


そんな当たり前なことが、

見えていなかった……。


『二度と帰りたくない場所。』

『大人って、そんなにいいものかな。』


一体、どんな目にあったら、そんな言葉が出てくるの……?


……マイは、出会った時からずっと私の隣にいた。

これからも、ずっと友達だと、そばにいてくれると、思ってた。


けど、

今、私が手を離したら、

マイが、遠くにいってしまう。


まぎれて消えて、失ってしまう……。


本当に大切なのは、

おぼろげな思い出じゃない。


私には優しくて、マイにはひどい、

大人たちじゃない。


私は、

両腕と

両翼を広げ、


マイに近づき、


彼女を抱きしめた。


謝りたいから。

かわいそうだから。

離れてほしくないから。


そして……

……大好きだから……。





私には……

世界が、モノトーンに見える。


コニーは、

空が綺麗、とか、

花が綺麗、とかよく言うけれど、

私には、そのキレイさがよくわからない。


私が綺麗に思えるのは、

コニーだけ……。



……私は今まで、モノを盗んで生きてきた。


食べ物をもらえなかった日は、こっそり盗む。

少しずつ近づいて、さっと盗って隠して、何食わぬ顔で去る。


分けてくれる優しい人がいても、下心があるのではと、勘ぐってしまう。


味も、よくわからない。

おなかがいっぱいになれば、それで少し落ちつく。

それだけ。

コニーといると、なんでか味がするけれど。


……あの場所の

あのヒトたちから逃げてから、

ずっと今まで……

そうして、

盗んで、

警戒して、

利用して……

私は、生き延びてきた……。



今までは、同属の誰ともかかわりたくなかったし、何も求めなかった。

けれど……

コニーにだけは、強く引かれた。


何でなのかわからないけど、

コニーを

ずっと、近くで見ていたいと思った……。



私はコニーといるとき、

いつも演技してた。


ふざけてたのは、

自分の闇から、

離れていたいから。

浮いていたいから。

過去を、

自分を、

見たくないから。

コニーに、

見られたくないから……。


でもコニーが聞くから、

最後に、仕方なく、

私は自分の闇を、話した……。


「ねえ、コニー……。

大人って、そんなにいいものかな……。」



何が起こったのか、わからなかった。

「……。」

「……コニー?」


コニーが、私に抱き着いて、泣いている。

「……コニー?」

「マイ……!」


コニーは、ますます強く、抱きしめてくる。

どうやら、私のために、泣いているらしい。


「……コニー、そんな泣いたら、喉乾くよ?」


泣き止む気配も、私を放す気配もない。


私は……

コニーの柔らかい髪に、そっと触れる。


……コニーがくっついてるところが、熱い。

……コニーは、なりふりかまわず、私を捕まえていたいらしい。


私も、そっと、コニーを抱いてみる。

綺麗なコニー。


「……あのね、コニー……。

……大好きだよ。」


……コニーは、ようやく顔をあげた。

くっついてたとこが、涼しくなる。


「マイ。

私も、マイが大好き!」


涙まみれの、赤い顔のコニー。


「そうなの?」

私は首を傾ける。


「コニーの知らないこと、たくさんあるよ?

……私が、何を話しても……?

……コニーを傷つけたし、

……泥棒なんだよ?」


「違う……!」

コニーは、首を振る。


「マイは泥棒じゃない!

……泥棒したことあったとしても、

それは、マイのせいじゃない!


マイは、やさしくていい子。

私はそう思う!」


「……。」


やさしくていい子……?


そうかな……?


……でも……

……コニーがそう思うんなら……


私は……

そうだったような……


そうなれるような……


信じられるような……


……気がする……。


「……あれ……?」

変だな。

涙が出てきた。

涙なんて、もう長いこと出なかったのに……。


「マイ……。」


コニーが微笑んで、

私の頭をなでて、抱きしめてくれる。


私は、

コニーの泣き虫が移ったみたいに、

苦しくて、熱い。


……なんだかわからないけど……


……苦しくて……


……うれしくて……


……涙が止まらなくなった……。





低く垂れこめた雲の隙間から、


幾重も光のカーテンが下りている。


コニーが私の名前を呼ぶ。


「……マイ。」


私はコニーを見る。


「何?」


風が、コニーの豊かな髪を揺らす。


コニーは、美しいと思う。


コニーは私を見て、明るく言った。


「マイ。これから、どこへ行こうか!」


コニーは光を浴びて


大好きな笑顔で


私を、風へと


世界へと


誘った。





高いフェンスの上に、女の子が二人座っている。


「あー!!」


近くの通行人がびっくりして俺を避けて通る。


女の子の片方は、一月くらい前に、バイト先の店の前で昼寝してた子だ。

あの時店長が話してたことが、ずっと気になっていた。


『服はきれいだった?髪はちゃんと洗ってる感じだった?』

『俺がガキの頃はいたんだよ。そーゆう子たちが。駅とか橋の下なんかに住んでる子たちが。今は見ないよね。豊かになったってことかな。』


孤児でなくても、虐待とか、ネグレクトとか、されてる子なのかもしれない……。

と、後悔して落ち込んだ。


飯の匂いで寄ってきたんなら、何か食わせてやればよかった……。


フェンスの上の子たちは、俺には気づかず、楽しそうに話している。

二人とも、嬉しそうに笑っている。


昼寝の子は、ワイルドな行動の割に、服は真っ白できれいだ。

もう一人の、グレーの服着た美人が、向こうを指さして何か言った。

昼寝はうなずく。


すると、二人してフェンスの上に立ち上がった。

後ろは川だ。


「ああぶ!!」


二人の背に、ふわりと翼が現れた。


そして、フェンスをけって身軽に飛び上がり、鳩の姿になって、力強く飛んで行った。


……口を開けて蟹股で立っている俺を、怪訝そうな顔をしたチャリの人が避けて通っていく。

我に返り、いつの間にか落としていたレジ袋と中身を、慌てて拾う。





夕方。


「あら、あなたたち、またきたの。」

おばあさんが、窓の外にいる私たちに気づく。


「いらっしゃい。ふふ、仲良しさんねえ。」

窓を開けてくれる。


私とマイは、おばあさんの部屋に、ふわりと降り立つ。


「今日はレーズンパンがあるわよ。」

「わーい!」

「やった!」


夕食の後、私たちとおばあさんは、一緒にテレビを見る。


すると、

「いらっしゃい。」

おばあさんは私を見て、自分の膝をポンポンとたたいた。


私はおばあさんのお膝に座る。


「あなたは美人さんね。町のどの鳩よりきれいだわ。」

愛しそうな優しい顔。


私の頭や肩をなでてくれる。

温かい、やさしい手。

首元も、背中もなでてくれた。

私は暖かい気持ちになって、甘えてしまう。


「あなたもいらっしゃい。」

マイはぴくっとする。


「マイ。おいで!」

わたしは膝から降り、笑顔で誘う。


マイは少しずつ近寄る。

するとおばあさんは、マイを両手でそっと包み、持ち上げて膝に抱きかかえた。

マイは緊張気味。


おばあさんは微笑んで、

「真っ白で綺麗ね。」


マイの髪を、マイの頬を、マイの背中を、やさしく何度もなでた。


次第にマイの表情が和らいでいく。


そのうち目を閉じた……。


おばあさんは小声で私に言った。


「眠っちゃったわ。」


愛らしくてしょうがないという笑顔で。





マイが言う。

「ねえコニー。

……やっぱり、故郷へ帰りたい……?」


「……どうかな……。

そのうちね。

だってさ、

こうしてふらふら、今まで通りに暮らしててもさ、

ある日、偶然たどり着く……。

かもしれない。

それで、ちょっと覗いてみるか、

やっぱりやめて、どっか行くか

その時決めればいいと思う。」


「ふうん。」


「マイ、私は、故郷よりマイのほうがずっと大事だよ。」


「コニー……!」

目を輝かせて感動してる。


私は微笑んで言う。

「もう私は寂しくない。

マイと一緒なら、どこででも生きていける。」


「……。」


マイが私に抱き着いて言う。

「相思相愛だね。」


「え……」

なんか恥ずかしくなってくる。

「うん……?」


「コニー……?」

マイが顔を近づけてくる。

「え、なに!?」

私は驚いて少しのけぞる。


「さっきの、プロポーズでしょ?

キスしようと思って。」


「ええ!?」


本気なのかふざけてるのか、いまだにこの子はよくわからない。


「私も一生、コニーと一緒にいたいよ。」

と、マイは幸せそうににっこりする。


「……。」

た……しかに、プロポーズに聞こえるな……。

え、だけどキスって……!

マイのかわいい顔を見る。

……あ、でも……。

いや、……友達だし!


マイが辺りを見回す。

「いいにおいする。」

「あ、ほんとだ。」


神社に屋台が出てて、いろんな粉物を焼いていた。


子供がマイを指さす。

「あ、白いハト!」

「ほんとだ。この神社の神様かもね。」


なぜか食べ物を分けてくれる人が多くて、

お腹いっぱい食べられた。

ラッキー!


私たちは、神社の屋根に座って休憩する。


「ねえ、マイは、本当は、故郷の公園がどこにあるか、知ってるんでしょ。」


「……。」

マイは、目を合わせない。


私はにっこりして言う。


「私は知らないでおく。


マイのそばが、私の居場所だよ。


マイが、ここにいたいと思う場所が、私にとっても住処だよ。」


私たちは、手をつなぐ。


頬がピンク色のマイが言う。

「コニーって、結構たらしだよね。」


たらし!?

「へ?わたしが!?なんで!?」

「何でもない。」


マイが、私の腕に寄り掛かる。


「眠いの?寝てていいよ。見張ってるから。」

と、私は微笑む。


「うん……。」





「ねえコニー、私たちのこと、見える人がまれにいるじゃん?」

「うん。」

「だから一応TPOわきまえたカッコしたほうがいいと思うんだ!」

「そうだね。」


「コニー!農場へ行こーよ!」

マイは、レースの襟のブラウスに、真っ白なプリーツスカートを着て、白いエナメルの靴を履いている。

「そんなおめかしして農場へ?」


「コニー!スキーいこーよ!」

白いかわいい水着。

「風邪ひくぞ!なにそのポーズ!」

マイは忍者っぽいジェスチャーをして、

「スキー!」

「??」





「ええと、こっちから来たんだっけ?あ、あっち?」

「コニー方向音痴だから……。」


「マイのほうがひどいでしょ!かわいそうな人を見る目やめて!」

「え~私方向音痴じゃないよ?音痴だけど。」


「うん、音痴だよね。」

「ひどい~!」


「今自分で認めたじゃん!」

「コニーのばかー!」


「マイのバーカ!」

「ばーかばーか!」


「あーあほくさー。」

「えーもっと変顔合戦しよーよ!」


「やだ。歌合戦なら受けて立つ!」

「えーやだー、コニーうまいもん。

あ!ねーあれ歌ってよ!こないだテレビでさー……」




「ははは!」

「あははは!」



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