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3話


 誰かが言った。

 幸せは長く続かない。だから特別なのだと。

 私は、その言葉を身を持って体感することになる。



***



 マーティンの絵が、面白いほど売れるようになった。

 私の姿を写したあの絵画で2次試験を突破したためか、名も聞いたことがないような地方からも注文が続々と届いている。嬉しい反面、あいつの体調を気遣う日々に切り替わったのは複雑だ。


 これだけ稼げていればもっと贅沢できるのに、マーティンは「子どもたちが将来やりたいことができるように」と言って貯金を繰り返している。「少しは自分のために使え」と怒ったら、次の日にパレットを1つだけ新しくしていた。そう言うのは、自分のためじゃなくて必要経費だと思うんだが……。違いがわからないらしい。


「傷、まだ痛む?」

「いや、なんともない。私は、人間より傷の治りが早いんだよ」

「そっか、良かった」

「三次試験は、予定通り子どもたちと行けるぞ」

「無理しないで」

「マーティンも見ただろう? みんな楽しみにしてるんだよ。今更「行かない」なんて言ってみろ。大嵐が来る」

「……はは、そうだね」


 そうそう。先週、2回に分けて私の身体はマーティンの作品に生まれ変わった。

 長く生きてきたが、まさか身体に墨を入れるのがあんなに痛むとは思わなかったよ。一層のこと殺してくれと感嘆してしまうほどの痛みだった。

 でも、不思議なことに、マーティンが抱きしめてキスをしてくれている時間だけは痛まないんだ。子どもたちには見せられないが、施術後の夜は朝まで抱いててもらったよ。痛みがなくなった今は、とてもじゃないが恥ずかしすぎて出来ないことだな。


 キッチンで夕飯を作りながら、私たちはポツポツと会話を続ける。

 その声の間には、隣の部屋ではしゃぐ子どもたちの声が。それがまた、私の心を穏やかなものにしてくるんだ。こんな幸せの形も良いな、なんて考えてしまうよ。

 こうやって、温かいスープを一緒に作る時間がずっとずっと続けば良い。具材は何にするか、味付けはどうするか。盛り付け方は? 量は? なんて、な。


「……っ、あ……」

「か……った、こ……」

「誰か来たのか?」

「みたいだね。僕が見てくる」

「ああ、私はスープの仕上げをしたら行くよ」

「うん、よろしくね」


 グツグツと音を立てる鍋に視線を向けていると、子どもたちが誰かと話している声が聞こえてきた。聞いたことがない大人の声も混ざっていたから、きっと来客だろう。こんな夜に誰だろうか。依頼の受付時間は、とっくに過ぎている。

 私は、疑問に思いつつも、頬にキスを落としてきたマーティンに笑いながら料理を続けた。


 しかし、その手は不意に止まる。


「そんな! あれは、間違いなく私の作品です!」


 来客の対応をしに行ったマーティンの大きな声が聞こえてきたためだ。

 奴は、滅多に大きな声を出さない。最後に聞いたのは、1年ほど前にアルが馬車の前に飛び出した時だった。


 その声を聞いた私は、驚きながら急いでコンロの火を消した。

 消しながらも、すでに足はマーティンの声がする方へ向いている。


 嫌な予感がした。

 気づけば、子どもたちの声が聞こえてこない。マーティンの声と、誰かの淡々とした話し声だけが耳に届く。


「しかし、サルベール侯爵のご令嬢は、第二試験のものは盗作とおっしゃっております。庶民である貴方様と、どちらの言葉が信用されますでしょうか?」

「作品には、貴族も庶民も関係ありません! 全員対等であると、第二王子もおっしゃっておりました!」

「盗作していたとわかれば、その考えは変わりますでしょう」

「ですから、あの作品は!」


 マーティンの後ろ姿を確認したと同時に、私は子どもたちの方へと駆け寄った。アルが、鼻血を出して服を真っ赤に染めていたんだ。その様子を、三姉妹が震えながら近くで見ている。

 アルの居る少し先にも、血が転々と落ちていた。鼻ではなく頭を押さえているところを見るに、誰かに突き飛ばされたのか?


 そこで、マーティンと会話している相手がこの街のヤードであることを知る。

 ヤードの制服を着た男は、複数の部下を従えてマーティンに向かって威圧的な態度で話を続けていた。一目見ただけで、そのヤードが私たちを馬鹿にしている様子がわかる。まるで、マーティンを挑発しているような……そんな印象を、持ってしまった。

 しかし、私はマーティンの方へ行けない。大切な子どもたちを優先しないと、奴は悲しむだろう。


「何があったんだ?」

「あのおじさんが、アルを突き飛ばしたの」

「なんだと?」

「あのね、マーティンの作品がどこかの貴族の人が描いたのと同じだったんだって」

「アルは、絶対違うって言ったの」

「そしたら、あの後ろに居るおじさんが、アルを足で蹴ってね……」

「……っ」


 視線を合わせるよう屈みながら質問をすると、三姉妹が小さな声で状況を教えてくれた。その後ろでは、アルが鼻血を服の袖で拭いながら涙目でヤードの居る方を睨みつけている。

 私は、すぐさま三姉妹の頭を撫でて安心させ、そのままアルを抱き寄せた。膝の上に頭を保たせて上向きにし、先に鼻血を止めなくては。いつもなら触っただけで嫌がるのに、今日は暴れずに従ってくれる。


 しかし、マーティンの作品が、盗作? 第二試験のものと言えば、私の姿を描いたものだろう?

 それが盗作なわけあるか。あれは、マーティンが選んでくれた私だ。唯一無二の姿だ。何かの間違いだろう。

 貴族と庶民の関係性は、なんとなく理解している。しかし、違うものを違うと言うくらいなら罪にならない。むしろ、相手の貴族が嘘をついてるから罪になりそうだ。


 そう考えていたのに、どうやら甘かったらしい。

 アルの鼻血を止めてから、「何かの間違いです」と繰り返し訴えるマーティンに視線を向けた。すると、その手には手錠が。

 罪人がされる手錠が、マーティンの手首にあったんだ。私は、すぐさま立ち上がる。


「何をしてる! マーティンは、罪人ではないぞ」

「いいえ、サルベール侯爵のご令嬢の作品を盗みました。立派な犯罪です」

「だから、違います! 作業部屋に、証拠があります!」

「そんなこと言って、逃げるつもりだろう。これ以上、推薦した第二王子の顔に泥を塗らないでいただきたい」

「逃げません! 逃げる理由がありません!」

「なんだと、私たちに歯向かうのか?」

「待て、ヤードよ」


 何もしていないマーティンを連れて行こうとしている。

 その状況だけわかれば、他に情報は必要ない。


 私は、自分の顔がヤード全員に見えるよう、子どもたちを背中に隠しながらも一歩前に出た。

 しかし、思った通り誰1人として驚く者は居ない。何かに気づいた様子さえも、ない。それって、おかしいことじゃないか?


「どうしましたか、貴女も私たちの邪魔をするなら連行しますよ」

「それを判断するために、私の顔を見てくれ」

「顔……? 見ましたが、何か?」

「貴様は、私の顔を見て何も思い出さないのか?」

「……貴女とは、初めて会いました。思い出すものはありませんな」

「ははは! ここに居る全員、今の言葉を聞いたな」

「……?」


 やはり、思った通りだ。

 ヤードは、私と初めて会ったと言った。


 その言葉が導き出す真実は、ひとつだけ。


「私も、貴様とは初めて会ったぞ。だが、私は問題になってる絵のモデル本人だ。私を知らないということは、絵を見ずにマーティンを罪人扱いしていることになる。ヤードは、国民に平等に接すると法律で定められているだろう。この状況、おかしいじゃないか」

「……そ、そう言われてみれば、似ていないこともないような」

「先ほど、思い出すものはありませんと言っただろう。もう忘れたのか?」

「っ……」


 そう。

 こいつらは、マーティンの絵を見ていない。

 絵を見ずに貴族様の話だけを聞いて、こうやってここまで押しかけたのだろう。


 その行為は、決して「平等」とは言い難い。

 

 案の定、指摘をするとヤードは黙った。

 その後ろに居る、アルを蹴り飛ばしたらしい男なんか舌打ちしやがった。完全に、こちらを馬鹿にしている態度だ。腹立たしい。そのことに文句を言おうとしたが、ここで何か言ったらマーティンの手錠が外されないような気がして思いとどまった。

 しかし、物事はトントンと恐ろしいほど進む。


「手錠の鍵は、王宮だ。連行はする」

「貴様が鍵をここに持ってくれば良い話だろう」

「鍵の持ち出しは禁止されてるんだ。先程から聞いていれば、なんだその態度は!」

「はあ? ヤードが偉そうに「ストップ。……では、王宮へ出向けば鍵を外していただけますか?」」

「ああ、約束しよう」


 私の苛立ちの言葉を止めたマーティンは、そのまま素直にヤードについて外へと行ってしまった。「すぐ戻ってくるから、子どもたちをよろしくね」と、いつもの笑顔で。


 その日の夕飯は、とても静かなものだった。

 アルの鼻血は止まったが、マーティンは居ない。ただただ、作ったスープでパンを食べるだけの作業のような夕飯になってしまったよ。


 でも、朝になったら帰ってくる。子どもたちはそれを楽しみに眠りについた。

 私は、奴が戻ってくるまで起きていようと思い、夜通しキャンバスを張り続けた。あいつが教えてくれたから、これでも上手になったんだぞ? 1枚張るのに、1時間はかかるが……まあ、慣れればもっと早くできるはず。

 なんてことを繰り返して、結局朝になるまで一睡もできなかった。なぜかって……。


 マーティンは、次の日になっても帰ってこなかったんだよ。

 


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