決着 8
私は『喫茶 百鬼夜行』の前に立っていた。
中からは前と違って、妖怪の気配がしている。
呪いが解けた今、まだここにいるのかは半信半疑だったけれど。……良かった。
私は空を仰ぎ見る。
綺麗な橙色の夕焼けが視界に映る。その夕焼けを見ながら、ゆっくりと深呼吸した。
今日はけじめをつけに来たんだ――。
しっかりとした足取りで、『喫茶 百鬼夜行』の中に入っていく。と、すぐさま「いらっしゃいませ~」と明るい声が聞こえてきた。出迎えたのは雪女だ。
雪女は私を見ると、笑顔を張りつけたまま止まる。
「……」
「……」
「……コホン」
おもむろに雪女は私から目線を逸らすと、「いつものでいいんでしょ。夜行さん呼んでくるから、座ってて」と早口で言われる。
「あ、うん」
いつもの席に座る。窓から見える日本庭園は橙色に染まって、綺麗だ。
そのうちに「来たのか」という声と共に、目の前にみたらし団子とオレンジジュースが置かれた。
もちろん、目の前に置いたのは夜行さんだ。
夜行さんはいつもと同じ、黒の着物と青の羽織を着ている。黒の眼鏡を通して、こちらを真っすぐに見ている。
私はゴクリと唾を飲んでから、きちんと頭を下げた。
「『人喰いの屋敷』を退治するのに、協力してくれて。ありがとう…………」
「いや。元々共闘するということだったからな」
そう答える夜行さんは、何故か居心地が悪そうだ。
そんな夜行さんの様子に気付きつつも、私は口を開く。
「あのさ。夜行さんはさ、その…………」
「……なんだ」
「その。母さんのこと。好き、だったの?」
「――――――は?」
ずっと聞きたかったことだ。
それなのに、夜行さんは心底意味が分からないというようにポカンとしている。
その様子に思わず「え!!! 違うの!?」と大声を出してしまった。もう閉店前だからか、他にお客さんがいないのが幸いだ。
夜行さんはあからさまに眉をしかめる。
「……どういう思考でそうなったんだ」
「だって。母さんのことになると、表情が変わるし。父さんも夜行さんに対して、敵意剥き出しだし。だから。その。好きなのかと……」
「お前なぁ」
ため息を吐かれた。夜行さんはガシガシと自身の頭を掻きながら、ポツリと話し始める。
「アイツは恩人だ」
「恩人?」
「昔と違って、今は妖怪の存在が薄れてきている。雪女や天狗はそれなりに知名度があるが……。知名度の無い妖怪は力が弱いし、最終的に消えるしかない」
「……それって。妖怪は「とある物事・事象に『人間』が関わったときに生まれる」っていう話と同じ?」
「ああ」
夜行さんは頷いてから、日本庭園の方へ目を向ける。つられて私も再び日本庭園へ目を向けた。
景色は橙と黒が合わさった、紫のような色合いになっている。
夜行さんはそのまま日本庭園を見ながら、「アイツはこの場所を用意したんだよ」と目を細める。
「アイツ曰く、「場所だけなら貸してやる。だが知名度がないのを言い訳にするな。自分の居場所ぐらい掴み取れよ」だそうだ」
「……うん。母さんなら言いそう」
「だから。こうやってアイツからもらった場所で喫茶店を営んで、妖怪の名前、もとい俺らの存在を地道に広げていっているわけだ」
それじゃあ夜行さんは、これから先も『喫茶 百鬼夜行』を営んでいくのか。
そのことにホッとしつつも…………、寂しい。
なんだか泣きそうになる。
私は真っすぐに夜行さんを見る。
「あのね、夜行さん」
「……今度はなんだ」
一度、大きく深呼吸をして。口を開く。
「私、退治屋になることにした。というよりも、なりました」
「なんで敬語なんだよ」
「…………だから」
再度大きく深呼吸をした。
「――――だから、ここに来るのは最後にする」
これが私なりのけじめだ。
グッと唇を噛みしめて、話を続ける。
「も、もちろん。妖怪も守れるくらい強い退治屋になる、って言葉を忘れたわけじゃないよ。で、でもさ。積極的に妖怪と関わるのは、なんかこう、違う気もして……」
「なら。……泣くなよ」
ほんの一時、共闘しただけ……だったけれど。人間じゃなくて、妖怪だけれども。それでも。この空間が好きだった。
だから、寂しい。
自分で決めたことなのに。
涙がこぼれないように奥歯を噛みしめる。
「泣いてない……」
「そうか」
「泣いてない」
夜行さんは私の頭をガシガシと撫でる。
「誰にだって別れはある。……雪女や天狗も。しばらくしたら、いなくなるしな」
「……。…………え? いなくなる?」
一瞬にして涙が引っ込んだ。
「いなくなるの? 何で?」
「アイツらは喫茶店の噂を聞きつけて、たまたま巻き込まれただけだからな。地元があるし。わざわざここにいて、名前を知ってもらう必要性も無いしな」
「……」
皆、離れ離れになって、それぞれの道を進んでいく。それは人も、妖怪も。変わりはしない――。
「やっぱり、さみしい」
そう小さく呟いた。
夜行さんはそんな私の呟きを聞こえなかったふりをして、日本庭園へ目を向けている。
しばらくすると「もう帰るんだろ」と話しかけられた。
そのあっけからんとした口調に、「あ、うん」と曖昧な答えを返す。
夜行さんがおもむろに立ち上がる。私もそれにならって立ち上がった。
「……」
「……」
お互いに言葉は無い。
私達は『喫茶 百鬼夜行』から外に出る。紫の空にわずかだけれど、星が瞬いていた。
私は覚悟を決めて『喫茶 百鬼夜行』と、夜行さんを振り返る。
瓦屋根の大きなお屋敷。それから。黒の着物に青の羽織、黒髪で眼鏡をかけている妖怪、夜行さん。
もうきっとここに来る事は無い。そう思うと。やっぱり…………。
私はブンブンと首を横に振る。それから深く頭を下げた。
「……本当にっ。ありがとうございました」
「ああ」
これ以上、一緒にいたら。離れがたくなってしまう。
余計な雑念を払うように、一気に踵を返す。そして振り返ることなく、しっかりと足を踏み出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これにて『人喰いの屋敷編』は完結です!
本当にありがとうございました。
次回はちょっと番外編を載せまして、次章へいこうかと考えております。
これからも『夜行さん』をよろしくお願いいたします!




