決着 4
雪女の攻撃で、荒井先生の足元が氷漬けになる。そこをコナキ爺が荒井先生に小刀を投げつけた。だが荒井先生は素手で小刀を受けとめる。
「なかなかにしぶといな」
夜行さんが呟くと、ハッとしたように天狗が振り返った。
「無事だったんですか」
「どこかの誰かがボロ泣きしたおかげでな」
! それ、私のことだよね。
私がジトッと夜行さんを睨みつけると、クスクスクスと笑い声が聞こえる。笑っているのは荒井先生だ。
「あら。ずいぶん余裕そうじゃない」
荒井先生は雪女を無視して、私に顔を向ける。クスクスと爽やかに笑っているのに、その笑みに寒気が走る。
「人殺し」
「っ」
冷たい声。
荒井先生の顔は変わらず爽やかな笑みを浮かべていて、気味が悪い。けれどもそれ以上に「人殺し」という言葉が重くのしかかった。
「人殺し」
……そう。私は人殺し。例え死んでいたとしても、人に、母さんに刀を向けたのだから。
暗くて重い感情に支配されていく。だんだんと荒井先生と目を合わせるのが辛くて、周りを見るのが辛くて、下を向いてしまう。
その瞬間、コナキ爺が荒井先生の顔面に小刀を投げつける。だが、荒井先生はいつの間にか氷漬けから抜け出し、顔面に迫った小刀を受け止めた。
「あんた、大人のくせに。子供に、しかも自分の生徒に随分な物言いをするんだね」
「それが『荒井先生』という妖怪なもので――」
「!」
私は思わず顔を上げた。
一体、どういう妖怪なの……。
相変わらず荒井先生は私の方へ顔を向けている。そして私に向かって飛び切りの笑顔を見せたかと思うと、おもむろに腕時計を見た。
「ああ、やっぱり。もう朝の五時。夜明けですよ」
そう言って荒井先生は踵を返す。
「っ」
ここで逃がすか!
私は暗い気持ちを押し殺し、荒井先生に向かって刀を振り抜く。荒井先生は余裕の笑みを浮かべながら、私の攻撃を避けていく。そこに夜行さんも加勢して、荒井先生を後ろから大刀で斬りつけた。だがこれも避けられてしまう。
さっきから当たらない……。私の刀だけじゃなく、他の妖怪の攻撃も。
「一体、お前の目的は何だ。何故俺たちを巻き込んだ」
「あなた方妖怪を巻き込んだのは人喰いの屋敷ですよ」
「だから何故、田中 明愛梨を巻き込んだ」
夜行さんは再度荒井先生に大刀を振り下ろす。荒井先生は「彼女にはそういう資質がありましたから」と笑みを浮かべながら、大刀を避ける。次いで天狗も羽団扇で巨大な風を巻き起こし、荒井先生に叩きつける。あまりの強風にほんの一瞬目を閉じた。その瞬間――――。
「!」
荒井先生がその場から消えてしまっていた。
気配を探るが、それすらもない。それどころか。さっき荒井先生が言っていたように夜明けがきて、小さい窓から柔らかい日が差し込んできていた。
同時に私はハッとして、皆の顔を見渡す。
たしか昼間は『喫茶 百鬼夜行』から離れられない、と言っていた。
「だ、大丈夫なんですか。体は……」
「ああ。人喰いの屋敷は倒したからな。かけられた術は解けたみたいだ。それよりも…………。お前の方は大丈夫なのか」
荒井先生に言われた言葉が暗く影を落とす。けれども私は唇を噛んで頷いた。次いで床に転がっている母さんに目を向ける。
「夜行さん。母さんをうちの神社まで連れていってください」
夜行さんの目が鋭く細められる。
「……お前は?」
「私は……」
わずかに下を向く。グッと唇を噛みながら「私は山本さんを探します」と声に出した。
退治屋の役目を忘れてはならない――――。
どんなに辛くても、悲しくても。人間を守らなければ。
夜行さんは「そうか」と頷くと、どんどんと変色していく母さんの体を横抱きにしてこの場を後にした。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
やっとひと段落ですよ~。よかった、よかった。
人喰いの屋敷編完結まであと一歩。慎重に、けれど急ぎ足で物語を進めていくつもりです。
このあとも応援、よろしくお願いします。




