決着 3
異様な気配は消え去り、私達はムンクの『叫び』の前に戻っていた。
『人喰いの屋敷』を倒した。けれど、まだ妖怪達は荒井先生と戦っている。
コナキ爺は小刀を荒井先生に投げる。それを易々と荒井先生は避けた。河童は荒井先生が避けるのをよみ、避けた先に巨大な水の塊をぶつけた。
「!」
水の塊は見事に荒井先生にぶつかって、荒井先生はよろよろと二、三歩後ろに下がる。
『人喰いの屋敷』を倒して術が解けたからか。荒井先生と最初に戦っていた時よりも、皆、圧倒的に強くなっている。
本当は私も加勢するべきところなのだろう。けれど、今はそれどころじゃない。
「っ! 夜行さん!!!」
『人喰いの屋敷』を倒して影から解放された夜行さんがドサリと力なく床に落ちる。私は夜行さんに駆け寄り、上半身を抱えた。
「しっかり……。しっかり、して下さい」
「――――――」
夜行さんが目を開けることも、問いかけに答えることはない。ただただ姿が透明になっていくだけだ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。このままじゃ夜行さんが……。
私は退治屋だから。だから。妖怪が消えたとしても本来なら構わない。でも。でもっ。嫌だ。『喫茶 百鬼夜行』の皆だけは。夜行さんには消えてもらったら困る。いてもらわなきゃ困る。
「おねがい。きえないで……」
堰を切ったかのようにボロボロと涙がこぼれ落ちる。
夜行さんが答えることはない。すでに下半身は消失し、抱えている上半身も消え始めている。
「ぴぃ」
ぴーちゃんがふいに肩に止まった。ぴーちゃんは何か言いたげにこちらを見ている。
一体何を……。
「…………」
ぴーちゃんの瞳をジッと見つめる。
そう言えば……と、瞳を見つめている間にある出来事を思い出した。
前に夜行さんに聞かれたことがあった。「妖怪はどうやってできるか知っているか」と。答えは「とある物事・事象に『人間』が関わったとき」だった。
ぴーちゃんと夜行さん。新しい妖怪と古い妖怪。違いはあるけれど妖怪は妖怪。同じ部分がきっとある。
私は涙をこぼしながら「夜行さんっ」と呼びかける。
「っ……夜行さんは強い、妖怪です。『人喰いの屋敷』の術にかけられていたのに。私のことをたくさん、たくさん、助けてくれた」
言葉一つ一つに真心を込める。
夜行さんは最初から私のことを助けてくれた。いろいろ意地悪も言われたけれど、最初から優しい妖怪だった。
私の言葉で夜行さんが助かるなら……。
「だから、夜行さんは負けません。強いんだから。『人喰いの屋敷』なんかにやられたりしません。誰にも負けたりなんかしません」
どうか、お願い――。生きて――――。
涙がボロボロととめどなく流れてくる。
「…………退治屋のくせに。妖怪のために…………泣く奴があるか」
「っ!」
その聞き慣れた声に食い入る様に夜行さんの顔を見つめた。ゆっくりと夜行さんの瞳が開かれていく。体の消失もいつの間にか止まり、夜行さんの姿は完全に元の姿に戻っていた。
「夜行さんっ」
「まったく……」
夜行さんはおもむろに手を上げて、瞳からボロボロとこぼれる涙を優しく拭ってくれる。
「よかった……。本当に。よかった」
「ああ。もう大丈夫だ」
夜行さんは上半身を起こす。
本当は言いたいことも、聞きたいこともたくさんある。
どうして囮になったのか。あの悲しい表情は何なのか。
けれども今はそんなことをしている場合じゃない。
夜行さんは立ち上がり荒井先生に大刀を構える。私も涙を乱暴に拭ってから、荒井先生と対峙した。
応援してくださる皆様、いつもありがとうございます!
やっと一段落。かと思いきや、一難去ってまた一難です。




